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鳴神の剣士

「そろそろ頃合いでしょうか」

 幻影の塔の前では、戦いの趨勢がつきつつあった。

 ヴィルジナルの鎧騎士たちはすべて破壊されていた。だが、騎士たちもほとんどが疲弊している。動ける者も『灰色の古狼』と戦っていた。

 彼女の邪魔をする者はいない。

 それまでじっと佇んでいた雪の女王が、歩みを再開する。

「おのれ、させるものか!」

 ただ一人、それを見とがめたエルギデオンが力を溜め、氷の斬撃を繰り出す。

 飛翔する斬撃に、しかし女王は片手を掲げたのみだった。

 その手から生み出された魔法陣から氷塊が撃ちだされ、斬撃とぶつかって爆散する。

「な……!」

「力を使う相手が間違っていますよ」

 氷塊は、斬撃の威力を完全に殺していた。何事もなかったかのように、ヴィルジナルは歩んでくる。

「命を賭す覚悟があるのなら、中で『彼』の助けになってあげなさい。妾がその力を導きましょう」

「くっ……!?」

 無造作に間合いに入ってきた彼女に、斬りつけて良いものかと少年騎士が迷った時には、女王の姿は霧のようになって消えてしまっている。

「どういう、意味だ?」

 エルギデオンの問いに答える者はいない。

 やがて、いつの間にか古狼も姿を消したとの報告が上がった。もはや怪我人は数え切れず、アンネローゼたちも戻ってこないことから、無事な者で部隊を再編して塔に突入することとなった。


 燃え盛る炎の中で、フヒトは立ち上がった。

「思い、だした……」

 その身体は爆発に巻き込まれたというのに、無傷だった。どころか、身体に負っていた斬撃も傷口が盛り上がり、完治している。

 その理由を、その仕組みをフヒトは思い出していた。

 神性の活性化だ。

 偽の聖女が、彼の姿を見て憎々しげに顔を歪ませた。

ォ……!』

「そうだ。俺の名前は鳴神、不比等」

 元々の名前は朔夜さくや

 新月の晩に生まれた、狩人だった両親の子。どこにでもいる凡庸な人間。それが親を亡くし、竹取の夫婦やタケと出会い、いつしか不比等の名をもらい、今ではこんな遠い場所まで来てしまっている。

 流れていた涙をぬぐった。

 突き刺さってくる、得体のしれない敵意。それに不比等は妙な感慨を振り払った。今は目の前の脅威を除く必要がある。

「お前は、俺の親友とともに消えた『竜』だったのか」

 断片的ではあるが、今の彼には過去の一端が「視え」つつあった。

 驚くべきことだった。はるか昔、親友フヒトは戦っていた竜とともにこの世界に流れ着いたのだ。

 そしてこの地の人々とともに、竜を倒した。

 だが竜は滅びてはいなかった。誰の手も届かない所で眠りに着き、力を増し、復讐の時を待っていた。

 そして復活するタイミングで、今の不比等がこの世界に来たのだ。

「いくぞ、偽者」

 不比等が歩む。

 聖女が手をかかげた。瞬時に魔法円が出現し、そこから放たれた火球が不比等に直撃する。熱せられた空気が衝撃に震え、爆炎を飛び散らせる。

「無駄だ」

 黒い煙の中から現れた不比等には火傷一つなかった。彼の周囲を護るように煌めく、半透明の膜のようなものが、炎と熱を完全に遮っている。

「筒姫からたまいし火浣布かかんぷは、火と光の精霊が鍛えし盾。その程度の炎は効かん」

 不比等の手が、ずっと差していた黒塗りの刀を手にした。

 闇と風の精霊によって祝福をうけた、鳴神の秘剣・黒作りの佩刀はいとう

 風が巻き起こる。

「黒の太刀にて、魔を滅さん」

 鞘から引き抜いた刀身には、闇色の魔法力によって刃が形作られていた。剣そのものは風を纏っており、鞘から解き放たれたことを喜ぶように、周囲に旋風を巻き起こす。

 不比等がその風に乗って、地を蹴った。

 古狼との戦いでも見せた神速の歩法は、瞬時に間合いを塗りつぶし、竜の扮する聖女へ肉迫する。偽の聖女の両手で爪が伸び生えた。

 爪は闇の魔力をよろい、剣となって不比等を迎え撃つ。

 剣と爪が衝突し、火花代わりの魔力が散った。

 互いの力で弾かれた得物は直後、申し合わせたように再度ぶつかり合う。繰り出される爪の斬撃に、不比等はもう翻弄されなかった。風の力で爪をいなしながら、相手の膂力をむしろ利用して加速する。

 宙に舞ったのは、切断された黒き爪だ。

『――!』

 大きく見開いた偽聖女の瞳に、瞬く間に迫ってくる幾つもの太刀筋。

『ガ、ア、アアアアアアアア!!!!』

 その身を斬られ、彼女の目が怒りに赤く染まった。その細足で地面を蹴りつけると、直下の地面に亀裂が走る。不比等が身構えた隙に、竜は空高くへと跳ね上がった。

 その周囲の空間が歪み、視界を覆い尽くすような数の魔法陣が生み出される。

「させるか!」

 裂帛の声とともに、飛び上がった不比等が空を駆けた。宙に火球が現れて砲撃をしてするが、彼を護る煌めきがその一切を遮断する。竜との距離はすぐさま、刀の間合となった。

 斬――!

 魔法陣ごと、切り裂いて駆け抜ける必殺の一閃。

 紅い目を極限まで瞠目させ、聖女がのけ反った。その上を刃が薙いでいく。刃は惜しくも、服を掠めるにとどまった。

 その時には、不比等は風に命を下している。

『吼えろ!』

 刀身から解き放たれた旋風が転瞬、轟然たる鉄槌と化した。

 幾千もの獣が咆哮したがごとき大気の猛威は、偽聖女の身体を巻き込んで、空中から地面へと一気に叩きつける。

 圧縮気圧に猛打された岩の床が、砕け散って陥没する。

 その中央で風の洗礼を存分に受けた竜は、傷だらけのまま、憤怒の光を目にたぎらせ起き上がった。冷静さはそれでもまだあるのか、降り立った不比等から飛び退り、距離を取る。

 睨みながらも即座に攻撃してこないのは、突如強くなった彼を警戒したが故だ。

「お前のように、人に化ける竜のことは知っている。ここではない別の空間に、本来の体を隠していることもな」

 神性――異世界の魔力をその身からほとばしらせ、不比等は黒き太刀を構えた。

「だが生命の源である<核>を砕けば仮の姿とは言え滅ぼせる――同じ世界出身のよしみだ。元の姿で戦え。偽者でも聖女を斬るのは忍びない」

 少女が咆哮した。

 巨大なその空間の中でも響き渡る、大音声だいおんじょう。異形のその叫びは、招来しょうらいだった。

 突如、地面を突き破ってっ飛び出してきたのは『呪いの蔦』だ。

「この地の呪いを取り込んだのか!?」

 驚く不比等に、呪いの蔦が殺到する。

 反射的に斬り捨てた瞬間、違和感が襲ってきた。

 ――神性が、削られた……!?

 竜に操られていても、蔦に込められた呪いは生きていた。人を眠らせるその力は、精霊――神性の力にも作用していく。

「神性が無くなる前に倒さないと危ないな」

 剣を持つ手がひるがえった。生じた疾風が斬撃となって飛翔し、蔦を裂断していく。

 剣風は蔦のみならず、魔法の弾幕に合わせ仕掛けようとしていた偽聖女をも切り裂いていた。竜がたたらを踏んだところへ、回避不能な速さで闇色の刃が叩き込まれる。

 転瞬、両者の間で生じたのは肉が弾ける音だ。

 巨大な五指が黒き刃を受け止めていた。トカゲようの紅い鱗をそなえた異形の手は、少女の服の袖を引き裂いて出現している。刃を弾いた偽聖女が再び笑みを歪ませた。

 異形の手が霞んだ。残像すら見せて不比等に迫る。

 直後、殴り飛ばされていたのは竜の方だった。

「三度目は言わないからな」

 偽聖女の、ひび割れた顔面から肌色の破片が落ちていく。砕けた表面の奥に紅い鱗をのぞかせる偽の聖女へ、不比等は不敵に笑って告げた。

「元の姿で――全力で来い。どうせお前の負けだ」

『――――!!』

 大気が震えた。

 少女の放つ轟きが、炎色に輝く魔法陣を足元に生んだ。円形のそれが規模を大きくすると同時、床が赤熱して溶け崩れていく。少女の身はいびつに膨れ上がり、異形の姿を露わにしていく。

 海竜――不比等のいた火山島でそれは、溶岩の海にまう巨竜を指す。

 広大な塔の内部を席巻しそうなほど、その体は巨躯だった。

 堅固な城塞を彷彿とさせるような四足竜の威容が、溶岩の中から姿を見せていた。長く伸びた首の先、獰悪な眼を持つ竜頭が彼を睨みつけてくる。

 不比等は身体を宙に浮かせた。

 竜を中心に広がった魔法陣は、床を灼熱の大地へと変えていく。液体状になった地面にはわずかな足場しか残らず、それらもまた崩れて赤く輝く海に沈んでいった。

 噴き上がる熱風に髪や装束がなびき、思わず唸る。火浣布のおかげで苦しくはないが、もしなければわずかな時間も保てない熱気だ。

「異空間に潜んでいた本体は引きずり出せたが……さて、果たして本当に勝てるものか」

 長い年月、蓄え続けたその力は計り知れない。

 さらに計算外なのは、巨竜の体に呪いの蔦が巻き付いていることだった。呪いの力に関しては、今の不比等には『視え』ない要素だ。

「エインセールたちは……無事だな」

 アンネローゼや護衛の騎士たちも入り口近くの無事な場所に退避していた。とはいえ火山に等しいこの場所では、熱に苦しんでいるはずだ。

 竜があぎとを開いた。その口腔から、収束した炎が熱線となって迫ってくる。

「!」

 速い。

 煌めく火浣布が、不比等への直撃を防いだ。轟音と衝撃がそれでも襲ってくる。聖女の姿だった時とは比べ物にならない威力。終らない熱線の暴威に、さしもの火浣布も限界を迎えようとする。

「くぅ……!」

 動かねばならなかった。

 不比等は風と共に飛翔した。追ってくる熱線を振り切り、竜の側面からび迫る。狙うは竜の首元。呪い蔦が絡まり守られている水晶だ。それこそが核だった。

 突っ込んでくる不比等へと、竜の周囲に赤熱する魔法陣が次々と展開していく。そこから発される魔法の威力も桁違いだった。一撃一撃が火山弾の砲撃のごとく、空間を鳴動させる。

 迎撃するのは、突風となった不比等の剣技だ。

 魔法を撃ち落とし、その隙間を縫うようにして進む。放たれる熱線をかいくぐったところで、目前に竜頭があった。

「お返しだ!」

 風の神性を総動員して、大気を動かす。

 圧縮空気による不可視の鉄槌が、竜の全身を殴り飛ばし、体勢を大きく揺るがせた。

 機。

 一気に竜の首、その付け根へと下降する。胸元には蔦に覆われた核が見えた。

「これで!」

 全身全霊を込めた一刀を不比等は放つ。

 刃は蔦を切り裂いていき――不意に増殖した蔦にその勢いを阻まれた。

「!?」

 必殺の一撃が阻まれたことと、力が抜けていく感覚に不比等は驚愕した。

 呪いの蔦が、神性を吸い取っていた。潤沢な栄養を受けたかの如く、蔦はその規模を増し、不比等をも取り込もうとする。慌てて離れた。

「冗談じゃない」

 想像外の出来事だった。水晶核を打ち砕く神性力で斬りつけたとしても、守っている呪いの蔦がそれを吸い取って減衰されたのでは、致命傷を与える事など出来ない。

 その神性も、残った力は蔦の呪いによって眠りに落ちていきつつある。

 火浣布も竜の攻撃に長くはもちそうになかった。

 打つ手が、思いつかない。

 歯噛みする不比等へと、竜が勝ち誇ったような咆哮を上げた。

 炎が、彼へと襲い来る。

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