水底へ
『だれかいるかな~? な-んか楽しそうな声が聞こえてるけど、フッヒーやエインセルセルもいないのかな~?』
手鏡による声だ。ティーパーティたちは対応できる状態でもなさそうなので、名前を呼ばれたこともあって代わりに手に取る。鏡の中のアリスは、楽しげな笑みを浮かべていた。
『おお~、お二人さん見っけ! もうそろそろ謁見の時間かな?』
「はい、そうなんですが……」
エインセールの言葉に合わせ、フヒトは鏡の向きをノンノピルツの騎士たちへと向けた。
『わぁお……これはもうダメっぽいね♪』
「そんな楽しそうにおっしゃらないでください……」
恨めし気な妖精の言葉に『ん~、ごめんね?』と快活に言いながら、続ける。
『この件についてはアリスからツィアツィアに連絡しておくねー。一応、今回の件に関してはまともなフッヒーが大丈夫なら問題ないのです♪』
「ん、そうなのか?」
『アリス的には、ティーパーティと親和性のある昨日のフッヒーの方がけっこう好きだけどね~』
「う。いや、昨夜は面目ない……」
昨日の醜態(?)に関しては、軽くエインセールから聞いているものの、『姫』相手になにか粗相をしていないかは心配になってフヒトは口ごもる。
『気にしてないよ~面白かったし? 今のフッヒーもシンデレデレとちょっと似てて面白いけど!』
そこで一拍おき、アリスは何か思案する顔となった。
『とはいえ、1たす0は1のままでつまらないから、応援の戦力は町で探してきてほしいかな~?』
「ええええ!」
叫んだのはエインセールだ。
「私たち、今朝着いたばっかりですよ? 知り合いだっていませんし……」
『ん~? でも、フッヒーはここで三人と宴会しなかったよね? じゃあ、やっぱり必要なことしかしてないってこと。絶対心当たりがあるんたった!』
「……?」
アリスの言ってる意味になにか引っ掛かりを感じ、フヒトはなにかを言いかけるが、
『じゃ、少し遅れるって伝えておくから、探してきてね~』
言葉を紡ぐよりも早く、アリスの姿はあっという間に消え、何も映らぬ鏡となってしまっていた。
「……どういうことだ?」
「う~ん、アリス様って突拍子もないことを言う方ですが、いくらなんでも今から仲間を探すなんて無理難題です」
フヒトの疑問とは別に、エインセールは悩み顔で困っている。
「門番の方は私たちの事情を知っていましたし、行ってみましょうか? それとも、詰所の方にいるでしょうか?」
この町に来た時に出会った保守派の兵士・騎士たちを思い返している。ウォロペアーレの異変に関することなので協力は惜しまないだろうが、時間も経ってしまっているのが気掛かりだ。すぐに見つかるかも怪しい。
それに、これまでのことを考えると異変の起きているのは危険な場所である可能性が高い。果たして突然の部外者であるフヒトたちと、上手く連携までできるだろうか?
そこまで彼女が考えた時、フヒトは不思議そうに呟いた。
「別に、保守派でなくても知り合いならいただろう?」
「え……? そんな人いましたっけ――――あ」
記憶をたどって、妖精は嫌そうな顔をした。
そして、
「と、いうわけだ、エルギデオン。一緒に戦ってくれ」
再び赴いたトリスタン邸にて、フヒトたちは改革派の少年騎士と会っていた。
「断る!」
そして秒速で却下されていた。
「そ、そんな! まだなにも詳しく話してないじゃないですか!」
反応の予想はしていたものの、あんまりな態度にエインセールもむすっと頬を膨らませる。
「まずそこだッ! 何も詳しく話してないのに『と、いうわけだ』を使われても嫌な予感しかしないに決まっているだろうが!」
眉をひくつかせながらエルギデオンは睨みつけてくる。
「なんで貴様と一緒に戦わねばいけない! 馴れ合いなどまっぴらごめんだ! そもそもだ、お爺様から聞いたぞ。ノンノピルツの騎士どもと来たんだろうが、そいつらと戦えばよいだろう!」
「あの人たちは紅茶で二日酔い中です」
「お――――」
妖精の返答に、少年騎士の顔を理解不能の「?」が埋め尽くした。
「お、お前、ふざけているのか? 俺を馬鹿にしているのか!?」
「スマン、本当だ」
フヒトの言葉にエルギデオンが絶句する。
「謁見前に宴会をしてな……」
「そいつらまともな騎士じゃないな!?」
擁護できない二人は正論に殴られるしかなかった。
「……だいたい読めてきたぞ」
怒鳴り続けて息が切れてきたのか、肩で息をするエルギデオンの目に理解の光が宿ってきた。
「そんな不祥事、厳格なシンデレラ様が良しとするはずがない。体面を保つよう命じられたというわけか」
「いや」
フヒトは首を振った。
「アリスが『一人じゃつまらないから誰か探せ』と」
エインセールが顔を青くした。
だいたい合っているが、言い方と言った相手が最悪だ。
「貴様ァ、ここで叩き切るぞ!?」
少しだけ残っていた我慢がついに無くなったか、少年騎士が激昂する。
もはや交渉が上手くいくことなど到底不可能だ。
エインセールが思った、その時。
「落ち着かんか、エルギデオン」
静かな声が、広間の階段から降りてきた。
ゼノとクラリスだ。
「そんな喧嘩腰では、争いしか起こらんぞ」
「そうですよ、エルちゃん。それにお友達には優しくしないと」
「しかしお爺様、お婆様」
祖父母の登場に動揺しつつ、それでも彼は反論した。
「こいつらは、仲間ではありません! 保守派の敵です! それに」
友達などありえません。
と、エルギデオンは祖母への反論は小さく呟くにとどめた。
「なんの。別に殺し合いをしとるわけではないだろう。確かに昔から都市同士での競争意識はあるが、儂らが騎士だったころは助け合いは当たり前だったぞ?」
「それでも、今は違います!」
「ほう」
笑っていたゼノが、そこでふと真顔になった。
好々爺であった表情が険しいものとなる。鋭くなった眼光に、少年騎士が反射的にたじろいだ。
「なら言ってみよ、エルギデオン。その違いを。助けを求める者を、騎士が拒むほどの理由を」
「う……」
少年騎士が押し黙ったのは、温厚だった祖父の変貌か、あるいは祖父の言葉の後半が理由なのだろうか。
答えられず詰まっている彼を叱るでもなく、ゼノはフヒトたちに視線を移して口を開く。
「もちろん、理由を聞かん限りは、いかに恩のある客人といっても軽々(けいけい)と判断はできない。特に、今のような情勢では」
彼の眼光の鋭さは、フヒトを見ても全く変わらなかった。
「教えてもらえるかな?」
「任せてくれ!」
その眼光を真っ向から受け止め、フヒトはエインセールに声をかける。
「お願いできるか?」
「結局私なんですか!?」
まあたしかに、絶対、私のほうが良いですけど……とこぼして、エインセールによる説明が始まった。
少し前から、この港町でも異変が起きていること。
その原因にヴィルジナルが関わっている可能性があること。
異変は夜しか確認できない等々。
それ以外にも分かっていることや調査内容に関することを話しているうちに、エルギデオンの表情の変わってきた。
聞き終えたゼノは険しい顔で髭をしごいた。
「ふむ。様子がおかしいのはここに住んでいれば当然分かっていたことだが。かなりの被害が出ているのだな」
「はい。『呪い』のように昏睡状態のまま起きないという被害はないらしいのですが、見回りの騎士や人魚族にも怪我をした方が大勢いるようです」
「その、襲ってきた『黒い靄』をまとった魔物らしき影を探すのがお前さんらの任務なんだな? どうしてたった4人でやる予定だった? 失敗すれば、下手すると流通がやられて保守派も改革派もピンチじゃぞ」
「大勢の人の前には現われてこないんです。警戒させないよう少人数で探して、最悪、倒せなくても居場所や対策法を突き止めてから総力で対応するのが良いと」
これはアリスの案だ。納得したのかそれ以上は対策について聞かず、最後の質問をした。
「それで、なぜ身内ではなく儂らの孫に助けを求める?」
「それは……」
エインセールは口ごもってフヒトを見た。彼女には答えられない質問だ。
「背中を預けられるからだ」
フヒトは即答した。
「一度同じ場所で戦ったから分かる。幼いころから修練を怠ずやってきている。何かあっても自力で何とかできるし、そのうえで周りもよく見ているから、的確な判断もできるだろう。少人数で組むならまず頼みたいところだ」
「ふぅむ?」
返答に片眉をあげて、ゼノは孫を見る。彼以上にエルギデオンは驚いているようだった。
「お前……」
「と、いうわけだ、エルギデオン。一緒に戦ってくれないか?」
今度の返答は、少し間があった。
「……わかった。そういう事なら、話は別だ」
「やった、やりましたよフヒトさん!」
喜ぶエインセールに、彼は厳しい目を向けた。
「だが勘違いするなよ! これはこの世界のため、なによりアンネローゼ様のためだ! そもそも、最初から理由を説明すれば良かっただろう!」
「まあまあ、いいじゃないですかエルちゃん」
クラリスがそう取り直す。
「お婆様、その呼び方は――」
言いかけた少年騎士は、彼女の手にした剣に言葉を止めた。
「それは……!」
「トリスタン家に伝わる『氷霜の剣』。一族を代表して、これを振るいなさい」
質素ながら確かなこしらえの鞘、そして剣の柄を手に取り、エルギデオンはつばを飲み込んだ。
「これは、一人前になった暁に受け継がれると聞いていました」
「他の都市の騎士に力を認められ、助力を請われる。それが一人前というものでしょう」
祖母に促され、エルギデオンが鞘から剣を引き抜く。彼の目の前に深い青色の刀身が姿を見せた。冷気を纏っているその刃は、磨かれた氷のように澄んでいる。
「まあ、正式に一人前というより、今がその剣を使わせるにふさわしい状況という判断じゃな。その剣で仲間を守り、相応しい騎士へとさらに成長するのだぞ」
「しょ、承知しました! 精いっぱい頑張ります!」
祖父の言葉に目を輝かせ、鼻息を荒くして応える彼の様子に、エインセールはくすりと微笑んでフヒトに耳打ちをした。
「ああ見ると、年相応ですよねぇ。普段からそうしてればいいのに…………フヒトさん?」
「ん? あー、ああ、そうだな」
気のない返事をするフヒト。彼の視線は、ずっと『氷霜の剣』に注がれたままだった。
「……確かにすごくいい剣だと思いますけど、取っちゃダメですよ?」
「盗らない、さすがに盗らない」
慌てて首を振るフヒトに、エインセールは「どうでしょうねー」と、疑わしげな視線を向けていたが、
「ともかく、これで助っ人も決まりましたし、海に行けますね!」
「……うむ。そうだな。出立の準備もあるだろうし、外で待ってるからな」
後半の言葉はトリスタン邸の人々に掛け、フヒトは玄関へと踵を返す。
「しかし、なんだろうな。あの中に宿る不思議な力は」
その呟きは、誰にも聞かれることはなかった。




