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ティーパーティー

「では、合言葉を言ってもらおうか」

「えっ、合言葉!?」

 女の声にエインセールがフヒトと顔を見合わせた。小声をかわす。

「そんな話、シンデレラ様言ってましたっけ!?」

「いや、全然聞いてないぞ」

「では、言うぞ」

 幌の中の声は容赦なく話を続ける。「えー、ん? そうか、それで決めるのか、よし」という声が聞こえたあと、咳払いが聞こえた。

「『ないものがある』。ないのか、あるのか、どちらだと思う?」

 二人は再び顔を突き合わせる。

「これは合言葉なのか?」

「分かりません。クイズのようにも聞こえますが、あらかじめ決めた回答が合言葉の可能性も……」

「さあどっちだ」

 女声がせかす。

「早く言わねば偽者とみなし、我が右腕の一振りで周囲一帯ごと消しクズにするぞ」

「なんか言ってるぞ。くぐもってよく聞こえん」

「ノンノピルツは変わった人が多いですから。とにかく、この際どちらでもいいので答えましょう!」

 エインセールの提案に、フヒトはすかさず言った。

「『ある』にしよう」

「おお、即答! 何か根拠があるのですか?」

「ある」

 自信ありげにフヒトは応じる。

「敵の敵が『味方だ』といえば、とりあえず味方だと信じたい。『あるものがない』はなさそうだから、『ないものがある』はありそうな気がする」

 エインセールは口元に手を寄せ、高齢の哲学者のように虚空に視線をさ迷わせた。

「……あの、すみません。何を言ってるか全然分かりません」

「すまん。実は俺もだ」

「えええ!? 全然根拠ないじゃないですか!」

「頭に浮かんだのだ」

「ただのカンですよそれ!」

「良いではないか。どちらでもいいと言ったのはそなただろう!」

「あー、お二人さん。良いだろうか?」

 気まずそうに、姿を見せぬ女性が声をかけてきた。

「あまり待たせられると、いじけるぞ? これでも我は――」

「じゃあ『ある』で頼む」

「はぁ、知りませんよ……」

 騎士の回答に妖精がため息。何か言いかけた女が咳払いをする。

「それが答えか。よし、少し待っていろ。おいライツ、ドリット。よく聞け」

 しばらく沈黙が続いた。虫の声が大きくなった。

 そして、

「ヒャハハハハハハ! だよな、『ある』よな! 俺の勝ちだ!」

「なんでだよォ! そりゃないぜ~……」

 幌の中からけたたましい笑声と、それに続いてぼやく声が聞こえてくる。

 三度、騎士と妖精は互いを見た。

「なんだかもう偽者で良いので、帰りたくなりました」

「俺もだ」

 しかし、状況的にも物理的にも二人に逃げる余地はなかった。荷台の幌がめくられ、中から明るい光がもれてきた。ついでににおいも。

「お、お酒臭い……」

「よぉ、待たせて悪かったな」

 顔をしかめるエインセールの前に、黒髪をぼさぼさに伸ばした男性が顔を出した。なぜか、その頭の上にはウサギの耳が生えている。

「むさくるしいトコだがあがってくれ~」

 促され、フヒトは馬車の荷台に身を押し上げ中に入った。荷台の中は左右に粗末な木製の椅子がしつらえられていて、迎え入れた男のほかに二人がそこに座っていた。一人は紫の長い髪の女性で、おそらく問いを掛けてきた人物。いま一人は華美な礼服に、シルク・ハットを被った男だった。彼らの間には陶磁器のポットやカップがたくさん置かれていて、中に液体が入っている物や、転がってふらふら揺れているものがある。

「本当にむさくるしいです……」

 幌の中にこもった空気は生ぬるい。しかも酒や紅茶のにおいがまざって混沌としていた。エインセールがそんな空気にあたったのか、ふらりとよろめく。

「おやおやもう酔っちまったか! ヒャハハハハ!」

 そんな彼女を見て、帽子の男が笑った。

 なにがおかしいのか、声が裏返って、喉から頭頂部へ突き抜けていきそうな高い声で笑い続ける。

「酔ってなんかいません!」

「そうかいそうかい、そいつは愉快痛快! 酔ったら言いな。時間を殺してやるぜ!」

 そう言う彼のテンションは、天井知らずで跳ね上がっていく。

「え、エルギデオンとはまた違ったタイプのやかましさですね……」

「よく笑うな。何か良いことでもあったか?」

 声高、というには常軌を逸していたが、気にせず話しかけるフヒトは、慣れた様子で床に腰を下ろす。

「『何かあったのか』だって? こいつは面白い! ヒャハハハハ!」

「あー、悪いなー。ライツのやつ、飲み過ぎてんだ」

 ウサギ耳の男がくたびれた雰囲気で言って、しゃっくりをした。

「あなたも相当、飲んでいるのではないですか?」

「かもなー。ま、テキトーにくつろいどいてくれ。俺はドリットだ」

 男は自己紹介をしながら、手にしたワインをグラスに注いでいく。

「んで、今笑うのをやめたこいつがライツ」

「二人とも、夜分に歩かせてしまってすまないね」

 帽子の男――ライツが、先ほどと打って変わって丁寧な物腰で言った。

「少々狭いが、我慢してもらえると嬉しい。こうして出会ったのも何かの縁。道中よろしく頼むよ」

「……驚きました。普通に喋れるんですね」

 驚くエインセールに、淡く微笑むライツ。その口角が急こう配でつり上がり、狂った笑い声が漏れ出した。

「ヒャハハハハ! 当たり前だろうがよ! お近づきのしるしにお茶で乾杯といくか!」

 フヒトはドリットを見る。

「二秒前と同じ人間か?」

「ライツのやつ、テンションの上がり下がりが激しいんだよな~」

「そういう問題なのですか!?」

 エインセールのツッコミに、ドリットはごろりと横になる。

「驚いただろ? ま、慣れりゃ何とかなるもんさ。悪気はないから、ここは気楽に楽しくいこうぜ」

「あなたは気楽すぎというか、馴れ馴れしすぎやしませんか……?」

 ドリットの態度に、エインセールはもはやツッコミを入れるのも疲れたのか、脱力して座椅子の端に着地した。

「フッ、では、そろそろ私も自己紹介といこうか」

 それまで黙ってカップを傾けていた――なぜかフヒトたちに見せつけるようにポージングしていた――猫耳の女性が、口元に弧を描く。

「我らはアリス様直属の三銃士『ティーパーティー』。その紅一点である私の名を、人はこう呼ぶ!」

「『貧乳』!」

「イエーイ、貧乳カンパーイ!」

 ライツとドリットが示し合わせたようにカップとグラスを打ち鳴らす。

「だ、誰が貧乳か!! 全然イエーイじゃないわ、馬鹿か!」

「かんぱーい」

 紅茶を飲んでいたフヒトが遅ればせ、二人の乾杯に混ざる。

「さりげなく混ざるなー!? 泣くぞ!?」

 女性の名前はリューゲといった。ウサギ耳のドリットが三月ウサギの亜人であるのに対し、彼女はチェシャ猫の亜人らしい。

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