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偽の聖女

本日も3話投稿していきます。

 塔の中に入り、最初の通路を進んだ時には、何かがおかしいと気付いていた。

「おかしいです、この道……もうかなり走ってるのに」

 エインセールがそう言った通り彼らはもう、丘まで走って来た時よりも長い距離を移動していた。

「オズが『中は見た目と違って広い』って言ったのは、このことだったのね」

 ユスティーネがぼんやりと揺らめいて光る通路に、表情を強張らせていた。

 やがて、長い通路の出口が大きく近づいてきた。

 ……いる・・

 奥から漂う、深海の時の気配。それを感じてフヒトは乾いた唇を舐めた。

「二人とも、危ない時は俺から離れるなよ……でも危険なら離れろよ」

「どっちですか!」

「どっちなのよ!」

 二人の反論が唱和したと同時、一気に視界が開けた。

 広い、とてつもなく広い空間がそこにあった。

 かろうじて円形と想像できる、石造りの床と壁の境界線が紡ぐカーブ。しかし横に伸びる壁はどこまでも広がっていきながら弧を描いており、向こう側の壁ははるか視界の向こうに霞んで見えた。

 天井もまた、目を凝らしていてもその果てが見えない。

 不思議と暗くはなかった。海底の時と同じように、視界には支障がない。

 だからその空間が中央へと向かうに従い、段差を取って下にくぼんでいくのがすぐに分かった。

 巨大な円形劇場アンフィレアトルムのようだと、もう少し観察していたら誰かが気付いたかもしれない。

 しかしその前に、彼らは探している人物を見かけた。

「いました! アンネローゼ様です!」

 導きの妖精が中央のアリーナを指さす。そこには小さい人影ながらも、白雪姫がいるのが分かった。彼女の近くには随行する数人の騎士らしき姿が見える。

 そして彼らの前には――。

 地面から生えたイバラに拘束された少女が、騎士たちによって、今まさにそのいましめから解放されようとしていた。

「急ごう」

 いったん止まりかけた足を再び速めて、三人は中央へと下っていく。見えている景色と移動の感覚がちぐはぐだった。中々思うように距離が縮まらない。

 ようやくあと少しと感じたところで、声が聞こえてきた。

「――――です。姉上」

 それは、かつてフヒトが聞いたアンネローゼの声と比べ、感情に満ちたものだった。

 走っているため、風の中を途切れ途切れの断片が運んでくるにすぎないが、冷たく合理的に物事を進めているように見えた彼女にも、隠した気持ちがあったのだろうか?

 そう思っていると、視界の中でさらに動きがあった。

 いましめから解かれた聖女はいったんはその場に膝と両手をついていたが、衰弱したその身体に力を入れて立ち上がっていた。

 アンネローゼが騎士を下がらせて、進み出る。

 聖女の目がアンネローゼを捉えて、微笑む。何かをしゃべった。

「――――。――――」

 それから――不意に、近づいてくるフヒトたちの方を見て、にたり・・・と笑った。

「!? やめろ―!!」

 叫びに、反応したのはアンネローゼと騎士たちだ。

 アンネローゼが振り返ってフヒトを認める。そして、警戒する騎士たちが向かってくる。

 次の瞬間、その光景が炎に包まれた。

 聖女を中心・・・・・に突如生じた爆発が、アリーナの上を飲み込んでいたのだ。

 爆風に、騎士たちは吹き飛ばされていた。周囲に叩きつけられ苦鳴をあげる彼らに、妖精たちが息を呑んで止まる。

 フヒトは逆に、さらに加速した。

 アリーナの外から一気に飛び上がり、まだ黒煙が晴れぬ爆心地へとサーベルを抜いて斬りつけた。

 響いたのは、金属同士がぶつかる硬質の音だ。

「くっ……!?」

 とんでもない力に押し返されて、フヒトは今度は大きく飛び退った。剣を構えた右手を前に出して、さらに後ろへと下がっていく。

 そして、左腕に抱えたアンネローゼに話しかけた。

「無事か!?」

「……これが無事に見えるの?」

 返ってきたのは、やや苦しげな――しかしいつも通りの――声だった。

 アンネローゼは無事だった。服や体のあちこちが煤で汚れてはいるが、傷らしきものは負っていない。

「聞いていいか? なんで生きてるんだ?」

「……私が生きていては悪い? シンデレラは躾がなっていないのね」

 質問に不快そうな顔をしたのち、アンネローゼは左腕を掲げた。

 そこには、真っ黒に炭化したブレスレットがあった。ボロボロとくずれていく。

「魔女である母が、もしもの時にと渡してくれたお守りよ。怪しかったからこれで守りはしたけれど……二度目は無理そうね」

「偽者だと、気付いてたのか?」

 フヒトの目には、彼の叫びを聞いたと同時に聖女から身を守る・・・・・・・・彼女の姿が映っていた。

「当然よ。この状況で、姉上が私のほしい言葉を言うはずがない」

 その言葉の真意を、フヒトは分からなかった。

 代わりに、聞いた。

「なぜ、自分だけ入った? せめてシンデレラたちと来ても良かったのではないか?」

 その問いに、白雪姫は胡乱げな視線をフヒトに向ける。やがて「ああ」と小さく吐息した。

「愚かね。罠かもしれないのに、今私とシンデレラの両方が倒れたら世界はどうなるというの?」

 今度こそ、フヒトは絶句した。

 それ以上の言葉は、状況が許してくれなかった。

 煙の中から、偽の聖女が現われたのだ。

 波打つ金の髪の、美しい女性。

 いつか見た聖女の面影を持つその存在は、しかし慈愛とは程遠い凶相を浮かべて笑っていた。

 鋭い牙の覗いた、薄気味の悪い唇が言葉を紡ぐ。

ォ……』

「……なるほど、あなたの知り合いというわけ」

「断じて違います」

 こればかりは心からの言葉だった。こんな存在、一度見たら忘れられるはずもない。

「とにかく、どうにかなさい。とばっちりはごめんよ」

 言いつつ、アンネローゼは自らの足で立ち、その場を離れた。言葉通りといえばそうかもしれないが、歩きづらそうなその様子はなんとなく、フヒトの負担にならないよう避難した気もした。

「さぁて、化け物退治といくか」

 彼女や妖精たち、そして倒れている騎士たちを巻き込まないよう、フヒトはあえて偽者へと突撃した。横合いへ移動しようとする彼に、偽の聖女もすぐさま反応して近づいてくる。裸足が固い石床を蹴ったかと思えば、その姿はフヒトの目前へと現れていた。

 ――――速い……!?

 一瞬で間合いを詰めてきた敵は、今度はその細腕を薙ぐようにして振ってきた。指先の爪がその過程で急速に長さを増し、鋭い刃となってフヒトの首を狙う。

 ――――さっき攻撃を受け止めたのは、これかっ!?

 とっさに掲げたサーベルで弾くも、今度はもう片方の腕が振られてくる。その腕に込められた力も、細い腕や軽やかな動きからは想像もつかないほど強い。全身を使って受け流したはずなのに、それでも勢いに持っていかれそうになって、フヒトは次に備えて態勢を保つので精いっぱいだった。

『弱い、弱い弱い弱い弱い!』

 振り回されるフヒトの姿が面白いのか、偽の聖女が哄笑を上げた。

『弱い弱い弱い弱い! 良い良い良い良い!!』

「うるさいぞ!」

 防戦一方になりつつも、敵の攻撃リズムが見え始めた――そう感じた時だった。

 ガギッ

 激しい爪の応酬を防いでいたサーベルから、そんな音が聞こえた。

 折れる。

 そう思った時には、シンデレラから授かったサーベルは半ばから折れ飛んでしまっていた。

 鋭い爪がフヒトの身体に到達する。

「…………ッ!」

 とっさに伸ばした手から、突風が生み出される。

 見えない拳に吹き飛ばされたように宙を舞った偽の聖女は、しかし何事もなかったように着地した。

 一方、

「く……っ」

 運良く出せた衝撃波が致命傷を防いでいてもなお、フヒトの身体は深い爪跡が刻まれている。

 血が装束を濡らし、さらには地面に落ちていった。

 被害の大きさ、そして彼我の戦闘力からも、実力差は圧倒的だ。

 フヒトは視線を仲間へと走らせる。アンネローゼやエインセールたちは、全然移動していない。

 否、それくらいの短い時間しか経っていなかったのだ。たったそれだけの時間で武器を失い、軽くない負傷を負ってしまった。

「くそ、まだまだ……!?」

 気合で立ち上がろうとしたフヒトの目の前、空中に巨大な光の円陣が出現していた。

 複雑な文様が描きこまれたその円陣のを中心に、空間がねじれて熱を生み出していく。

 ――これは、さっきの爆発の……!?

 直感的に、それが魔法だと感じたフヒトは咄嗟に逃げ場を探そうとして――動けなくなった。

 彼の周囲を、幾つもの魔法の円陣が浮かんで取り囲んでいたのだ。

「――――!」

 魔法円の向こうで、偽の聖女が嗤っていた。

 刹那の直後、視界を衝撃と炎が支配する。

 痛みも悲鳴も、赤い業火が塗りつぶしていく。

 すべてが崩れ落ち、暗くなる瞬間、フヒトの耳に確かに聞こえた声があった。

『私からは火浣布かかんぷを授けましょう』

 脳裏に響く言葉に、身体中の何かが脈打っていく。

 ほんの短い瞬間に、それらが爆ぜ、今までのすべてがかき混ぜられていく。

『これからそなたを、黄泉平坂よもつひらさかに通します』

 いつか交わされた言葉、忘れてはいけない言葉。

 いつ? 誰と交わした?

『では、そなたの気持ちを確かめます』

 記憶が、赤く染まっていく。

 そうだ、あの時も辺りは赤く燃え盛っていた。

次話16時、その次は22時以降に投稿予定です。

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