海底の亡
港町ウォロペアーレの沖合、そのはるか下。
海面を遠き天井とした水底を、二人の騎士は歩いていた。
「人魚の魔法というのは本当にすごいな!」
「その言葉、いったい何度繰り返す気だ……」
観光客よろしくあたりをキョロキョロ見回すフヒトに、エルギデオンはうんざりした顔でそっけない。
「いやしかし、夜の海の、こんな深い場所だぞ? それが昼の街のように明るいんだぞ?」
その通り、周囲は快晴の屋外のような明るさで満ちていた。何かが光源なのか、あるいはまわりが発光しているのかすらよく分からない。『とにかくそう見えて、感じられるようになる』というのが、この魔法について説明してくれた人魚の言葉だった。
港から人魚姫の住む城に向かうためには、複雑な魔術を織り込んだ魔法陣を通らなくてはいけない。
ワープ屋のアリシアが使ったような魔法に近いのだろう。
気付いた時には、彼らとエインセールは人魚たちの居城を臨む海底に到着していたのだった。
「俺も初めてだから驚いている! 水中なのに息が吸える。動きが普段通り行える。むしろ戦っていると普段より早くなっている感覚すらある」
『うんうん! 「人を人魚たちと同じ状態にする」驚きの古代魔法なのでした!』
手鏡からはアリスの声が響く。フヒトが首を激しく上下に往復させた。
「だろう? だろう? そうだろう?」
「だからって、貴様っ、はしゃぎすぎだ! 重要任務の自覚を持たんか! いつ敵が現れるかもしれんのだぞ!」
少年騎士がそう怒鳴る通り、彼らはすでに人魚姫ルーツィアとの謁見を終え、彼女から正式に任務を受領している。
夜な夜な被害をもたらす『謎の敵』――その討伐のため、二人は出現報告がされた地域の近くまで来ていた。
「こんなに明るいのに、それでも正体の分からない『闇』をまとっていたのですよね。やはり呪いと関係があるのでしょうか?」
エルギデオンに正論で叱られている、大の大人を横目に、エインセールは改めて周囲を見渡す。
人魚たちの国は海底に広がっているが、何もどこまでも広がっているわけではない。城のあるウォロペアーレ近辺を中心として、そこから離れるほど住民の姿は少なくなる。
今歩いている道も、少し前までは訪れる人族のためにある程度舗装がなされ、石畳もあったが……やがてそれもまばらとなり、気のせいか周囲の明るさも減じてきている気がする。
『人魚の魔法が適用されるのは、彼らの境界内までなのです。その外に人間が行くと、こわーい事になっちゃう♪』
「ん。つまり今の状態から、どうなる?」
「確実におぼれ死ぬということだ。その前に水の重さで潰れるだろうがな」
『お~、エルちゃんは賢い! やっぱり頼もしいね~』
アリスが拍手を送るが、対してエルギデオンの表情は沈痛だ。
「アリス様、お願いですからその呼び方は――おい!?」
エルギデオンの声が緊張をはらんだモノへと変わり、新たな装備『氷霜の剣』の柄をつかむ。
「話が早くて助かる……やはり、助力を願って正解だったな」
フヒトもすでに、サーベルを抜き放っていた。
その時には、進行方向の岩影から、冷たい海流が流れ込んできていた。エインセールが身体を震わせた。
「うぅっ、この刺すような冷たい『風』。やっぱりヴィルジナル様の……」
――――ん?
妖精のその言葉に、引っかかった何かを感じて、フヒトの意識がそちらにずれた。
まるでその一瞬を狙ったかのように、前方の冷気がうねった。
「来たぞ!!」
エルギデオンは警告と同時に、『氷霜の剣』を抜き放つ。
その軌跡は、高速で近づいてきた闇色の塊を両断した。
「やった!」
両断された、見るからに凶暴な牙を備えた魚の魔物に、エインセールは声をあげてから気づく。
探している『敵』は、少なくとも家屋より大きい、と。
この魔物はたしかに魚としては巨大ーーだが、それでも人と同程度くらいしかない。
「魔物の配下か、眷族といったところか――次が来るぞ」
同じく闇をまとった魔物を切り伏せ、フヒトがさらに奥へと目を凝らす。
そこには海中に浮く魔物の魚たちに混じって、海底を歩いて近づいてくる影があった。
「ひゃあああ! 魚人です!」
エインセールの悲鳴が上がる。
子どもよりやや大きな人の身体。その胸部から上には巨大な魚の頭部。そんな存在が、鉄塊のようなものを手に何匹も姿を現していた。
「むぅ、人魚とどう違う!? 倒していいのか!?」
「魚人は完全に魔物だ!」
エルギデオンが即座に答えた。
「話も通じないし人魚も人間も襲ってくる! こいつらには俺たち全員が食糧だ!」
「なら――容赦はいらないか!」
魚人も同様に闇色の何かをまとっていた。その数は十をはるかに超えている。それが各々武器を構えて突進してきた。
迎え撃ちたかったが、魚人たちの合間を縫って、先ほどの魚型の魔物が突撃してくる。矢のようなそれは、まるで魚人たちの進行を助ける援護射撃のようだった。
「くそ、こいつら本当にただの魔物か!?」
エルギデオンが悪態をつく。偶然か敵の意図か、遠近の連携がとれた布陣だ。その物量を相手どるのに少数では心許ない。
「ならば、作戦通りに行こう」
だが臆せず、フヒトはむしろ突っ込んでいった。
鋭い牙の並ぶ口を開き、一直線に咬みついてきた魚を一振り、二振りと斬り捨てると、勢いを緩めずに先頭の魚人に肉薄した。分厚い鉄塊による横からの大振り。それをサッとしゃがんでかわすと、立ち上がりざまサーベルで斬り上げる。深々と胸部を斬られた魚人が衝撃にのけぞった。仲間の死体に行く手を阻まれ、後続の魚人の勢いが一瞬、止まる。
「隙ありだ」
一体目の魚人を盾に、フヒトは素早く刺突を繰り出した。サーベルの切っ先が一閃、二閃と、人間の心臓があるべき場所を的確に貫き、さらに二匹を絶命させる。
十秒にも満たない時間で五匹の魔物が倒される様に、エルギデオンが括目した。
(こいつ、やはり尋常ではない……!)
認めたくはないが、初めての敵を前に、実戦への適応力が恐ろしく高い。
無論、それに自分が完全に劣っているなどと認める気はない。
エルギデオンは闘志のままに、『氷霜の剣』を構える。
やがてその刀身が蒼く輝き出した。
「跳べ、フヒト!」
この剣についての特性と、戦いになった時の方策はすでに話し合っている。
「おう!」
打ち合わせの通り、フヒトは声に合わせて大きく跳躍した。
その下にできた空間へ向けて、輝きを放つ『氷霜の剣』が振るわれる。
斬撃が水の中を翔んだ。
蒼い輝きの斬撃は凍てつく風となって魔物の集団を襲った。触れた傍からその体を氷が覆い尽くし、次の瞬間にはすべてを氷塊となって閉じ込めてしまう。
それで戦闘は終結した。
「す、すごいです! あんなにいた魔物たちが一振りで……!」
『うんうん、さすが竜退治の剣だね♪』
「フン、この程度の敵など他愛ない……と言いたいが、連発はできんぞ」
称賛の声に対し、消耗した顔でエルギデオンが応じる。
「手にしたばかりの剣だ。慣れるまでしばらくはかかりそうだ」
「それでも、これほどの威力だとありがたい」
着地したフヒトが二十近い魔物の氷塊を見て唸った。
「提案だが、エルギデオンが使えない時に俺が扱うのは可能か?」
「さらりと人の家宝を使おうとするな!?」
「フヒトさん、やっぱり取る気だったんですか!?」
今回は非難が上がった。フヒトは降参を示して両手をあげる。アリスが笑った。
『んー、難しいかな~。伝承通りなら、その剣の力は竜退治の末裔しか使えないのでしたー残念☆』
「そうなのか?」
「その通りだ。お前と同じような考えを以前も持った奴がいたらしいが、誰もお婆様のように氷の力を引き出すことはできなかった」
間が訪れた。
「えっ、クラリスさんがその剣の使い手だったんですか!?」
「そうだが?」
「私はてっきり、ゼノさんの方かと……」
さっきもすごい迫力ありましたし、とこぼすエインセール。
「お爺様は騎士団の上層部にいたと聞いている。お婆様も騎士だったようだがな」
「ああ、だからか……」
フヒトは思い出した。ゼノが食事時、怯えていた様子を。
「相当腕がたつ騎士だったのだろうなぁ」
実力で折檻でもされてたのかもしれない。
エルギデオンが鼻を鳴らした。疲労から回復したらしい。厳しい目つきに戻って剣を構える。
「現時点でその境地に届くかは分からんが――あの程度の相手なら問題ないだろう」
氷塊と化した魔物たちの向こうから、新手の気配が押し寄せてきていた。
「ひゃわわ!? まだいたんですか!? よくよく考えたら、私たちってここで立ち止まらず避難すれば良かったんじゃ……」
「いいや」
フヒトが首を振った。
「もとより敵の大本を探して叩くのが任務だからな。少し休憩しつつこの場に留まっておけば――うん、やはり来た」
今度の敵は、新手も伴っていた。
魚の魔物や魚人の向こう、山のような岩陰の向こうから、黒い巨大な塊が姿を現したのだ。
「あれが元凶でしょうか……? 本当に家より大きい……」
離れていても感じる、巨体の圧迫感。妖精のとっての尺度ならなおさらだろう。恐怖を声に交える彼女の視界の中で、その魔物は、闇にまみれた触手を大きく広げた。
『クラーケンってやつだね~海の大怪獣のおでましっ☆』
「アリス様、特徴や弱点がなにかご存知ですか?」
エルギデオンがアリスに訊く。手鏡の中で少女が思案した。
『うーん、雷に弱いって聞くけど……二人なら、ちょっとずつ凍らせて叩いていけば倒せるんじゃないかな?』
「だ、そうだ。時間を稼げよ」
エルギデオンは、フヒトに告げて『氷霜の剣』に力を込め始めた。
フヒトは応じるまでもなく、魔物の尖兵へと走り出した。
数年ぶりに投稿するにあたり、当時のゲーム資料を探りましたが、ルーツィア姫のセリフ例などのスクショが消失していたため、泣く泣く登場を諦めました。




