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塔へ

 賢者オズヴァルトは塔からフヒトへと視線を戻した。

「ソイツは君を憎みつつ、なおかつ殺し切れずに逃走し、ここで幻影の塔をかたちどった。僕はその一連の流れに、ある程度の必然が絡んでいると確信している」

「落雷もか?」

「それはどうだろうね。その場にいた君に分からないんじゃ、僕もさっぱりだ」

 オズヴァルトに促され、三人は中に戻った。

「ちなみに、君がここに運ばれたのは昨日だ。それまでは無事こそ・・・・知らされていた・・・・・・ものの、行方不明のままだった」

「なに?」

「そうなんですよ!」

 エインセールが激しく頭を上下させた。

「俺の無事が知らされていた?」

「はい! エルギデオンさんとあの後、ずっとフヒトさんを追ってたのですが、見つからず……朝になった時に、アリス様から連絡がきたんです。『無事を知らせる手紙が来た』って!」

 それは、アリスのいるノンノピルツを始め、シンデレラや人魚姫の元にも「いつの間にか」届けられていたらしい。

「無事と、それだけか?」

「いえ、『しばらくこちらで看病をする』と。でも誰が、どこでするとは書かれてませんでした。フヒトさんは何かご存知ですか?」

(アセナと『姫さん』か……!)

 先ほどの彼女が姿を見せたのは、この時に口止めを行わせるためだったのだろう。

 少し考えて、フヒトは首を横に振った。

「いや、ついさっき目覚めたばかりなんだ。何も憶えていない」

 下手にしゃべって、彼女らに危害が及んでも困る。せめて『姫さん』が誰か見当がついてからでも良いと思った。

「俺はどうやってここに?」

「荷台に乗せられて、だね。引いていた人物が不審な格好をしていたので巡回の騎士が声をかけたら、逃げ出した。荷台には君が寝かされていた」

「不審な格好?」

「粗末な服装、とでもいうのかな。着の身着のままという様子だよ。細身に、白っぽい長い髪の。女性ではないか、と見た者は言ってるけどね」

 アセナだ。ずいぶんはっきり目撃されているようだ。もしかしたら、自分の知らない情報もあるかと、考え、フヒトは探りを入れてみる。

 一応、質問の内容が不自然でないか考えてから、聞いた。

「その女がどこへ逃げたかは……?」

「見失ったよ。ともあれ君が見つかったから、保守派の救護テントに運んでもらった」

「ああ」そこで気付いた。「ここは怪我を治療するところか。それにしては、ほかに誰もいないようだが」

 幻影の塔で魔物も確認されたなら、怪我人ももっといそうだが。

「一般の怪我人は別の場所で治療をする。君はウォロペアーレを救ったし、症状も薬でどうにかなるものじゃなかったからね。今回は特別待遇だ」

 今後も意識が戻らなければ、どこかの街に運ばれただろうけれど、と、オズヴァルトの話は終わった。

「服と装備はどこにある?」

「全部、この近くのテントにおいてますよ。シンデレラ様が『新しい騎士の鎧より、着慣れたものが必要だろう』って」

「ありがたい。さすが我が主君だ」

 軽い調子でそう言ってから、エインセールの表情を見て、彼は気づいた。

「……もしかして、ここにに来ているのか?」

「気付くのが遅いです! さすがにこの場所じゃありませんけど」

「彼女は騎士団の慰労と視察も兼ねて、今日到着した。それは改革派も同じだ」

「アンネローゼも?」

 ここに初めて来た日のことを思い出し、嫌な予感をフヒトは覚えた。

「視察とは、幻影の塔のことか?」

 賢者は、フヒトの言わんとすることが分かったようだった。先回りして答えを言う。

「両陣営とも、まったく同じ時間に塔に向かうことになっていたね。今は、入口の前で睨み合ってる頃じゃないかな」

「あの、オズヴァルト様! それってあまり良くない気が……」

 両陣営の予定は知らなかったのだろう。エインセールが想像して顔を暗くした。

「オズ! 大変よ!」

 時を同じくして、外から妖精が飛び込んできた。

 エインセールの姉、ユスティーネだ。

「あら、あんたたちもいたの?」

「ティーネ! なにが起きたんですか!?」

 あまりにタイミングがバッチリ過ぎた。すぐさま本題に入ろうとする妹に、炎の妖精は目を瞬かせた。

「え? あ、そうよ! 予想通り、保守派と改革派が決闘でもしそうな勢いで対立してたんだけど――」

 もう、恐れていた事態は起きてしまったらしい。

 ところが、悪い話はにはさらに続きがあった。

「塔の中を探索していた騎士が『中で聖女が見つかった!』って叫んで、白雪姫が無理やり入っていったわ」

「なんだって!?」

 オズヴァルトとフヒトが顔を見合わせた。

「ティーネ、中に入ったのはアンネローゼ様だけですか? シンデレラ様たちは……?」

「大変なのはそこよ! 白雪姫が保守派を入れないよう命令したから、塔の前で小競り合いが起きているの。下手すると、ここから戦争になっちゃうわよ!」

 フヒトは賢者に言った。

「オズヴァルト殿、中に聖女は……」

「僕も君と同じ考えだ」

 中に聖女がいるはずがない。いるとするなら海中で遭った禍々しい存在の仕業だ。

「どういうつもりか知らないが、『聖女』の存在をエサにした罠と考えて良いだろう」

 アンネローゼが危険だ。

 だがそれを知っているのは、ここにいる者だけ。

「フヒト君、エインセールと塔へ急ぎなさい。シンデレラは君の話を信じてくれるはずだ。それで小競り合いは止められる。ユスティーネは二人の案内を」

「オズはどうするの?」

「僕は根回しをしてから行く。事情を知らない者に後から混ぜっ返されると面倒だからね」

「分かった」フヒトは入り口でオズヴァルトに振り返った。

「俺はそのまま、アンネローゼを助けに中に入るぞ!」

「それでいい。君だけは誰になんと言われようと、中に行くんだ」

 フヒトと二匹の妖精が駆けていった。


「……さて」

 誰もいなくなった室内で、オズヴァルトは特に動くでもなく呟いた。

「小競り合い、か。幻影の塔は人々の争いを助長している……と、僕は推測してるんだけど。君はどう思うかな?」

 彼の声は、フヒトたちの去った入口へと向けられていた。

 誰かが、外から入ってくる。

 だんまりな相手に、オズヴァルトは肩を軽くすくめた。

「ちなみに、フヒト君が目覚めた後『僕たちの前に君と会った』とも考えてるんだけど、当たっているかな?」

「……なんだよてめぇ、気持ち悪ぃな」

 現われた人影――アセナは、立ち止まると賢者の顔を睨みつけた。

「どこかで見てたのか?」

「いいや。彼の言動がおかしかったからね。キミの話をした時、『その女がどこへ逃げた』かを僕に聞いてきた」

「…………あン? なんだよそれ、別におかしくない流れだっただろうが?」

「やっぱり聞いてたのか……確かに話の流れはおかしくない。でも僕は彼のことをほんの少しだが知っている」

「だから、なんだよ?」

「本来の彼なら、もう少しぼくとつな表現をすると思ってね。『俺を乗せた荷台を運ぶなんて、力持ちな女性なんだな』とかね」

 だからカマをかけてみたんだよ、と言った彼に、やはりアセナの表情は変わらなかった。

「お前とは仲良くなれそうにねーな。嫌いなタイプだ」

「それは残念だね。じゃあ、話は終わりかな?」

「……チッ、お前わざと言ってるだろ。『姫さん』からのお願いだ。『協力しろ』」

 お願いというより、恫喝に近い口調だった。断ることを許さない剣呑な気配をアセナは放っていた。

「一応、内容を聞いてもいいかな?」

「そんだけ賢けりゃ、言わなくても分かるだろ。あいつ等のことだ」

「ああ、やっぱりそのことか。もちろん、それは僕の望むことでもある。喜んで協力しよう」

 オズヴァルトは眼鏡を正して、笑みを浮かべた。

「あの塔も、フヒトくんも、この世界にいてはいけないからね」

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