表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
いつまでも君と見続ける夢  作者: オクノ フミ
11/28

10.帰京後一週間が過ぎて(百合サイド)

 ソウルから帰って一週間が経った。有里と計画を練った甲斐があって、差し当たり祖父は私の行動に気づいていないようで、ホッとした。


 そして、昨日、私は2年勤務した横浜のホテルを退職した。籍は今月末まであるけれど、最後に残った有給休暇を消化することにしたからだ。事情を知っている人達からの何とも言えない視線が面倒なのと、婚約するはずだった相手やその親である社長と顔を合わせるのを向こうが明らかに嫌がっているのがわかったから、遠慮なく使うことにしたのだ。


 きっとソウルに行く前の私だったら、それでも最後まで責任を持って勤めようとしたかもしれない。けど、それは、真面目だからじゃなく臆病だったから。後ろ指を指されたくない、祖父にこれ以上非難されたくないからだったと思う。


 確かに私は、以前より強くなれてると思う。これもテオクのおかげ。一歩踏み出す勇気を上げる、と言ってくれたテオクの言葉は、今も私を支えてくれる。テオクにもらった勇気で、私は、自分で選んだ道を歩いて行きたいと思う。だから、辞めた当日からネットでの求人チェックを始めた。できれば同じ業界で働きたいから、今日は、別の大手系列ホテルに勤務している大学の先輩に会いに来た帰りだ。景気はそこそことは言え、中途求人は運次第なところがある。先輩のホテルも今は新規採用に向けて動いている時期だから、それが落ち着かないと経験者採用は当分ないよ、と言われてしまった。前途多難な感じがあるけれど、それでも諦めずに自分のやりたい仕事に就けるようがんばらなくちゃ。



 それにしても、渋谷の街を自分で歩くなんて大学の時以来かも。あの時は、有里に誘われてお洋服の買い物に来たんだっけ。その時、有里と一緒に選んだ服は、結局着る機会がなくてしまったままだったな。帰ったら出してみようかな。そんなことを考えながらまっすぐ渋谷駅方面に向かっていると、ふとCDショップのショーウィンドーに目がいった。


 『MaHty秋にカムバック決定!現在制作中のアルバムを引っ提げてのワールドツアーも準備中。もちろん、ジャパンツアーもあるよ。詳細は決定次第当店でもお知らせ!』


 そんなポップと一緒に大きなポスターやCD・DVDや関連グッズがディスプレイされていた。そこには、もちろんテオク、いや、アーティストの時は、T-OK名義なんだっけ。そのポスターに写るクールな表情のT-OKは、あの日のテオクのイメージとはずいぶん違って見えるけど やっぱり本当にカッコよくて、私をドキドキさせる。


 帰ってきてから、本当によくテオクに目が止まる。彼が、人気の演技ドルで、グループとしての歌の活動だけじゃなく、ドラマやCM、それに映画とあちこちで活躍している人なんだと改めて実感した。何で私ばっかりテオクの姿を見せられてドキドキしなくちゃいけないんだろう。そう怒ってはみるけど、それでも、彼の姿を見られるのがうれしいと思ってしまうのだから、すっかりファン心理だな、と思う。


 ソウルから自分の街・東京に帰ってきて日常を過ごし始めると、あの日が夢のような気もしてくる。遊覧船で見た夕日も、夜の宝石店街での事件も、テオクに救われたことも、あの幸せな恋も…。だけど、あの桜の下での2ショットがそれが夢じゃないことをちゃんと教えてくれるから。


 「さあ、帰ってまた求人チェックしなくちゃね!」


 そう声に出して自分を励まし、今はまだ抜け出すことのできない鳥籠である祖父の家へと帰宅したのだった。




 帰宅して早々、玄関で出迎えてくれた家政婦の峰さんに、祖父が私を呼んでいたと伝えられたので、いったん部屋に戻ってから、改めて祖父の部屋へ出向いた。入ってきた私を見る相変わらずの冷たい目に、心が冷える。


 「掛けなさい。」


 言われたとおり手前のいつもの席に腰を掛けながら、単なる小言じゃないことがわかってちょっと気分が滅入る。果たして、祖父の話は想像以上に厄介な話だったのだ。


 「何だか、また就職口を探しているようだが、そんな無駄なことをする必要はない。下手な就職などするから、あんな二流ホテルのバカ息子なんかに引っかかるんだ。私はあの縁談には最初から乗り気じゃなかった。我がグループにふさわしい婿では到底なかったからな。それでも、早く結婚すれば早く孫もできるかと思って、渋々妥協したのだから。それが反故になった以上は、私の期待に応えるべく、我がグループにふさわしい家柄の子息の中から見繕って見合いをしてもらう。幸い正式な婚約前だったし、深い付き合いにはなっていないから、良縁に恵まれるだろう。おまえは、そのための準備に専念するように。秘書室の山室が必要な手配をしておるから、山室の指示に従いなさい。くれぐれも無駄な外出は控えるように。わかったな。」


 予想はしていたものの、思った以上に早く祖父が釘を刺してきたことに落胆する。けれど、いつあるのかもわからない見合いのために日々を費やすなんて、今の私には耐えられない。この鳥籠から抜け出すためだけの結婚に期待するのは、もう止めたんだ。


 「お祖父様、お見合いに関しては異存はございません。私の人を見る目がお祖父様の期待に添えなかったのですから、お相手はお任せします。でも、仕事に関しては探すのを止めません。もちろん、いつかは辞めなくてはいけないかとは思いますが、社会人としてきちんと生活しておりませんと、世間に疎い愚かな妻になりかねません。それでは、先方様にとっても不都合なのでは、と思いますので、そのことについては、ご容赦いただければと思います。」



 思いがけずはっきり私が拒んだことに多少の驚きはあったようだったが、こと就職に関しては、大学卒業時にもだいぶもめた過去があるので、ある程度祖父も予想していたのだろう。


 「勝手にするがいい。ただし、山室の指示を必ず仰ぎなさい、そちらが最優先だからな。」

 「承知しました。」

 「では、下がりなさい。」

 「失礼いたします。」


 祖父の部屋を辞して、知らずホッと息をつく。いつ会っても緊張を強いられる。血のつながりや家族の情など感じたこともない、冷酷な人。引き取られることを強要された時、体の弱い母が同居を強いられなかったことに心から安堵したのは、当然だろう。


 「お見合いか…。」


 この家に居る以上、きっと避けることはできない。恐らく受けてしまったら、よほどのことが無い限り断れないことも。だけど、本当にそのお見合いで結婚しなくてはならなくなっても、自分らしく生きるのを決して諦めない。強い気持ちでいさえすれば、絶望の淵を彷徨うことはないはずだ。そうさせてくれるテオクとの恋は、きっとこの先も一生忘れることはないだろう。テオクが私を忘れても、私はきっと…。


 テオクは今頃アルバムのレコーディングの真っ最中なんだろう。そう言えば、過去のアルバムもちゃんと聴いたことがなかったな。とりあえず、現在の最新作をダウンロードしてみた。私がYURIから聞いていたとおりのダンサブルなナンバーが並び、力強くて、でもハッピーな曲達にグンと気持ちを引き上げられる。T-OKのラップがさらに曲にパワーを与えて、できないことはないさ、と訴えかけてくる。


 「テオク、私、がんばるよ。ちゃんとがんばるから。」


 テオクには聞こえないし、返事ももらえないけれど、自分にそう言い聞かせて、私はネットでの就職チェックに再び取りかかった。



 次話では、テオクの祖父が登場します。ハーレクインあるあるな思わぬ関係が発覚します。

 よろしかったら、またお付き合いください。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ