トリスタン邸での食事会・後
6年ぶりの投稿となります。
完結まで書いており、本日はその14話中5話をウォロペアーレ編完結までとして投稿します。
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「ふぅ~~、なんだか楽しかったですね!」
トリスタン邸からの帰り道、エインセールは波風に心地良さげな伸びをした。
すでに日は傾きつつある。すっかり昼食後もお世話になってしまっていた。
「そうだな。まあ、あのじいさんには申し訳ないが」
「ゼノさん、だいぶ絞られてましたね……」
好々爺、ないしは道楽隠居といった感じのゼノ翁だったが、妻のクラリスが現れてからというもの、寡黙な修道士のように静かな食事を行っていた。
「お二人とも、今日は私の依頼を聞き届けてくれて、感謝します」
にこやかに、穏やかにフヒトたちに礼を述べる彼女に、ちらちらと怯えた視線を送りながら。
カチ、カチ。
金属の食器が器にかすかに触れる、そんな音のみがゼノの手元からは聞こえるのみだ。
「とんでもない。報酬どころか、こんなに馳走になって申し訳ないくらいだ」
「そうですよ! まさか泡ゼリーまで食べられるなんて。私、幸せでいっぱいです!」
フヒトたちは、対照的な二人を一度に視界に入れないよう努めながら、謝意を伝える。
「まあまあ、そう言っていただけるなんて。頑張ったかいがありましたわ」
上品に笑うと、クラリスはエインセールに告げた。
「気に入って貰えたなら、遠慮なさらないでくださいね。まだまだお代わりもありますので」
「えっ、いいんですか!!」
「ええ、ええ。久し振りのお客様ですもの。たくさん歓迎させてください。それに」
「ん? それに……」
「エルちゃんのお友達ですもの!」
次の瞬間、フヒトとエインセールは一様にむせた。
「あらあら、大丈夫?」
「あ、いえ。お気になさらず」
渡されたナプキンで口元を押さえるフヒト。エインセールの方はというと、目を白黒させていた。
「え、エルちゃん……友達……」
パワーワードで思考を停止させられた二人に、クラリスは上機嫌で続ける。
「あの子ったら、 騎士になってからも任務に邁進しているとか、修練に励んでいるとか、手紙はくれるのだけれど、お友達とのことは書いて無くて。心配してましたの」
「だが、俺たちは別の都市の騎士なのだが」
「確かにそうね。でも、そんなあなた達とあれだけはしゃいでるんだもの。きっとうまくやっているに違いないわ」
「そうでしょうか?」
エインセールが疑問を発すると、
「ええ」
クラリスは、自信ありげに言った。
「あの子は、優しいけれど昔から引っ込み思案なところがあるから」
優しい?
引っ込み思案……?
祖母としての心配事を語るクラリスをよそに、フヒトたちは連発されるワードに思考が追いつかなかった。
ここで斬り捨ててやる!
お前はむしろ野垂れ死ねっ!
――出会って数日だが、どう思い返しても『優しい』とはかすりもしない言葉しか投つけられていない気がする。
(思い返しても、振れたら斬れる刃物みたいな人なのですが……!)
ひそひそと、エインセールがフヒトに呟く。
(たしかに、あれだけ失礼だと友達はいなさそうですけど!)
(エインセール、お前もかなり失礼なことを言ってるぞ)
(というかさっきのここでのやり取りすら、「お友達とはしゃいでる」扱いなのって納得いかないような……どこからどう見ても引っ込み思案ってレベルじゃないですよ!)
カチ、カチ。
ゼノの奏でる金属同士の触れ合いが、海風の穏やかな空気に時を刻む。
「え、えっと。クラリスさんは、エルギデオンさんのことが大好きなのですね~」
「ええ! あの子はトリスタン家の大事な跡取りですからね!」
とりあえず取り繕って、合の手を打つエインセールに老婦人は気を良くし、四人で囲む食卓の時間は穏やかに過ぎていった。
かに、見えた。
「そんなエルちゃんが来てくれたというのに、大事なお小遣いに手をつけた人がいるようですが」
カチンッ。
不意に飛んできた流れ弾に、ゼノの手元が狂う。
見ると、ゼノは見開いた目のまま、硬直していた。
「まあ、お金遣いが昔から荒い方ではありましたが。それでも、いつもなにかしら『越えてはいけないライン』というのは守る方でした」
カチ、カチカチ。
ゼノの食べる速度が上がる、が、上手く力が入らないのか、スープなどは口元に運ぶまでもなく途中でこぼれてしまっている。
その目はもう、決して夫人の方を見ようとはせず、そしてここではない、どこか遠くを見ているようだった。
「この別荘を建てた時も、『長年お前にも苦労させた。ここはお前のために建てた宮殿だ。余生を楽しく暮らそう』と。ああ、幻聴でしたかしら」
カチカチカチカチカチカチ!
どんどん顔面が蒼白になっていくゼノを尻目に「ふふ、まあそのあたりは今夜じっくりお話しをするんですが」とトドメを刺しつつ、クラリスはフヒトたちをその後に茶会に誘うのだった。
「知ってますよ、私。あれ、きょーさいかって言うんです」
「順番が違えば強そうな言葉なのにな……口こそ災いの門とは、よくぞ言ったものだ」
言いつつも、どこか懐かしさをフヒトは覚えていた。
ずっと前にも、こんな日々があったような。
「あ、宿が見えてきました!」
とりとめも無い思考は、エインセールの指差した先、今夜の宿泊先の建物が見えてきたことで切り替わった。
といっても、これから夜にかけてルーツィア姫と謁見、そして異変への対処となるので実際に寝床に就くかは分からない。
宿をとったのは、別の理由があったからだ。
「あの三人、治ったんでしょうか」
宿ではアリス直属の三銃士「ティーパーティー」が二日酔いで絶賛寝込み中だった。一応、この街の情報屋・ジルケというカモメからから教えてもらった「二日酔いによく効く薬」は渡してある。
「うむ、治ってもらわないとな。人手が多いと心強い」
「ホントに頼りになるか、怪しいんですけど……」
昨夜のことを思い出した彼女の顔には、疑問が浮かんでいた。
「そもそも、これって協力してウォロペアーレの異変に挑むわけですよね? なんでアリス様は『戦闘力はなし』って言い切った方々を派遣したんでしょう?」
「どのような方だったか記憶はないが、聡明な方なのだろう? きっと何かしらの意図があるに違いない」
それに、と宿に入ったフヒトは思案する。
「昨日、彼らは会った時からすでに酔いが回っていたからな。そうでなければ優秀かもしれんぞ?」
「はあ……」
いまいちその言を、エインセールは信じられそうになかった。
「任務を受けたのに、酔いが回るようなことをしている時点で、もう十分ダメダメな気がしますけど」
そして、その感想は結局覆ることはなかった。
「なんですかこの匂いはー!?」
部屋の扉を開けた瞬間、漂ってきたのは昨夜と同じ香りだ。
「イェーイ、カンパーイ!」
すでに出来上がった『ティーパーティ』の面々が、何度目かも分からない乾杯をあげている。
「お、フヒトじゃねーか。帰ったのか!」
「新しいカップを用意しよう」
ドリットとライツが朗らかに声をかけてくる。
「な、な、何がどうなってるんですか!?」
「そいつは難しい質問だ。何がどう? と聞かれたら、どうがなに? どうって何? って返さなきゃな、ヒャハハハハ!」
甲高くそう笑ったライツは、器用に紅茶をポットから注いでいく。小気味よい水音が陶磁器に響き、湯気をくゆらせていった。
「ダメですよ、フヒトさん! 昨日はこれでダメになったんですから!」
「う、うむ」
前後不覚になったらしい記憶はあるフヒト。咳払いして話を変える。
「……それで、二日酔いとやらは治ったのか?」
「それについてはバッチリだ。すぐ治ったから、『これは待ってる間、飲まないと損だな!』ってなってな! まだ謁見まで時間はあるだろう?」
「今からその謁見に行くんです! なんで治った端からまた宴会直行になるんですか!?」
「ヒャハハハ、カンパーイ!」
「話を聞けーー!!」
怒鳴った反動で思わず卒倒しそうになって、妖精は空中でふらついた。フヒトは思わず支えた。
「大丈夫か? あまり怒ると脳内の酸素濃度がだな――」
「フヒトさんはむしろ怒ってください!! どうするんですかこの酔っ払い三人衆!? ルーツィア様になんて言うんですか!?」
一応、異変に対処するための救援として二都市から派遣されたのだ。到着前に一人を除いて全滅とは笑い話にもならない。
「フッ。妖精よ、心配することなど何もない」
そのとき、窓辺から冷静な声が聞こえてきた。
二人がそちらへ目を向けると、紅一点のリューゲが、夕日に映える港町を横目に微笑みを浮かべていた。
なんと、その手にはカップの影すらなかった。
「他の二人がどうであれ、私は酔ってなどいないぞ」
「え、本当――」
本当ですか、と一瞬喜びかけて、エインセールは気づいた。
リューゲが、誰もいない空間に向かってしゃべっていることに。
「まぁ、多少はこの町の雰囲気に酔った、というのはあるんだがにゃ!」
「エインセール、あれを見ろ」
フヒトが、壁に向かって決めポーズをするリューゲの足元を指差す。
「…………」
空いたカップがコロコロと転がっていた。
「もう、いいです」
ため息とともにエインセールは肩を落とした。
「行きましょう、フヒトさん」
その時だった。
『あれあれー? 真っ暗だね~、なんでだろー?』
宴会場となっている部屋の隅、積み上げられた荷物の中からアリスの声が聞こえてきた。




