幕間:ルヴェール城にて
「まったく、いきなり何を言い出すんだ」
手鏡をしまうと、シンデレラは私室から謁見の間へと向かう。足音が思いのほか響いたので、自制するが、いっそう心の中は行き所を失くした気がした。
「どんな思いで、あの話をしようとしたかも知らないで……!」
励まされた時の話。それはルクレティアと親友になった時のことだ。
母が亡くなり、父も後妻をとったのちに、この世を去った。幸い、継母となったアマーリエや、その娘であるメリーナやドーリスは優しかった。だが、そのころのシンデレラはアマーリエを母とは思えなかったし、姉たちのことも家族とは思えなかった。それでも表面上はお母様、お姉様と呼んでいた。家族として思うことが亡き父との約束だったからだ。
だから、持て余した気持ちは全部、城の中の温室に夜にこっそり入って、泣いて吐き出した。そこには彼女の母が生前育てていた薔薇があった。普段抑えこんでいたことは、その花の前ではなんでも話せた。遊び相手のジークリートにも、誰にも秘密だった。
その日はドーリスが誕生日だった。途中、シンデレラはパーティをこっそり抜け出して、温室に行った。このままアマーリエや、姉たちとの暮らしを続ければ、いずれ母のことを忘れてしまうのではないか――そんな不安をしゃべっていた。
そんなことない、と言われ、初めて誰かに聞かれていることに気づいた。
最初、花が女の子に変じたのだと思った。そういう話を昔聞かされたことがあったからだ。
それほどまでに現れたその女の子――ルクレティアは、不思議な雰囲気を纏っていた。話を聞かせて、と言った彼女に、シンデレラは誰にも言えなかったことをいつしか全部、話してしまっていた。
すると今度は、ルクレティアが自分のことを話しだした。母のこと、父のこと、ほとんど会えない妹のこと。シンデレラの境遇にも通じるものがあった。なによりルクレティアが普段言えなかったことを話しているのだと知って、他人事とは思えなかった。
友達になろうと言ったのは、ルクレティアだった。
苦しい時は、私が支える。だから一人で苦しまず、一緒に分かち合おう……そう言われた。
胸に秘めていたことを話しあって、その誓いをかわして、二人は固い絆で結ばれた。
その後、シンデレラがいないことでドーリスが泣き出してしまったこと、パーティで次期聖女がいなくなったことにより、兵士が二人を探しにきた。ルクレティアとの話はそこで終わってしまったが、それからほどなくして、シンデレラは継母や義理の姉たちを受け入れられるようになっていった。
唯一無二の友を得て、シンデレラの世界は変わったのだ。
ルクレティアが将来、どんな立場となるかを理解してからは、誰よりも彼女をそばで支えるべく、騎士となることを誓い、自身が恥じることのないよう生きてきた。それでもつらい時は、幼い日の誓い通り、二人で話し合った。
今は、どんなにつらくても誰にも話せないし、ルクレティアのつらさを分かち合うこともできない。
「ルクレティア……!」
過去に沈んだ心が大事な人の名を絞り出した時、前方に人が現れた。
「シンデレラ! ちょうど良かったわ。今アナタを呼びに行こうと……!」
「お母さま、どうかしたのですか?」
気位の高そうな貴婦人――アマーリエの表情には焦燥があった。彼女がそんな顔を見せ、なおかつシンデレラを頼る時はそう多くはない。シンデレラの思考が切り替わった。顔つきが変わる。
「町の外に魔物の群れが溢れかえっています! 避難は始っていますが、このままでは町にも被害が……」
「なんと……!? すぐに騎士たちを率い、向かいます!」
「ええ、アナタも気を付けて――」
そこでアマーリエが言葉を切った。
「シンデレラ、お顔が赤いようだけれど……大丈夫なの?」
「あ……」
具足を取りに行きかけ、シンデレラは先ほど言われた言葉を思い出した。
「お母様。私の顔は、お母様から見てどう思われますか?」
「顔……?」
アマーリエはきょとんとして、しかしすぐに言った。
「前も言ったかもしれませんが、アナタの顔は亡きお母様の若い頃にそっくりですわよ。もちろん、お父様に似た表情を見せることもあるけれども……殿方が放っておかない、美しい顔ですわ。化粧――」
「そうでしたか! ありがとうございます!」
顔をほころばせて力強い歩みを再開したシンデレラの背を、継母はしばらく目をぱちくりしながら見つめていた。
「化粧をすればより輝く、と言いたかったのですけれど……それにしても、今まで気にしなかったあの子が、自分の容姿に興味を持つなんて! そうですわ、今度新作の香水を……」
楽しそうに想像を膨らませかけたアマーリエは、「はっ……こんな場合ではありませんでしたわね!」と我に返ると、再び廊下を急ぎ歩き始めるのだった。
過去の話は描写しようかと思ったんですが、説明にしました。




