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訪問者

「へ――くしっ」

 唐突なくしゃみで、フヒトの意識は覚醒した。

 教会の小部屋だった。ヒビの入った漆喰と、そこからむき出しになった石の壁。薄手の布のかかったカーテンからは明るい光が射し込んでいる。

 塔に入ろうとして捕まり、ここに連れてこられてから時間はそう経ってないようだった。

「不覚だったふぁ――」

 再びくしゃみをして、フヒトは憮然とした顔になった。誰かに悪口を言われた気がする。

 いや、ここが埃っぽいだけか――?

 フヒトが寝転がっているのは部屋の中で唯一の家具であるベッドだ。サイズが合わず、膝を曲げねば身体は収まりきらない。部屋自体そうとう埃っぽいのだが、掛布もかなりの埃をまとっていた。フヒトは大口を開いて寝るタイプなので、あまりにひどいとむせて、寝るどころではなくなってしまう。

 それでも眠ってしまったのは、疲れがたまっていたからか。

「不覚、だったな」

 誰に聞かれてるわけでもないのに、真面目な顔で言いなおす。兵士に邪魔されるのは覚悟していたが、あの瞬間は自分の疲労のことをすっかり忘れていた。途中から抵抗らしき抵抗もできず、人数差に押し負けてしまったのである。

 ――だいぶ楽にはなってるな。

 身体のあちこちで力具合を確かめてみて、そう思う。短い睡眠で驚くほど回復していた。まだ本調子ではないが、多少の無理ならなんとかなりそうだ。

 問題はここから出たあと、どうやれば邪魔されず塔に入れるかだが……。

 そんなことを考えていると、足音が聞こえてきた。一人のものではない。ちょうど目を向けた部屋の扉の前で止まると、リズムよく木戸が叩かれる。

「入らせてもらうよ」

 穏やかな声がして、眼鏡をかけた若い男が入ってくる。

「あーっ、やっぱりフヒトさん!」

 その後からエインセールが入ってきた。

「彼が例の人か」

 さらにそんな声がして、フードのついた長衣ながぎぬの人物が入ってきた、顔は分からないが、さっきの声で女性と分かる。長衣が奇妙に膨らんでいるのは鎧のようなものを着ているかららしく、予想通り足音には堅い金属質の響きがあった。

 どこかで聞いたような声だな、と思っていると、元々狭い部屋がさらに狭くなっていた。窮屈そうにベッドの周りに立った二人と妖精の存在が、フヒトに圧迫感を与える。

 そして開かれた扉から兵士が顔を出した。

「こ、これ以上は厳しくはないか?」

「……」

 兵士は返事をせず、フヒトを冷たく見返しただけだった。「皆様、十分お気を付けください」と言うと顔を引っ込め、扉を閉めていった。

「さっき、塔に入ろうとしたあなたを、止めた一人だ」

 女性が、フードの奥からやや咎めるような目でフヒトを見つめた。

「十人がかりでやっとだったと聞いている。力はあるようだが、そのようなことはしないでもらいたい」

「そうですよ! どうして危ないことをするんですか!」

 エインセールがフヒトの元へと飛んでくる。彼女の剣幕にフヒトは思わずのけ反った。

「……そんなに危なかったか?」

「今、塔の中は濃い呪いが蔓延しているんだ」

 柔和な笑みを浮かべた若い男が、口を開いた。

「加えて、数多くの魔物が棲みついてしまっている。万全な状態ならいざ知らず、もし止められていなかったら、君は呪いでずっと眠ったままになっていただろう」

 赤茶の髪をしたその人物の言葉に何か引っ掛かりを感じ、フヒトは不思議に思い目を合わせる。男の青い瞳には底の見えぬ深さと、知性があった。自分とさして年齢は違わないように見えたが、反射的にフヒトの背筋は伸びる。

「あなたは?」

「僕はオズヴァルト。『全てを見届ける者』だ」

 はじめまして、というオズヴァルトを、フヒトはまじまじと見つめた。

「全てを見届ける者……聖女みたいな役割か何かか」

「そうだね。君に分かりやすいよう言うなら、『僕にも制約がある』。そのおかげで、『ただの役立たず』とも言えるかな?」

「そのようなことはありません。賢者殿の言葉には、誰もが助けられています」

 苦笑めいたオズヴァルトの言葉を、女性が否定した。

「賢者殿の言う通りだ。塔の中は危険だから、資格のない者以外は入れないよう取り決められている」

「資格か」

「そうだ。姫に仕える騎士であること。そして呪いから身を守れる、高純度のローズリーフを持っていること」

 どうやら男性調のしゃべり方が、女性のクセであるらしかった。簡潔で、強い響きがある。

「だが前提として、姫に騎士と認められていることが重要だ」

「どうすれば騎士になれる?」

「騎士試験を行い、試験官に実力と覚悟を見せればいい」

 フヒトの問いに、女性はそう言ってオズヴァルトに視線を戻した。賢者がうなずく。

「実は、僕が試験官なんだ」

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