表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
56/79

海(記憶の残滓)

「フヒト、フヒトよ」

 呼ばれ、フヒトは閉じていた目を開ける。

 潮騒の響く海岸。波打ち際のすぐ近くにたくさんの岩が転がり、フヒトはその一つの上で胡坐をかいていた。

 むっとするような海の香りが、心地よい風とともに吹いてくる。

「なにか視えたか」

 再び声。すぐ近くの岩の上に、同じく老人が座していた。

 老人の言う意味を考え、フヒトは首を振った。

「何も視えません。父上」

「今は修行中だ。師と呼べ」

「はい……師よ、どれほど考えても、私には視えてきません」

 素直に言った。同時に申し訳なくも思う。

「それに、戦が始まるまでそう時はない。私は少しでも剣術を学んだ方が良いのではないでしょうか」

「考えては、視えるまいよ」

 急く子の声に対し、老人の声は遅々としていた。

「今更、付け焼刃で覚えた剣術がなんになる。時間がないなら、せめて本質を見極めようとせよ」

「しかし……」

 言い募ろうとするフヒトに、老人は初めて閉じていた目を開けた。老いてもなお、死線を潜り抜けてきた目が鋭くフヒトを射抜く。

「お前は剣を知らずとも、十分強いて。儂よりも、この広い島のだれよりも。ただしそれは神性を振り回しているからに過ぎない。内なる力を御するために、人は剣術をとることもある。しかし神性はそれだけで御すことは無理だ」

「……意味が分かりません」

「分からんでよい。じっくり教えたいが、儂も老いた。お前を追い詰めて悟らせる力も、教える時間もそう多くない。限られた時間で、お前に儂の知るすべての技術と、秘剣を授ける。絶極剣と、黒き太刀をな」

「師匠、嬉しいのですが、どうかご無理はしないでください」

「それこそ我が不幸よ。これだけ恵まれた子を持って、喜ばずに、頑張らずにいられようか……ああ、腹が減ったな。一度帰ってクソして寝るか」

「師匠、その言葉遣いは」

「馬鹿、修行が終わったから今は父上と呼べ」

 理不尽にも殴られ、そこでフヒトは夢から醒めた。



 消えやまない波の音に、一瞬自分が何処にいるのか分からなくなった。

 薄く目を開けたフヒトは、頭に乗ったリューゲの足を持ち上げて放る。足は爪先から綺麗にライツの鳩尾に吸い込まれた。喘鳴のような声が聞こえ、ライツが白目をむく。

 ぼんやりとした目でそれを見たフヒトは、片手で拝んで哀悼の意を示すと、折り重なって倒れているティーパーティの間から脱出した。そのままエインセールの姿を探せば、導きの妖精は座椅子の上で、破れた幌の切れ端で枕と布団を作って寝ていた。ずれていた毛布代わりの切れ端を、フヒトは掛けなおす。

「風邪ひくなよ」

 ぼろきれの様に破けて垂れた幌を押しのけ、フヒトは外に出た。草原を駆け抜ける朝風が出迎えた。露に濡れた緑の香りをまとっていて、フヒトの身体を包み込んでくる。

 心地よい冷たさに、フヒトの目は完全に覚めた。時刻はちょうど夜明けごろ。層状にだんだん澄んでいく空の青を追って、馬車の前方へと振り返る。

 そこに海があった。

 広がる水のおもては、顔を出したばかりの太陽に白く染め上げられている。

 その輝きに惹かれた気がして、フヒトは歩いていった。鼻腔をくすぐる潮の香りが強くなる。足が草原から段差を下り、砂を踏みしめる。

 波打ち際まで来て歩を止めた。

 海は湿った音を奏で、湿った風を乗せていた。岩にくしけずられた水は白い泡となって砂に乗り上げ、夢の様に消えていった。

 ――綺麗だよな。

『フヒト殿、起きてるのか?』

 懐の手鏡から声が上がった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ