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貴女と月をみる~THE TOWER OF PRINCESS~  作者: 叶エイジャ
十一(おまけエピソード)
62/79

トウィンズメロディ(イベント風味 約7500文字)

時間は、小説本編が終了したくらいの話(双子の漫才師は無関係です)

 通り雨、というにはやや激しい降水だった。白く煙る視界の中、フヒトたちを乗せた馬車はルヴェール城へと入った。鼻を鳴らす馬たちにねぎらいの言葉をかけて、フヒトは馬車を下りる。

「とんだ災難だったな」

「ホントだよな」

 御者台のジークリートが雨具の下で苦笑する。

「『お姫様』たちに何か起きないか、気が気じゃなかったよ」

「魔獣に襲われなかったのも幸運でしたね!」

 カボチャでできた客車からエインセールが出てくる。その合間にも馬車はゆっくりと進んだ。

「俺は荷を渡して、このまま馬たちを休めるよ。馬車の点検もあるし。二人はシンデレラ様に報告するんだろ?」

「ああ。また今度話そう」

 目と手で別れを済ませ、謁見の間へと向かう。途中、城付きの侍女たちにつかまり水の滴る雨具を取られる。それ以外も汚れがないかチェックされた。歩みを再開したフヒトが息を吐く。

「こうも毎回、注意されると疲れるな」

「フヒトさんはほとんど服装の乱れでしょう。これもなにかの機会ですから、習慣づけてください」

「そうだぞ。服装の乱れは心の乱れにもつながるからな」

 二人の声が聞こえていたのか、謁見の間で迎えたシンデレラはそう言って笑った。

「二人ともご苦労だった。ありがとう。これで祭典の日には間に合いそうだよ」

「クロックカーニバル。世界中の時計が一堂に会する祭典ですね」

 古き時代に作られた時計や、最近作られた新しいデザインの時計などなど、他にも各都市の趣向を凝らした時計が出展される。

「でも、祭典の象徴である『双子時計』の片方がここにあるなんて、知りませんでした」

 エインセールの言う『双子時計』とは、世界で最も大きいとされる二つの時計のことだ。様々な都市が部品を協力して作ったと言われ、協力と平和の象徴として親しまれている。

「以前一方のガラス部分に傷が入ったらしくてな。ガラス工芸が盛んな我がルヴェールで修理したのがきっかけらしい。大きいゆえに頻繁には動かせず、いつしか祭典日以外はシュネーケンとルヴェールに一つずつ保管するということになったと聞く」

 そこまで言って、シンデレラは顔を曇らせた。

「そのせいで、今回の事態になったのかもしれないな」


 今回の祭典において、シュネーケンのアンネローゼからは次のような提案があった。

 この機会に革新派と保守派、双方が双子時計に趣向をこらし、作品として発表しその優劣を競うのはどうだろうか――と。

 勝った方は双子時計を二つとも自分の都市に置く事ができ、来年の祭典前に返却し再び勝負を行う……というのが内容だ。

「アンネローゼは、革新派と保守派の対立が長く続くとは思っていないはずだが」

 フヒトの疑問にシンデレラもうなずいた――もちろん彼女とて、ルクレティアの早期救出を考えている。両派の対立を長引かせるつもりはなかった。

「最初の勝負に勝利すれば、自然と勝者の側の士気は上がる。人々の支持も得られようというものだ。革新派と保守派の勢力はほぼ互角だが、今回の勝負を機に大きく変化するかもしれない」

 そこで、ため息。

「本来このような勝負は祭典の意義に反する気もしたが、多くの人々が興味を持ったのもまた事実。保守派で協議し勝負を受け入れた以上、なんとしてでも勝ちにいこうと思う」

「その手始めが、さっき運んできた巨大ガラスですね!」

 エインセールが言った。

「その通り。調べたところ部品のいくつかは劣化していて、ガラスも取り替えが必要になっていた。量産できぬゆえ予備も一つ用意したが、ルヴェールの職人たちならきっと良いものに仕上げてくれるだろう」

「ふむ。俺が手伝えることはもう終わりか?」

「いや。フヒト殿には時計を会場に運ぶ際の護衛をしてほしい。すでにウォロペアーレ、ノンノピルツからも部品は届いている。完成まですぐだろう。あとは道中のアクシデントは少しでも減らしておきたい」

「ん。任された」

 そうして今後の方針が決まった時、ジークリートが慌てて駆けてきた。

「シンデレラ、大変だ!」

「どうした、ジーク」

 血相を変えた彼に、フヒトも妙な不安を覚える。

「まさか、運んだガラスに傷でもあったのか?」

「そっちは大丈夫だったんだ。でも、時計の針が金属疲労を起こしてて、動かせば折れるそうなんだ。職人たちも手に余るって――」

 シンデレラの表情が凍り付いた。



「なるほどね~。それでアリスのとこに来たんだ」

 シンデレラからの要請でノンノピルツに来たフヒトとエインセール。アリスは二人から事情を聞き、面白そうに笑った。

「んふふ~。金属さんも疲れたった。なら、誰とバトンタッチならいいかなー?」

『双子時計の動力には魔法が使われている。針は新しいものを造って使うとして、その針と動力がうまく連動するよう、ノンノピルツの助けを借りたい』

 フヒトの持つ手鏡からシンデレラがアイデアを出すが、アリスは「んー、それはどうかなー」と否定的な反応を返した。

「その時計って、元は色んな都市が部品を協力して作ったんだよねー。動力の魔法もきっと、そういう助け合おうって願いの元にかけられたものだと思うよ? うまく連動する魔法はできるかもしれないけど、アリス的には~、針はルヴェールで造るのはやめておいた方がいいと思ったのです!」

『しかし、別の都市に造ってもらうには時間がギリギリだ。最悪、勝負もできずに負けてしまうかもしれない』

「勝とうと思って頑張ることは良いことなのです! でも、本来の想いが迷子になっちゃうのは、シンデレデレらしくないと思うよ?」

 アリスにそう言われ、シンデレラは鏡の中でしばし沈黙した。しばらくして、その口唇が微笑みを浮かべる。

『……その通りだな。私としたことが焦ってしまったのかもしれない。どんな結果であろうと、人々が双子時計に託した気持ちを第一に考えないとな』

「では、どこで針の製作を頼む?」

 フヒトの問いにも、アリスはすぐさま答えてくれた。

「金属を加工するにはなんといっても高度な機械技術が必要なのです! 機械といえばやっぱり、ピラカミオンがいいんじゃないかな? 魔法連動率もかなり良くなると思うし」

「えええっ」エインセールが不安そうな表情をした。「革新派の人たち、協力してくれるでしょうか?」

「ダメで元々、トライアンドエラーなのです!」

「エラーはダメですよアリス様!」

 フヒトは手鏡に視線を落とした。

「どうする?」

『アリスの言う通りだ。先人たちの想いを引き継ぎ、一番良い時計に仕上げるとしよう』

「了解」

 シンデレラの浮かべた笑顔に、フヒトも不敵な笑みを浮かべて出口へと向かう。

「おいおい、フヒトじゃねえか」

「おや、来てたのかよ。来るなら来たって言えよ。つれねえなあ!」

「おお、ドリット、ライツ」

 そして出口のところでティーパーティーの三人と出会った。

「相変わらずドリットは酒臭いなー」

「うっせ。ところでよぉ、俺たちイザベラ様に怒られちまったんだよな」

「待った。勘違いするなよフヒト。私は違うぞ。怒られたのはドリットとライツだけだ」

「つれねえなリューゲ。貧乳め。でよ、よければ俺たちの代わりにワイバーン倒してくれねえかな」

「ちょっと待て!」

 リューゲがドリットのむこうずねを蹴った。悲鳴が上がる。

「全部友達に頼るとか、三銃士として恥ずかしくないのか! 今こそ力を見せつける時だろう! あと誰が貧乳だ!」

「でもリューゲ」

 真面目モードになったライツが神妙な顔をする。

「僕たちでワイバーンって倒せると思うかい?」

「……」

「無理、ですね」

 エインセールが首を振った。リューゲが肩を落とす。

「すまんフヒト。助けてくれ」

「……まあ、別にいいが」

 足元でまだもだえ苦しんでいる友人を見て、フヒトは言った。



「できない相談だ」

 友人の窮地を救ってピラカミオンに着いたフヒトたちは、会ってくれたラプンツェルにすげない言葉を返された。

「どうしても、ダメですか……?」

「ああ、悪いが理由は二つある」

 ラプンツェルは指を二本見せた。

「競争相手のお前たちに協力する気はない。姐さんが許可しない限りはね。それとこっちも人材があり余っているわけじゃない。最後に、ノンノピルツから来たってのが気に食わない」

「それでは三つではないか」

「う、うるせえよっ。とにかく、ダメなもんはダメだ」

 目で「帰れ」と主張する姫に、シンデレラは根気よく声をかけた。

『ラプンツェル、貴女のその気持ちは分かる。だが、こちらとしても全力で勝負をしたい。ただそれだけなんだ。たとえ負けたとしても、全力を出しての結果なら悔いはない』

「アンタのそういったところは好きだし、理解できるよ、シンデレラ。だけどさ、分かるだろ。姐さんを裏切っちまったかもって思ったら、アタシはもう胸を張って歩けなくなるよ」

『なら、私がアンネローゼを説得しよう』

「……なんだって?」

「シンデレラ様、そんなことできるのですか?」

 妖精の声にシンデレラはうなずく。

『もちろんだ。さて、ラプンツェル。私がアンネローゼを説得したなら、その時は協力してくれるな?』

「……いいや」

 ラプンツェルはゆっくりと首を振った。

「たとえ姐さんを説得できても、肝心な問題は解決してない」

 そう言って、アリスから託された針の設計図を指先で叩く。

「たしかにアタシらの技術をもってすれば作れるさ。でも、この針を作ろうと思ったら、鍛冶経験が豊富なヤツがいる。残念だけど今のピラカミオンには、そんな人材はいない」


「どうしましょう……」

 ピラカミオンの城を出ると、エインセールが呟いた。

『よもや、ここで行き詰るとは』

 シンデレラもまた、悩ましい表情が晴れない。フヒトが言った。

「とりあえず、シュネーケンに行かないか」

『……そうだな。職人を見つけるとしても、まずはアンネローゼを説得しておかないといけないな』


「――それで、ここに来たということ?」

 シュネーケン城内。フヒトたちから一部始終を聞いたアンネローゼはこめかみを軽く抑えた。

「まあ、そうなるな」

「馬鹿げているわね。私が楽に勝てるチャンスを自ら潰すとでもいうの?」

 冷たく突き放すアンネローゼ。しかしシンデレラは余裕をもって返した。

『たしかに、普通なら誰しもそう思うだろう。だがアンネローゼ、我々の双子時計が完成しなければ、祭典には双子時計が一つしか現れないことになる。それは人々の望むことではないはずだ』

「……」

 シンデレラの言葉に、アンネローゼは不機嫌そうに眉を寄せた。鏡を切れと言われて、シンデレラとの通信を一旦終える。

「……どうあがこうと、保守派の負けは決まってるわ。無駄な努力はやめておきなさい。ショックが大きくなるだけよ」

 そうして、フヒトを見る。しばらく視線を合わせたあと、アンネローゼは横を向くと、続きの言葉をしゃべった。

「――まあ、止めて聞くような性格じゃないのは知ってるわ。それでもやりたいというのなら、勝手になさい。『双子時計』を楽しみにしている民たちの期待を裏切っては、それこそ祭典の意味がないもの」

「感謝します」

 礼をしたフヒトに、アンネローゼは露骨に不愉快そうな表情を浮かべた。

「礼なんて言われる筋合いじゃないわ。鍛冶のことならセブンドワーフスのツォーンを尋ねなさい。他の者にちょっかいを出されたり、うろちょろされると迷惑だから」


「ふふ、アンネローゼ様も本当はお優しい方なのですね」

 エインセールのそんな台詞を聞きつつ、フヒトは城を出る。若い男女が手を繋いで歩いていた。うち一方に、フヒトは面識があった。

「エルギデオン」

 その言葉に、手を引かれていた少年騎士がはっとフヒトを見た。

「貴様っ、ルヴェールの!」

「ちょっと用事があってな」

「あなたはデート中ですか?」

 エインセールがそう言うと、なぜかエルギデオンのみならず、少女の方も不満そうにした。頬を膨らませる。ピンク色を基調とした衣装の少女……

「おい妖精、人を愚弄するとタダではおかんぞ!」

「そうだよ! ボク、れっきとした男なんだからね!」

 ……否、どうやら少年らしい。

「セブンドワーフス所属のルスト様だ。覚えておけ!」

「い、いいよエル。同い年の友達なのに、そんな様なんてつけなくても……」

 頬を赤らめるルスト。

 事情を知らずに二人を見れば、普通に恋人関係に見えなくもなかった。

「あ、セブンドワーフスといえば、ツォーンという人が何処か分かるか?」

 なぜ手を繋いでいるように見えたかは無視して、フヒトは話を始めた。


 そして、クロックカーニバル当日。

「なんとか、間に合ってよかったな」

 無事、動き出した『双子時計』に、フヒトが安堵の息を吐いた。

 あのあと、北の湿原に言って魔獣を狩ったり、鍛冶に必要な素材を集めたりとツォーン氏からだいぶしごかれたのだが、無事彼の協力をとりつけることができたのである。

 針も、際どいタイミングではあったが、ピラカミオンの粋をこらしたものが完成した。ノンノピルツの魔法で補強した今、保守派の『双子時計』は誤作動を起こすこともなく時を刻んでいる。

「不思議な音がするな。なんだか穏やかな気分になってくる」

「ウォロペアーレの海底で採れる『潮騒の貝殻』が使われているそうですよ。魔法が供給されると母なる海の旋律を流してくれるとか」

 エインセールが説明していると、シンデレラもやって来た。

「その魔法はノンノピルツの『まかないネジ巻き』が行っている。飾ってあるルチコル村の花にもそれで生き続けるらしい。ルチコル村といえば、台座の木材もそうだな」

「針はシュネーケン、ピラカミオンとの合作。ほかの町や村の産業も取り入れている。期せずして先人の想いを継いだんじゃないのか?」

 シンデレラが笑った。

「おかげで、誇らしい気分だよ。たとえ負けたからといって、たくさんの人々が協力があって『双子時計』が完成した事実は変わらない。どんな結果であろうと、それは人の心に伝わっていく」

「時が刻まれる限り未来へと、か」

 そのとき、会場の一部で騒ぎが起こった。駆けてきた中立派兵士に、シンデレラが訝しむ。

「何かあったのか?」

「会場に魔物が侵入して、シュネーケンの『双子時計』が破損してしまったようです!」



「予備の部品がないとはどういうこと?」

 どこか刺々しくなったアンネローゼに、兵士が報告をしていた。

「それが、元より修理や交換が必要とされてなかった箇所が壊されてしまい……特に保守派の産業であるガラス装飾などは、一から用意するには期間が足りず……申し訳ありません」

「……いいわ。あまり変えすぎては、祭典の趣旨に反して民の心が離れてしまうもの。お前たちは引き続き警戒を続けなさい」

 その言葉に走り出した兵士たちと、フヒトはすれ違った。アンネローゼはシンデレラを見て表情をただした。

「ごきげんようシンデレラ。直接会うのは久し振りかしら。悪いけど取り込んでいるの。今おしゃべりをする気はないわ」

「話は聞いている。『双子時計』は無事か?」

「ええ。問題なく動くわ。勝負は続行よ」

「でもでも、壊れた部分も出たと聞いています。それはどうするのですか?」

「心配などいらないわ。多少時間はかかるけど、予備の部品をシュネーケンから運んで来ればいいだけよ」

「嘘だな」

 指摘に、アンネローゼの鋭い視線がフヒトを射抜く。

「悪い癖だ。上手く隠しているが、嘘をつくときはいつも右耳に触れる。だから片側の耳だけ赤くなるんだ」

 アンネローゼの手が耳に触れる。直後、彼女の視線に怒りが混ざった。

「おまえ……」

「許されよ。だが普段なら、こんな嘘に掛かるほど動揺はしないはずだ」

 アンネローゼが顔を不快気にゆがめた。

「そうね。この際おめでとうというべきかしら。部品を調達できても、結局は質が下がってしまうもの。勝負は私たちの負けになるわ」

「どこが壊れたんだ?」

 シンデレラの問いに、アンネローゼが短く答えていく。それを聞いたエインセールが言った。

「その箇所って、保守派の各都市で予備ができてませんでしたっけ?」

「その通りだ。どうやら解決できる問題のようだな」

 シンデレラの笑みを浮かべる。逆にアンネローゼは眉をひそめた。

「冗談じゃないわ。温情なんて不要。それともまた、お得意の『助け合い』かしら」

「その通りだ」

 きっぱりと言って、シンデレラは白雪姫と真っ向から見合った。

「この祭典の趣旨は、『助け合い』の精神だ。それに勝負よりも、人々を元気づけることが優先される。そんなこと、言われるまでもなく貴女は分かっているはずだぞ」

 シュネーケンの王女は、しばらく押し黙ったと、呟いた。

「なら、一つ提案があるわ」



 時刻ぴったりに、双子時計が鐘を鳴らし出す。

 二つの時計の重なった音色に、集まった人々から歓声や拍手が起こっていた。

「ちょっとずつ違うけど、互いを補うような旋律……さすが双子ですね!」

 エインセールが響く時の音に耳を傾ける。

「……でも、勝負そのものがなくなっちゃうとは思いませんでした」

「お互いの部品をかなり使いあったしなぁ」

 フヒトが精巧なガラス細工の時計をのぞいたり、海の中を模した水時計をひっくり返しながら、笑った。

「ここまできたら、保守派とか改革派とかもう関係ないだろう」

「だが、競争自体は無駄ではなかったと思うよ」

 双子時計に見入る人々の顔を見、シンデレラは言った。

「互いに負けたくないと思ったからこそ、より趣向を凝らした物を造り出そうとした。しかしそれだけでは足りない部分が生まれたと気付いたから、勝ち負けを捨て、互いの長所で短所を補い合ったんだ。だからこそ、最初から協力するよりずっと良いものを創り上げる事ができた」

「本来の双子時計も、そうして作られたのかもしれませんね!」

 エインセールがうなずいた。

 フヒトがピラカミオンの風車時計をためつすがめつ眺め、仕組みに唸りを上げている。シンデレラが今度は、並んだ時計たちを見つめた。

「時間、というものは不思議だ。同じ時間でも人によって長さも価値も違う。過去に体験した出来事を、未来のだれかが同じ体験をすることもある。幸福な時ならば長く続いてほしいとも思うし、逆もまたそうだ」

「だが、いつか終わりが来る」

 フヒトがぼそりと言った。

「どんなに願っても、時間は止まってはくれない」

 そうやって過去が積み重なり、未来へと続いていく。

「……そうだな。だからこそ、共にいる『今』を大切にしていかないといけないな」

「あ、そういえばルヴェールには、シンデレラ様が子どもの頃作られた時計もあるのか!」

「ほう」

「見ないでいい」

 興味をもたげた騎士に、姫が冷たい言葉を放った。

「俺の勘が告げているぞ。見るのはいつか――『今』だと」 

「今は私と、一緒に楽しい時を過ごして欲しいのだけどな……」

「それは、もちろん――では帰ったら見ても良いか?」

「ダメだ」


 今日も時が、静かに刻まれていく。



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