森の待ち合わせ
「エインセール、もうそろそろだろうか」
「う~ん、どうでしょう」
闇が深く垂れた森の中だった。日は既に没し、見上げれば木々の尖塔が黒い槍となって立ち並んでいる。その隙間から星々の瞬きがのぞいていた。ランタンで照らせるのは足元ばかりで、その向こう、輪郭がぼうと見える木々の隙間からは、さざ波のごとく虫の鳴き声が押し寄せてくる。森は夜も生きていた。不自然に下生えや梢の揺れる音が響き、光に獣の目が反射する度に、小さな妖精は不安げな顔を浮かべた。
「うぅ……やっぱりちょっと、怖いです」
「俺がいれば、魔獣は怖くないと言っていたではないか」
「魔獣とは違う怖さもあります!」
日中とはうってかわって不気味な森の気配に、エインセールの瞳はせわしなく動く。
「ルチコル村の灯りが恋しくなってきました」
「うむ。良い村だったなぁ」
雪の女王ヴィルジナルとウヴリの塔で対峙し、村に帰ったのが夕暮れだった。夕ご飯は再びリーゼロッテの家でという事になり、今回は面倒を見てもらったお礼に、フヒトもその手伝いをいろいろと頑張った。
そして夕飯も終わり、後片付けに入った頃、シンデレラから緊急の連絡が入ったのである。
その内容は、港町で異様な冷気が観測されたという事。すなわち、早くもヴィルジナルの行方がつかめたという事だった。
ほかにも、緊急で動かねばならない必要が出てきたため、フヒトたちは慌ただしくルチコル村を後にすることになった。
「村の入り口まで見送ってくれた上に、ローズリーフまでもらっちゃいましたもんね」
エインセールが言う通り、フヒトはリーゼロッテから調査報酬として、純度の高いローズリーフを譲り受けていた。
そのそも転送代金の代わりに受けた話であったのだが、雪の女王の関わりが判明したのが大きかったようだ。
魔狼がヴィルジナルと去り、村の危機が一時的になくなったのもある。
「これ以上、収穫を遅らせるのは厳しかったようだしな。明日から人手が割けるのは良かった」
できればそれを手伝いたい気持ちもあったのだが、フヒトたちにもできない事情があった。
その一つが、
「あ、見えます。あれがたぶんそうですね」
導きのランタンが示す先、森の中で灯る光があった。近づいてみると、馬車に取り付けられた照明であると分かる。後ろが幌を被った乗合馬車で、中からは笑い声が聞こえてきた。
「間違いありません。アリス様の迎えです」
港町ウォロペアーレで起きた異変にあたり、魔法都市ノンノピルツの『姫』を務めるアリスは、直属の従士を派遣することに決めた。そして彼らの道中、フヒトたちも便乗するよう、シンデレラに提案してきたらしい。
「シンデレラは、そのアリスに俺たちのことを話していたのだろうか?」
「分かりません。でも、アリス様はとても聡明な方で、あのアンネローゼ様が何度も改革派への引き抜きを行おうとしたと聞いています。性格はかなり変わっていらっしゃいますが」
決断と行動力が早すぎる気もしたが、それも一種の才能というやつなのだろか。
フヒトは馬車の固そうな部分を拳で叩くと、中に向かって声をかけた。
「夜分に失礼する。ルヴェールの騎士フヒト、アリス様の要請により参上した。よろしければ中に入れて戴きたい」
馬車の中の声がやむ。隣でエインセールがたじろぐ気配がした。そちらを見れば、導きの妖精は目を丸くしてフヒトを見ていた。
「どうした?」
「どうしたって……フヒトさんこそどうしたんですか」
「?」
「だって、初めて会った時はあんなに変な口調だったのに……今すごく、騎士っぽいことをしゃべってませんでしたか?」
「ふふふ、俺は成長著しいのだ」
「それにしたって……あ、でも、よくよく考えればちょっとずつ話し方が変わっていってたような?」
「世界に導かれているというやつだな。人と関われば、誰しも影響を受け、変化する」
「そんな顔でカッコ良さげなことを言うと、なんだか腹が立ってきました。変なものでも食べたんじゃないですよね?」
「そう言うと、リーゼロッテに失礼ではないか?」
二人が喋っている間、馬車の中は静かなままだった。沈黙の長さに訝しんでいると、ようやく返事がきた。
「フッフッフ、待たせたな」
やたら尊大な響きのする、女の声だった。