争
途中で装備を回収し、一目散に丘の上へ。
幸いにも、到着した時に最悪の事態は起きていなかった。
収拾をつけようとしている姫がいたのだ。
「争うな! 剣を納めてくれ! ルクレツィアはそのようなことを望んではいない!」
馬上で高らかに声を張り上げているのはシンデレラだった。剣を納めたまま、保守派と改革派、両派の前線で動いている。怪我人こそ何人か出ているようだったが、一触即発の空気はギリギリのところで止まっているように見えた。
「改革派の者たちよ、聞いてほしい! 私はアンネローゼと競うことなどは考えていない! ルクレツィアが見つかったのなら、ただ会いたいだけだ! アンネローゼの後ろで構わない、せめて近くまで、顔の見えるところまででいいから道を開けてくれ!」
切実な彼女の訴えは、塔の入り口に向けられていた。そこに陣取るのはアンネローゼの近衛騎士や『七人の小人』、そして改革派の残る二人の『姫』、ラプンツェルとリーゼロッテだ。
「そいつは無理な相談だ!」
ラプンツェルが進み出て、シンデレラと対峙する。
「ラプンツェル!」
「くどいよ、シンデレラ! その気持ちも分からなくもないが、だからって姉妹の再会に水差すのも違うだろ?」
「どうしてもか!?」
「気持ちは分かるって、言ってるだろ! でもアタシも姐さんに『通すな、任せる』って言われたんだ! その気持ちを汲んで、ここを守らなきゃいけないんだ! ちょっとでいい、我慢してくれよ!」
二人の言葉は、平行線のままだった。むしろ行き場のない舌戦が再び周囲の熱を高めていく。ユスティーネが今にも飛び出しそうな両派の騎士たちを見て呟いた。
「マズイわね。このまま煮え切らない状態だと、結局どこかで暴発するわ」
「そんなぁ。お二人とも、間違ってないのに……あんなに苦しそうなのに」
エインセールの目にはシンデレラの主張も、ラプンツェルの主張も純粋なものに映った。互いに友のため、という同じ原理でぶつかり合っている。
ゆえに、どちらかが折れての合意はありえなかった。
「シンデレラが引いて、譲るってのが一番良さそうだけどねー。でもそうなったら、本人はともかく騎士たちの方で納得がいくかしら? 大なり小なり、絶対にあとで面倒な禍根を残すわよ」
「それが分かっているから、もう自分の意思では取り下げられなくなっているんだな」
フヒトが、馬上の主君を慮る。
「なら、ここで第三の意見だな」
そしてオズヴァルトの助言を実行するべく、歩み出した。
「ええっ、フヒトさん!? 下手するといっそう混乱が起きますよ? タイミングを計った方が――」
「この中の聖女は偽者だ!」
腹の底からの大声によって、エインセールの言葉はかき消された。
「あっは! すごい大きな声! ねえエイン、前も思ったけどこの人ってバ――」
「言わないでください……」
耳を塞いで面白がる姉の言葉は悪口でしか有り得なかったので、エインセールは聞くことを拒否した。
とはいえ、ユスティーネの言う通り、フヒトの声はよく響いていた。
周りの騎士達が静まり返り、口論の中心にいた二人も思わず黙って、歩み寄ってくる彼へと視線を向けていた。
「フヒト殿……?」
シンデレラは異論を挟んだ者の正体に気づいて喜色半分、そして困惑半分の面持ちを浮かべた。
フヒトは彼女に小さく頷き、もう一度口を開いた。
「賢者オズヴァルト殿から伝言だ! 中にいる聖女は偽者だ!」
今度は、そこかしこでざわめきが上がった。
驚き、否定、疑惑。さまざまな声が一斉にフヒトに投げかけられる。
「うるっさいよ! アタシが聞く!」
それらの全てを沈黙させたのは、ラプンツェルだ。
「お前、確かルチコル村以来だね。姐さんからシンデレラのとこに行ったって聞いてたが――」
彼女の言葉がやや説明調なのは偶然か、それとも所属を知らしめるためか。いずれにしろその一言で、改革派側からフヒトへの視線は『疑い』が強まっていった。
「本人もいないのに信じられるわけないだろっ。フカシてるなら、タダじゃおかないよ!」
ラプンツェルが担いでいた槌を突きつけてくる。
苛烈な彼女の視線を、フヒトは真っ直ぐ受け止めた。
「もちろん、証拠はある――ユスティーネ、来てくれ!」
「え、アタシ!?」
ここで呼ばれるとは思わず、野次馬を決め込んでいた妖精は空中で固まってしまっていた。
「ほらティーネ、早く!」
エインセールは、フヒトの被害者としては先輩だった。スムーズに動いて姉を牽引していく。
「もう、なんなのよ~」
フヒトはユスティーネがすぐ近くまで来ると、声を張り上げた。
「みんなも彼女のことを知ってるだろう。オズヴァルト殿に仕えるユスティーネだ。俺は伝言を伝えに、彼女と一緒に来た。そうだろう?」
「そ、そうよっ。オズは足遅いから、先に行って伝えてこいって言ってたんだから!」
幾分かアレンジを混ぜつつも、ユスティーネも声を上げる。
今度こそ、向けられる視線のほとんどが敵意から困惑へと変わっていった。オズヴァルトが騎士の試験官をしていたが故に、ユスティーネの存在に信憑性が増したのだ。
チャンスだ。
今度は彼がラプンツェルに問う番だった。
「偽者の聖女は間違いなく、魔物だ。アンネローゼを連れ戻さないと危険だ」
「……」
ラプンツェルは、それでも逡巡していた。敵対派閥に属しているフヒトの言葉を信じてもいいのか、迷っている。
そっと、その肩に優しく手が置かれた。
「大丈夫だよ、ラプンツェル。この人はこんな嘘を付く人じゃない」
「リーゼ……?」
「そうだよね、フヒトさん」
リーゼロッテが、こっそりウインクをした。
「もちろんだ」
感謝とともに、フヒトはうなずく。
「……分かったよ。アタシも姐さんの安全が第一だ」
しばらくして、ラプンツェルは折れた。
「だけど、助けに行くのはアタシらだ。それで良いか?」
最後の言葉はシンデレラに向けられていた。
「分かった。こちらは念のため、外で魔物を警戒しよう」
「フヒト、だったか。お前たちは付いて来な。証人は必要だろうからな」
「承知した」
ありがたい申し出だった。「お前『たち』って、私も中に入るってこと……!?」と、ユスティーネが嘆いていた。
「ホッファ、アンタもそれでいいね?」
ラプンツェルに次に声をかけられたのは、ただ一人、塔の前で動揺もせず仁王立ちしている青年だった。
「……俺に命令できるのは、白雪だけだ」
人々の注目の中、果たして彼は双剣を抜き放った。その目はずっとフヒトを射抜いている。
「保守派のお前を中に入れる気はない」
「――あの時と同じか」
フヒトは進み出て、サーベルの柄に手を掛ける。
「あの時と同じ程度なら、オレサマが勝つ」
「安心してくれ、今度は本気だ」
構えたフヒトから、風が巻き起こり始めた。
「……!」
得体の知れない気配に、ホッファが緊張をはらんだ笑みを浮かべた、次の瞬間。
風がやんだ。
「この勝負、お待ちいただきたい」
二人の勝負、その中央に割って入ったのは、銀髪の少年騎士だ。
「エルギデオン……」
彼の行動にフヒトだけでなく、ホッファも微かな驚きを浮かべている。
エルギデオンは両手を広げ、傲慢の騎士と対峙していたのだ。
「オレサマの邪魔をするのか?」
強烈な視線。そのプレッシャーにも、少年騎士は怯まなかった。
「邪魔はしておりません。コイツは、保守派ではありません!」
「……なに?」
言葉の意味するところが分からず、疑問を漏らしたのは――フヒトの方だった。
むしろホッファは、何かに気付いたような表情をしている。
「なんだ? どういうことだ?」
「気付いてなかったのか!? オズヴァルト様の使いで来た以上、立場は『中立』。今のお前はどちらにも属していない状態だ!」
肩越しに怒鳴ったエルギデオンは、再び前を向く。
「その上で、コイツは保守派、改革派関係なく、助けるべき相手を助けに来ます! そこに他意などない、信頼できる『騎士』です!」
「……」
初対面の時とは違う彼の態度に、フヒトもホッファも黙ったまま考えに沈んでいく。
やがて、ホッファの剣が静かに下げられた。
「見事なものですね」
称賛は、静かな冬の風と共に訪れた。
顛末を見守っていたその場の全員が、いつの間にか現れた彼女の姿に驚愕の声をあげる。
「被害がもう少し出ているかと思いましたが」
冷たい風とともに塔へ近づいてくるのは、冬の気配をまとった女王だった。
そして彼女を守護する、巨躯の狼も姿を見せる。
「ヴィルジナル!」
「散らばれ、『古狼』に備えろ!」
呪いの元凶と目される存在に、騎士たちの動きは早い。ヴィルジナルがそれを見て、片手をあげる。空から氷の粒が落ちてきたかと思うと、それは彼女の周囲に点在して集い、巨大な鎧騎士の姿を象っていった。
「その塔に入るのは私です。退きなさい」
「決めるのはアンタじゃないよ!」
ラプンツェルが闘志をみなぎらせて反駁する。
「アンタだけは通さない。ついでに色々としゃべってもらうよ!」
鎧騎士たちが迫ってくる。改革派の騎士たちが呼応し、戦端が開かれた。その巨体に比して、鎧騎士の数は少ない。鎧騎士の剣の大振りを複数人で受け止め、そのがら空きの胴体に斬撃や魔法を撃ちこんでいく。
一方で圧倒的なのは『古狼』の方だった。
俊敏な動きで振るわれた足の一撃で、数人が吹き飛ぶ。保守派が戦列に加わり、弓や魔法を放つが、開けたこの場所では古狼の加速の方が早い。巨体は軽やかに攻撃をかわすと、入り口前にいるフヒトたちへと駆けてきた。
「またヤツか。戦っている場合ではないというのに……!」
なぜこのタイミングで――と、考える間もなかった。フヒトが剣を引き抜こうとする。
刹那。
「何をしてる――行け!」
彼の横を、ホッファが走り過ぎた。疾駆した彼の双剣が、突進してきた古狼の爪と激突する。ホッファの体術と剣技が、巨体に宿る力と拮抗する。
そこへ、『氷霜の剣』を抜いたエルギデオンが斬撃を放った。後退する巨狼を追いつつ、彼が叫ぶ。
「フヒト、アンネローゼ様を頼む!」
「おう!」
掛けられた声を力に、フヒトは妖精たちと塔の中へと駆け入った。




