幕間:いばらの塔シピリカフルーフ
少し見に行くだけ、と言ってフヒトはエインセールと別れ、シピリカフルーフを目指す。坂になった道を歩くが、その顔に疲れは出ない。どころか、塔に近づくほど表情は晴れやかになり、足取りも軽快になっていくようだった。
「やはり、見覚えがある」
徐々に見上げる形になっていく幾つもの塔に、フヒトは笑みを浮かべた。なぜだか分からないが、嬉しい気持ちが湧いてきたのだ。
ここに、自分の為すべきことがある。
そうと分かるだけで、自分が何者かという不安は押しやれた。どうやら剣術の心得があるらしいが、それ以外はエインセールから聞いたどの話にもピンとくるものがなかった。
だがこの塔に行けば、すべてが分かる気がする。
目的も、理由も。
「さあ、着いたぞ」
そびえる塔の下には落とし格子を備えた、大きく頑丈そうな扉がある。その前に立って、言う。自分に向けた言葉ではない。強いていうなら塔に向かって、あるいはその中の誰かに向かって言ったようなものだった。扉の前にいた兵士が奇異の視線を向けてくるのをフヒトは感じた。それでも気にせず塔を見つめ続ける。
変化は、待つほどもなく起きた。
最初は見上げる先で、何かがきらめいたようにしか見えなかった。それが徐々に広がり、人の形をとっていく。
現れたのは、美しい女性だった。
波打つ金の髪に、慈愛の光に揺れる紫瞳。
そして白くぼやけた姿ながらも、暖かく包み込んでくるような波のようなものを感じて、フヒトは確信した。
「『聖女』か」
『――』
薄い、桃薔薇色の唇がなにかを紡ぐ。
「なんと言った。聞こえぬ!」
『――て』
たすけて。
女性が苦しそうな顔をした。元より薄かった身体が輪郭を失い、塔に吸い込まれるように消えていく。
その姿が完全に消えてしまうより早く、塔へ向かってフヒトは駆け出した。
短かったので次回の予定を。次は9時に投稿されます。




