第1章 感情《セーフティ》
今作が初めての作品です!
誤字・脱字や、文章構成・内容を含め、ご意見いただけると泣いて喜びます。
厳しい批評を心よりお待ちしております。もちろん、声援をくださる方も大歓迎です。
拙い文章ですが、楽しんでいってください。
背中に携えた『剣』を振るえば、いくつもの命が宙を舞った。
腰に携えた『銃』を撃てば、いくつもの文化が粉砕された。
固く握った『拳』を打ち付けば、いくつもの生活は抉られた。
第三次世界大戦
それは戦争ではなく殲滅だった。
それは西暦を終わらせた。
それは大陸の43%を海に沈めた。
僕達5人が引き起こした、正義を騙った虐殺。
この世界が美しく、幸せな世界だと気付いたのは、僕達が五つに山分けをした後だった。
僕は命令されていた、仕方がなかった。
誰に言った訳でもなくつぶやくが、そんなものは言い訳にすらならないことは彼自身が一番よく分かっていた。
12億8700万人の命は僕の手で潰え、僕の心に詰め込まれている。
「あぁ.....」
幸福、愛情、多幸感
「あぁ.....!!」
怒り、恐れ、尊敬
「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!」
そして絶望
感情とは記憶をベースにして作られる人格の一部であり、出生から様々な経験を通しおよそ10歳でほぼ形成され、18歳になると固定される。
他人の感情の移植、すなわち記憶の移植。
埋め込まれた感情によって彼が最初に抱いた気持ちは『罪悪感』
殺戮兵器だった彼が良心を持つ、それは出来たばかりの人格を破壊し尽くすには多くの時間を必要とはしなかった。
破壊されたらまたやり直せばいい、単純作業の繰り返し。
「やめて.....もう嫌だ.....」
壊れて、入れて
「知りたくない.....!! 俺が!! どうして俺が!!」
失くして、与えられて、亡くして、蘇って
「私のせいじゃない!! 私は、ただ.....!!」
消えて、現れて、忘れて、思い出して、壊れて、壊れて、壊れて......
「あ.....ぁ.....ぅ.....」
斬って、砕いて、潰して
「あ.....そう、か.....」
殺して、壊して、奪った
「僕の.....せい、だ」
12億8700万人分の感情が、人格が彼を形成する。
「ごめんな......さい」
そして、彼は人間を手に入れた。
つまり、彼は人間を奪った。
「......ごめんなさい」
僕は自分で殺した人達によって成り立っている。
携帯電話の呼び鈴で目を覚ました。
「んぅ.....はい」
軽く肩を回しながら適当に出る、相手は分かっていた。彼の後見人であり、恩人であり、母親だ。
『今起きたのか? まったく、手術以降のだらけ具合が酷いな 1度メンテナンスが必要か?』
「大丈夫ですよ、入学式には間に合うはずです」
電話相手は若い女性の声で口調は厳しめだ。
『あまり目立つような事はするな、絶対にな、あくまでも普通を演じるんだ』
「分かってるよ、"母さん"」
『.....あぁ、そうだったな』
声は一瞬間を置いたが、穏やかに応えた。
「もういい? 切りますよ 準備しなきゃだから」
『分かった、気をつけろ』
厳しい口調には慣れた者にしか分かりえない優しさも織り込まれていた。
予め1度洗濯しておいたシャツに袖を通し、卸したての紺のブレザーを羽織る。胸には校章が縫い付けられており、その存在感に気圧されやや緊張が増す。
「よし.....今日からお前は柏木皐月だ、そう.....僕は柏木皐月」
これは一種の呪文で、自分のパーソナリティの確認や、個人としての独立を認識する意味合いを持つ。
1LDKの学生の一人暮らしにしては贅沢な部屋の戸締りを済ませ、学校へ向かう。
極東武蔵高校、通称『極武』サイバネティックス・アーツ社(略称SA社)が直接運営をしている最先端技術、教育方針を次々に取り入れる言わばベンチャー学校や研究学校のようなものだ。
人口神経インプラント《同調神経》を利用した個人武装兵器《対人汎用兵器》を修練できる唯一の学校であり、ここに通う生徒は卒業後兵役の義務を負う。
特に成績優秀者には軍上層部における特別待遇枠を設けられ、生徒は皆そこを目指している。
この学校への入学は出生まもなく行われるインプラントとの適合検査においてボーダーラインを突破した人間に資格が与えられ、ほぼ無償で通うことができる。
そして今、柏木皐月は
「参ったな.....」
迷子になっていた。
十字路の真ん中に立ち辺りを見回す。
おそらくここは居住区のはずだ。であれば、ここから東。
言い聞かせながら歩くが、彼が足を踏み出したのは北であり、さらに言えば居住区から学校に行くためには西だ。
隙間なく立ち並ぶ白の立方体、等間隔に玄関が設けてあり、まるで特徴がない。
それもその筈で、彼が歩くそこは学生区と呼ばれるエリアで、極東武蔵高校に通う生徒向けにSA社が管理している区画なので全て同じ間取り。区別するには玄関に書かれたナンバーと3棟ごとに設けられた十字路にある区画番号の組み合わせだ。
しかし、彼が住んでいるのは学生区ではなく町の郊外、彼が学生区の仕組みなど把握してはいなかった。
「ふぅ、こうも同じ風景だと感覚が狂うな......」
ぼやきつつ彼は見当違いな方向を突き進む。
「あの、極武の生徒ですよね? そっちじゃないですよ?」
「え? あ.....!」
後ろから声がかかる、今までの経験上警戒したが、極東武蔵高校の略称と声音が女性であったため嬉しさの方が大きかった。
「は.....はは.....よかったぁ!! ホントによかった.....うぅ.....よかった.....!!」
「え.....泣いてる.....」
若干引かれたが問題は無いはずだ。
「迷子ですか? ふふ、高校生にもなって方向音痴だなんて大丈夫ですか?」
「ここから、東だとは分かってたんですけど.....コンパスとかそう言う類のものがなくて.....」
「えっと、ここから学校は西です。あなたが歩いてるのは北......」
「......」
驚愕の事実だ。
「あはは...学校、一緒に行きますか?」
「是非!!」
ショートヘアが良く似合う彼女に後光が差した。気がした、否、髪型もよく似合うがそれだけではない、顔はまだ幼さを残しつつ育った肢体は制服越しでも分かる。
制服の性質上うなじから鎖骨までのラインが露出しており嫌でも目が吸い寄せられる、そこから伝って下に下ろしていくと────
「あの......」
「え!? あ......」
「大丈夫......ですか?」
「あ、うん!! 大丈夫!! 全然大丈夫!! 悪いけど、案内してくれると助かるかな」
「?」
幸運にも邪な目で彼女を見ていたことには気付いていないらしく、小首を傾げていた。
まるでうさぎを彷彿とさせる行為に胸が締め付けられる。
これまた仕草が凄まじいな......加えて上目遣いとは、普通にやばい、これをかわいいと呼ぶのか......
「あの......」
「は!? 大丈夫!! 行きましょう!!」
「えぇ......」
あ、バレたわ
完全に変な人レッテルを貼られたところで進んできた道を戻り、学校に到着したのは集合時間からわずか3分前、同じ新入生は既に支度をすませ移動を開始している者もいた。
誘導に従って大きな講堂に入る、ズラリと並んだパイプ椅子の指定された場所に座り、粛々と式が始まった。
事件は式も半ば、春の陽気に当てられ、睡魔に襲われ始めた時だった。
「新入生のみなさん、入学おめでとうございます。私は生徒会長のアリス・愛染・アルニールです。我が学校の校風は実力至上主義であり......」
あぁ、なんて大きいんだ......
もちろん、存在感の話であって決してやましい気持ちはない、が 彼女の美しい銀の長髪に通った鼻筋、引き締まった肢体にこぼれんばかりの豊満な胸、去り際に見えた腰のラインはなんとも綺麗な曲線を描き視線を釘付けにさせる。
「「罪深い......」」
新入生の心(男子のみ)が一つになった、気がした。
「次に教頭先生からの祝辞です」
僕達は静かにまぶたを閉じた。
入学式を無事に終え、クラス分けが発表されるが知ってる名前はひとつも......
「あった」
相模スミレ
「......」
絶望的だった、今朝方の失態によって「学校生活においてエンカウントしてはいけないランキング」ベスト3に入った人物だ。
学校生活初っ端から「あ、今朝の変な人」と言われてみろ、これから先の学校生命が危ぶまれる。
足取り重く、皐月が配属されたクラス1年2組の扉をくぐり、自分の席に荷物を置く。
「あ......」
(詰んだ......)
スミレと目が合う、あろうことかこちらに近付いてくる。
(待て待て待て......!! まずいって......!!)
「一緒のクラスだね! 柏木君! よかったぁ......知ってる人がいて、これからよろしくね」
(天使かな?)
今朝案内してもらった時に互いに名前だけは交換していた。皐月が名前を見つけることができたのはそのためだ。
「改めまして、私は相模スミレ」
「僕は、柏木皐月。こちらこそ、よろしく」
「うーん、これだと今朝と一緒だしなぁ......なにか聞きたいこととかない? なんでも答えるよ」
スミレが薄く微笑む、仕草ひとつひとつに胸が高鳴ってしまう。
「じゃ、じゃあさ、身長は?」
「身長? ふふふ、おかしなこと聞くんだね、初対面の人に身長聞かれた......!」
思わずといったようにスミレが吹き出す。
「え、いや、おかしかったかな.....?」
「あなたって、ホントに不思議な人!」
「あ......参ったな......」
皐月は腹を抱えて笑いこけるスミレに頬をかいて苦笑いを浮かべるしかなかった。
そこに、面白い匂いを嗅ぎつけたのか男子生徒が1人寄ってくる。
「よーっす! お前、かわいこちゃんを初日からナンパとはやるな! 俺、大野健! 身長は176cm! 夢は軍の官僚! よろしくぅ」
「「おお.......」」
やけにテンションが高かったが、まともな自己紹介に2人して感嘆の声を漏らす。
「すごい、自己紹介だ」
「これが自己紹介かぁ」
「え? なになに? そんな目で見られると照れるなぁ......」
建はまんざらでもないようで頭をかく
「じゃあ、私も! 私は相模スミレ!身長は157cm! 夢は......強いて言えば家庭を持つこと、かな?
? よろしくね」
「「おおお.......」」
百点満点の笑顔を、ありがとう。
「それで? お前は?」
「あぁ、そうだった。僕は柏木皐月、身長は172cmで夢は......」
「夢は?」
スミレに催促されたところで気づいた。
「夢? 夢ってのは、寝てる時の?」
「何言ってんだか、夢だよ夢、あるだろ? 将来何になりたいとかさ」
「将......来.....僕の......? 」
僕の未来? 将来?
「大丈夫? 柏木君、顔色悪いよ? 保健室行く?」
夢? ────希望?
「僕は......」
頭が考えることを拒絶している。望むことを拒絶している。まるで、感情に羽交い締めにされているように。
「......柏木君?」
スミレの声にも反応せず、皐月は無言で立ち上がると教室を出て行った。
「僕は柏木皐月、僕は柏木皐月、僕は......俺は!! 私は!!」
きっと、第一印象は最悪だ。
でもv、それでも耐えきれない『罪悪感』
頭を抱えながら廊下を壁伝いに歩く、明滅する視界で床を見る、痙攣する肺で息をして、階段を1段降りようとしたところで皐月にはすでに自分を支えられるだけの力は出せなくなっていた。
「あ......」
浮遊感、前のめりに階段を落ちていく。
「危ない!!」
それが誰の声だったのか、誰が助けてくれたのかは分からないが、地面に落ちた時のような衝撃はなく、むしろ柔らかくて温かくて────心地よい包容感に目をつむり、ただただ享受した。
ぼやけた、曖昧な思い出に彼女はいた。
「ここは......?」
白衣を着た若い女性だった、抱きしめられているせいで顔は見えないが泣いているのだろう肩が小刻みに震えている。
「よかった......よかった......」
「いたいよ......」
強く強く抱きしめられる、少し苦しかったがなぜか妙にうれしくて抱きしめ返した。
「ありがとう、帰ってきてくれて、ごめんね、辛い思いをさせて」
「......?」
「今日から私が責任もって育てるから、安心して、私があなたのお母さんになるの」
「おかあ......さん......?」
「そう、お母さん」
抱きしめていた手を緩まり、顔が見える。
「これから、私と一緒にやり直そう」
初めての優しさと温もり、初めてのうれしい感情。
「おかあ、さん......」
自然と胸に頭を預ける、心地よい時間が流れていった。
......
.........
............おい」
「おい!! いつまでくっついている!! 離れろ!!」
「!?」
突き飛ばされ、廊下に尻もちをつく。
「少し優しくしてやればいつまでも抱きついて!! 名を名乗れ!!」
それはもうお怒りだった。皐月はおそらく混乱していたせいで階段から転びそうになり、すんでのところで助けてくれた人にずっと抱きついていたようだ。誰かは分からないが、初対面の人にずっと抱きつかれれば誰だって怒る。
「すみません、助けてもらったのに......僕は柏木皐月と申します......あなたは......」
そこで気付いた、抱きついていた相手はあろうことかあの生徒会長だった。
「あ......ありがとうございます」
「すみませんでした、だろうが!! この無礼者!!」
思わずお礼を言ってしまった。そうか、あの柔らかい感触は会長の......
「貴様、まさかとは思うが、反省してないな?」
「そんなことは......!! この度は大変過ぎたマネを申し訳ございません!!」
古来伝統のDOGEZAの構え、綻びひとつない完璧なものだった。
「ふざけるな!! 上っ面の謝罪など聞きたくない」
が、許してはもらえなかった。
すでにHRは終わっているのか騒ぎを聞きつけた野次馬が集まり始めた。
そこで何を思ったのか会長の口端が歪む。
「でも、いいわ、今回は許してあげる」
「本当ですか!? よかっ......」
「ただし、私に模擬戦で勝利したら、ね」
「は?」
「「え?」」
周囲にいた人間と一緒に間抜けな声が出た。
「じゃあ.....まさか......」
「かわいそうに......」
「目ぇ付けられたのが運のつきだな......」
「え? は?」
周りからそんな声が聞こえる中皐月は1人困惑していた。
「いいわね? 無論、あなたに拒否権はない」
「え? 勝負で勝てば許してくれるってことですか?」
「まぁ、そう言うこと。十中八九勝てないでしょうけど」
会長は分かりやすい挑発をし、面白そうに口を歪ませ見下ろしてくる。
「なら、是非もなく、謹んでお受けします」
「よろしい! 日時は分かっているでしょ? その時までに準備を整えなさい、以上」
なにがなにやらさっぱり理解できないまま会長が去っていったところで、ふと思い出していた。
「柔らかいんだな......女の子って......」
「えええええ!? 模擬戦を申し込まれた!? 突然出ていったと思ったら、何してるの!? も、もちろん受けてないよね?」
「いや、謹んでお受けした」
「あなたって人は......」
今までと違うスミレの態度だった。まるで心底呆れたような態度で、こめかみをおさえて頭を振っている。
「マジでか......会長のオリエンテーリングバトル知らないってわけじゃないだろ?」
「知らない」
「「だからか」」
「2人してなんだよ、バカにしてるみたいな態度」
「みたいなじゃなくてしてんだよ!! このバカ!! 初対面だけどお前はバカだってことがよぉーく分かった!」
「あのね、極武では実力至上主義をモットーとしてて、強さこそ正義って感じなの。それに基づいて歴代会長は必ず新入生を1人選抜して、模擬戦を執り行うんだけど、それは先輩後輩の差を明白にする、言わば見せしめみたいなものなの」
「へー、世知辛いな」
「へーじゃないよ! 他人事みたいにして! その選抜された今年の1人はあなたなのよ!」
「なるほど」
「なんか、お前すげぇーな、俺だったら絶対逃げる」
スミレと建が矢継ぎ早にまくし立てるが皐月はさほど動揺はしていない。
「いや、だって勝てばいいんでしょ?」
「そりゃそーだけどさ、会長ってこの学校のNo.1だぜ?」
「じゃあ、勝てば僕がNo.1か」
「その自信は一体どこから出てくるの......?」
スミレが呆れたようにうなだれる、いや実際呆れているのだろう。
「とりあえず、受けたものは仕方ないから謝って撤回してもらお? 私も一緒に行くから、ね?」
「悪いけど、受けてしまったものは仕方ない、撤回はしないよ」
「なんで好戦的なの......」
本格的にスミレの様子がおかしくなってきた。人の身を案じすぎるとこうなるのか。
「まぁ、そうだな、受けちまったものは仕方ない。何ができるか分かんねーけど、手伝うよ」
「もう......じゃあ、私も付き合うよ、乗りかかった船だし」
2人はやれやれと近くの椅子に腰を下ろす。
「なんか、ごめんね、それとありがとう、助かる」
「何かは分からんけど、聞いちゃまずいようなこと聞いて混乱させた俺にも責任はある、気にすんな」
建の白い歯を見せた笑顔に安心感を覚える、表面はお調子者だが根は真面目なタイプなのだろう。
「じゃあさ、会長がよくやる戦術とか、《対人汎用兵器》とか、知らない?」
「本当に何も知らんだね......会長の《対人汎用兵器》は珍しい飛行タイプで、上空からの猛攻撃で一方的な戦闘に持ち込むの。
中でも厄介なのが会長は固有武装を持ってて、《断罪者》の名を持つ大戦斧で相手を力任せに粉砕するの」
「パニッシャー、ね。にしても、そんな情報どこから?」
「この学校が執り行うランキング戦 、さっき会長がNo.1って言ったろ? それを決定する公式戦は一般公開されるんだよ、入学式の中には会長に憧れて入学した、って人もいるくらいだな」
「まぁ、勝つなんて考えないで引き分けを狙うべきよ。そもそも、引き分け自体かなり難しいでしょうけど......」
「......」
「ねぇ、やっぱり降参しましょう? 怪我するよりかは全然マシ......ん? どうかした?」
2人黙って見ていると、悩んでいた頭を上げたスミレと目が合った。
「いや、出会ったばっかなのに色々教えてくれて、ちょっと前までは他人同士だったのにさ、だから友達ってこうゆう風にできていくんだなって思って」
「俺は違うと思うぜ、クラスメイトになるのは運命で、友達になるのも運命だった! だから、ちょっと前までは他人じゃなくて知らなかっただけなんだよ。
てか、いきなり何言ってんだ? お前、今はそれどころじゃねぇーだろ」
「あ、そっか」
「そっかって、他人事なんだから......」
建が眉根をひそめ、スミレがまた渋い顔をする中、1人皐月は、ただただ嬉しかった。
「とりあえずだ、作戦は飛ばせないことだ。飛ばれたら詰み、お前がどんな武装を使用するかは知らないけど、基本的に俺らが使う《同調神経》は手足の延長であって銃みたいに『引き金を指で引く』みたいなことは出来ても『持っていない翼を使って飛ぶ』ってのは会長クラスの天才か、本物の鳥人間のどっちかだ」
「分かった」
「ただ、会長だって戦術や武装が割れてることは承知の上だろうよ。だからわざと陸上戦で相手をした後、疲弊したところを飛翔して上空からの攻撃ってな戦法を取るはずだ、なにせこの試合は見せしめの意味合いが強い、初っ端から飛んで攻撃なんてのは『逃げ』だ」
ツラツラと会長の戦術を予測する建は、さながら軍師のようだった。
「大野君って、すごいね、本物の軍師さんみたいだよ」
「夢って言っても官僚はガチで目指してっからな、勉強してたんだよ。でも、こんなに役に立てそうなのは今回が初めてだよ」
恥ずかしそうにしてるが、その後の説明が妙にドヤ顔でなんだか残念だった。
「────ってな感じだ。後は実際に会長の前に立つお前の判断だ。俺らは中学過程で《対人汎用兵器》の基本知識はあるから動かすのは苦労しない......って中学ん時の先生が言ってた」
「分かった、ありがとう」
最後の言葉は心許ないが、十分すぎるアドバイスをくれた建に感謝しつつ少し不安が過ぎる。
「ねぇ......殺しちゃったら、どうすればいいかな?」
2人が静まる。
「えっと、殺すって......ありえないよ、だって私たち未成年の《対人汎用兵器》には学校内にいる限り出力に制限がかかるから」
「お前ってさ、たまにすげぇこと言うのな......」
きっと冗談だろと2人は考えたが、皐月の顔を見て、その質問は冗談ではなく、本気で心配してると気付いた2人に微妙な空気が流れる。
もちろん、皐月も聞いてはいけないことだと気付いたが、後の祭りだ。
「あ......その......」
「ま、まぁとにかく! そこは心配すんな! 仮に危なくなっても監督官の先生だっているしさ! 気にすんな!」
建の明るさに救われる、きっと建なりの心遣いだろう。
「そうだね、ありがとう。 飛ばせない、だったね、がんばるよ」
「いや、それだと駆け引きがだなぁ」
「とりあえず分かった、やってみる」
「あ! お前、さては聞いてなかったな! もっかい説明すっから来い!」
「え、いいよ。分かってるし、飛ばせない、飛んだら落とす、逃げずに突っ込むでしょ?」
「全然ちげぇーよ!? 何聞いてたの!?」
「ふふ、なーんだ」
建と皐月で追いかけっこが始まったところでスミレの微笑みが咲いた。
「よかった、一瞬びっくりしたけど、たまにそうゆう時くらいあるよね」
その3人が織り成す風景はあくまでも普通だった。
今はまだ、普通を振る舞える。
誰も彼の言葉を深くは考えなかった、と言うより考えなかったのはきっと彼の『制限』に似ている意味合いを持つのだろう。
『感情』という名の『制限』
きっと気のせいであって、そんなことはあるはずがないと『安心』を望むが故の逃避なのだ。
会長が言っていた、日時とは入学式から3日後の新入生オリエンテーションのこと。講堂とはうってかわって模擬戦闘授業を執り行うための円形の闘技場が、今回の舞台だ。
「あら、てっきり謝罪やら、降伏やらを宣言して逃げると思っていたいのに、その勇敢さだけは褒めてさしあげます」
落下衝撃等を考慮されたクッション性重視の砂でできたステージ中央に会長は立っていた。
「ちょっと考えた、でも、勝てばいいんだろ?」
「......は?」
皐月がステージに登場しつつ言ってのけた言葉に、会場がシン、と静まり返る。
「本気で言ってるの? それ」
「じゃなきゃ、ここにはいないですよ」
「あはははは! なめられたものね、でも悪くない」
会長は声を上げて笑うが、下品なものではなく、むしろ上品で、くわえて油断も隙もない。
「気に入ったわ、あなたが勝てたら私は何でもひとつ言うことを聞きましょう」
「じゃあ、会長が勝ったら僕もひとつ言うことを聞きます、これでフェアです。」
「フェア? すでに経験でのアドバンテージが私にはあるのにフェア? あなたって本当にバカね」
「悪いが、その言葉はもう聞き飽きた」
「まぁ、いいわ。 この試合は見せしめ、戦う相手が愚か者であればあるほど効果は高まる。
始めましょうか、観客の期待に答えて、ね」
「あ、ちょっといいですいか?」
皐月が辺りを見回して観客席をながめる。
「恨まないでくださいね?」
「出る杭は打たれるって古代文明の言葉知ってる? あなた、皐月といったかしら、調子に乗りすぎよ」
会長の声のトーンが下がる。と同時にバチィッ!! と、会長の体から紫電が迸る。彼女を覆うようにして彼女の《対人汎用兵器》が展開されたのだ。
「名を《血に濡れた正義》、綺麗でしょ?」
黒を基調としたカラーリングに赤のラインがアクセントを付ける、胸に大きく開いたスリットから豊満な彼女の谷間が覗く。妖艶なフォルムだが、腰にある装甲は荒々しく、背中から伸びる加速装置は、まるで古来の龍の翼を彷彿とさせる。特に右手に携える大戦斧、《断罪者》は外見のような艶めかしさとはうってかわって、絶対的な質量と全てを砕かんとする凶暴性によるギャップが全体の禍々しさを助長する。
「凄まじいな......」
皐月も軽く肩を回し、武装を展開する、が。
「本当に、本当の本当にあなたは私を愚弄するのね!!!!!!」
彼が纏った部分は手と足だけ、周りから見ればちょっとしたグローブとシューズを着けた程度にしか見えない。
「すみません、こればっかしは許してほしいな、母さんに制限かけられちゃってて」
「安全装置!? バカにしないで!!」
会長の怒りがついに頂点に達する。
「いいわ、分かった。あなたはここで私が躾てあげる!! 私が勝ったら、あなたは私の奴隷よ!!」
会長のヒステリーにも近い声を受けながら彼は上着を脱ぎ、上裸になり、クラウチングスタートからさらに身を低くした体勢を取る。
「分かったから、早く始めよう」
「どこまでも......早く合図を!!」
会長が監督官に催促した時、気付いた。
目の端に写る彼の裸身に走る|深い碧の線(人口神経)。それは普通、体表から見ることなどない。
「あなた、一体────」
『勝敗は、戦闘不能と私が認めた時か、武装が強制解除された時とする!!』
会長の声はスピーカーから発せられる声によってかき消され。
『始め!!』
分かりやすい挑発に乗ったのは私だと、気付いていた。
それは、一瞬のできごとだった。
合図と同時に、皐月の姿が消える。
次の瞬間には、会長が吹き飛んでおり、会長が立っていた空間には彼が拳をまっすぐ振り抜いた状態で止まっていた。
「く......ぁ......っ!!」
壁にそのまま突っ込み、遅れて脳に送られる衝撃、肺は機能しておらず、呼吸ができない。
「あ......かはっ!! ゴホッ!!」
咳き込み、呼吸を取り戻したところで飛翔を図る。
が────
「させないって」
またも一瞬で間合いを詰めた皐月が飛翔し離れた足を掴み強引に地面に叩きつける。
ゴッ!!!! と盛大な粉塵を巻き上げ会長が跳ねる。
武装はすでに剥がれ始め、斧は遠くに飛んで行った。
さらに追い討ちをかける、跳ねた会長の胴を皐月の足が捉える。
「ぐ......ぁ......!!」
闘技場の端から端へ吹き飛ぶ。
「が......っ!! く......《三重装盾》!!」
会長が来るであろう攻撃に備え、自動追従する盾を3枚展開する。
地面に打ち付けられ、仰向けに倒れたところに皐月が踵落としを炸裂させる。
3枚の内2枚を破壊し、1枚にヒビを入れたところで止まった。
「はぁ────、はぁ────、あなた、一体」
「......硬いな、エースほどじゃないけど」
皐月は地面を蹴り、距離を置く。
会長がよろよろと立ち上がるが、それだけで満身創痍だ。
この番狂わせな状況に誰1人、声を上げることはなかった。
「そろそろ、決着と行こうか」
「くっ......!」
皐月がぷらぷらと手首を振り、ゆっくり近づく。
本当の番狂わせは、ここからだった。
「来い......!!」
「え?」
会長の意を決したような言葉に皐月は驚いた。
「何をしてる、来い。それともその意味不明な馬力だけか?」
「いや、だって、その状況で受けたらまた────」
「いいから!! 来い!!」
その言葉に皐月は弾けた。右の拳を振り抜く。もちろん、先ほどと同じくその速度は圧倒的だ。
だが
「なっ!?」
会長は交差した腕の中央でしっかりと拳を受け止め、足を地に留めている。
そのままバク転するようにして会長を蹴り上げる。
「ぶっ!?」
顎にまともにくらい、弓なりに吹き飛ぶ。顎へのダメージは致命的であり、脳が揺れ、昏倒してもおかしくない威力。
会長はまた立ち上がる。
「まだ......まだぁ......!!」
蹴る、殴る。
「まだまだぁ!!」
投げて、叩きつける
「まだ、まだだぁ!!」
また殴ろうとした時、会長が動いた。
「ッ......!?」
カウンターが皐月の顔を捉える。
「見えて、きたわ......あなたの動き......」
そこからは、泥試合だった。
殴り、殴られ、蹴り、蹴られる。
歓声が湧く、皆それぞれがそれぞれを応援する。
「負けんじゃねー!! ルーキー!!」
「最後は勝って!! 会長!!」
「No.1から引きずりおろせ!!」
「その程度か!! 学内最強!!」
互いの拳が互いの頬を捉える。
倒れたのは会長だった。
『この勝負、柏木皐月の────』
「待って!!」
思わず声を上げた。
会長を支えるようにして立ちつつ、監督官を見据える。
「この勝負、僕の負けです」
彼の手甲と足甲はすでになかった。
「柏木、皐月......」
会長が皐月の頬を撫でる。
「今日から皐月は、私のものだ......」
彼の腕の中で満足そうに微笑む。
『この勝負、アリス・愛染・アルニヘルの勝利とする!!』
ワアッと、生徒達の歓声が湧く。
そんな中、柏木皐月は理想の学校生命が完全に瓦解したことを悟り、また自分の夢は「普通に生きる」ことだと気付いていた。