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幕間:姉妹のお茶会

「ふぅ」

 夜も更けようとする神聖都市ルヴェールの城内。自らの執務卓でシンデレラは大きく息を吐いた。

 改革派に属する『姫』はアンネローゼをはじめ、リーゼロッテ、ラプンツェルの三人。

 対して保守派の『姫』はシンデレラのほかに、人魚族のプリンセスであるルーツィア、そして魔法都市を統べる赤の女王から様々な権限を与えられた、アリスという少女である。

 魔獣とヴィルジナルの関係について、シンデレラはルーツィアとアリス宛に連絡を終えたばかりだった。気を緩めると、思いのほか疲労がたまっていることに気づく。

「彼と会ってから、色々とあったからな」

 思えば昨日までは何も事態が動かず、アンネローゼら改革派との議論は平行線ばかり。焦燥感に心休まった日などなかった。

 今も休まるどころか、魔獣被害や生活環境の悪化の報告は日を追うごとに増加している。それでも、ルクレティアの姿を見たという話が、どこか希望を与えてくれた気がする。

 そして今日の、雪の女王だ。おかげで魔獣被害の大本が見えてきた。

 今日の疲労の大半は、件の女王に関することだった。シンデレラは、その姿を目にした時のことを思い出す。

「恐ろしい人だったな」

 鏡越しだというのに、背筋が凍る気分だった。それだけの存在感をもっていた。

「しかし……なぜあんなにも悲しそうな顔をしていたのだろう」

 話している間中、ヴィルジナルの表情からうかがえたのは悲愴だ。

 己の使命に邁進している者の顔とは、到底言い難い。

「それゆえの決意の固さなのだろうが」

 そこでシンデレラは、首を振って思考を振り払った。ヴィルジナルによって魔物被害は増え、ここルヴェールの人々も苦しんでいる。女王にどんな理由があろうと、許されるものではない。

「『ルクレティアの元には辿り着けない』か……そんなことはない。必ずや見つけ出し、彼女を目覚めさせる」

 決意を改めて口にしたその時、執務室の扉がノックされた。応じると、扉が小さく開く。そこから顔をのぞかせたのは、長い栗色の髪の女性だった。

「シンデレラ、今、大丈夫かしら?」

「メリーナ姉様……?」

 シンデレラには血は繋がっていないが、二人の姉がいる。彼女は長女のメリーナだ。

 メリーナは町から遠い水晶の森に行き、そこに住む魔女から古い書物を借りていたほど、幼い頃から本が好きだった。趣味が高じ、今では城内書庫の管理を手伝うかたわら、歴史資料の収集や編纂にも携わっている。

 歴史学に造詣の深いこの姉に、シンデレラはフヒトから得た情報を調べてもらっていた。

「もしや、『玉の枝』について、何か分かったのですか?」

「ええ、進展があったわ」

「本当ですか!?」

 果たして朗報に、シンデレラは勢い執務卓から立ち上がる。

「教えてください。一体どんな情報が」

「落ち着きなさい、シンデレラ」

 穏やかにたしなめ、メリーナは執務卓へと歩み寄った。

「そのことはあとで詳しく話しましょう。仕事は残っているの?」

「いえ、今日の要件は一通り終わりましたが」

 シンデレラの一日は、『姫』としての行動が大半だ。

 午前は城内謁見の間にて、訪れた住民から話を聞いたり、請願書を受け取ったりする。その後、町の中の視察か閣議への参加をするのだが、呪いが世界に現れて以降、最近はほとんどが会議だ。多くは魔獣の対策と、新たな商品流通路の確保、そのほか聖女を必要とする通年行事をどう執り行うか、ほかの都市との調整は等々。

 そのほとんどに、シンデレラは意見を言うことができない。

 多くの議題は、議題として上がった時点で解決案も提示されている。解決案が本当に妥当か、調整が必要ならどこを変えるか、そういったことを経験豊富な大臣たちが言葉を交わし、大半はシンデレラの継母アマーリエが最終決断を下す。

 シンデレラが行うのは決断が本当に良いのか全員に確認すること、そして彼女の承認の証である署名をすることだ。

 もちろん、退屈だとサボることは許されない。話の全容を常に把握しておくことと、発言者の様子を観察しどのような意図の発言か、その発言の真偽を判断することをアマーリエから課せられていた。不明な点はあとで調べろとも。そのおかげで、最近は踏み込んだ意見も理解できるようになったし、多少は実のある意見を言えてるのではと思う機会も、シンデレラには増えた。

 そうした会議が時に午後まで及ぶ。終ったのちは数刻の休憩を挟み、親善大使である『姫』の職分を続ける。多くは前日の会議までで決めた事柄の、進捗状況の確認だ。必要な時は大臣に意見を求め、時には指示も出す。

 彼女のあずかる騎士団の状況もこの時間、二人いる騎士長のいずれかから報告を受け取ることになっている。緊急案件は随時報告するように言ってあるので、ここで聞く騎士団の報告は優先順位が高くはない。高くはないが、人の心を扱うのは難しい。対処がすぐ済むとは限らない。

 気づけばたいてい夜だ。それでも本当に対応に困る問題はアマーリエが扱い、シンデレラには政治の実践を学び、考え成長する機会が与えられていた。

「そう、今日はもうよいの。なら問題ないわね。さぁ立って」

「姉様? 一体なんの……」

 訳が分からず、しかし促されるままに席を立ったシンデレラに、メリーナは扉を指し示した。

「疲れたのではない? ドーリスが紅茶を淹れたのよ。少し遅い時間だけれど、貴女に飲んでほしいって」

「ドーリス姉様が?」

 次姉の名と提案に表情が綻びかけるが、シンデレラはそれを厳しいものに戻す。

「いえ、お気持ちは嬉しいのですが、『玉の枝』はルクレティアを救う鍵かもしれないのです。その情報を待ってる者もいるので、今は是非とも」

「……言い直すわね」

 妹の態度にため息を吐いて、メリーナは真面目な顔をした。手を伸ばしてシンデレラの金の髪に触れる。

「シンデレラ、貴女は疲れているわ。私やドーリスには分かる。気を張りすぎているのじゃない?」

「で、ですが」

「一息入れなさい。そんな状態だと、手鏡の向こうの友達にも嫌われてしまうわよ?」

 シンデレラが言葉を失った。

「どうして、姉様が彼のことを……」

 メリーナが目を瞬かせた。扉の方に声をかける。

「ホントね、男の人みたいよ」

「ね、言ったでしょー」

 少々間延びした声がして、紅花べにばなを思わせるドレスが扉の影から現れた。軽い足取りで部屋に入ってきたその女性の手には、ケーキの乗った皿がある。

「ドーリス姉様……」

「はい、あーん」

 何か言いかけたシンデレラの前に、フォークに突き刺した苺が差し出される。

「ほ~ら、シンデレラの大好きな苺があるよ~。『食べて食べて!』って言ってるよ~」

「姉様」

「いいからいいから! あ~ん」

「あ、あーん……」

 問答無用の勢いに、シンデレラはなすがまま口を開いてしまう。

 その口に苺が近づけられた。

「や、やっぱりダメ~ッ」

 そして苺は突然反転して、すさまじい早さでドーリスの口に入っていった。

 パクッ。

「ん~! おぃふぃ♪」

「……ドーリス、はしたない真似はおやめなさい」

 メリーナが額に手をやり、頭痛でもしたような顔でたしなめる。

「シンデレラも、怒らないで」

「怒ってません」

「なら、その手を開きなさい」

 言われ、シンデレラは自分の手を見た。固く握りしめられた拳が、紙のように白くなっている。シンデレラは無意識に込めていた力を抜き、手を開いた。

「ごめんね! でもこのケーキはやっぱり、お姉ちゃんのだからっ」

 食い意地を張って見せたドーリスは、開いた扉の向こうを指し示す。

「でも、あっちにちゃあんと、シンデレラのケーキもあるからね。三人で早く食べよう~?」

「貴女、もう食べてるじゃない」

 姉の指摘に、ドーリスの顔が愕然とした。

「ああっ、このままだと二人が食べてるのに私だけそれをじっと見てる羽目になっちゃう!? うう、シンデレラ~」

「分かりました。分かりましたから!」

 泣きそうな顔でにらみつけられて、シンデレラは魔獣に囲まれても絶対に見せないだろう情けない声で、降参した。

「今すぐ行きますから。だから姉様も機嫌をなおしてください!」


 水音みなおとが陶磁器と共鳴した。

 そそがれた紅茶がカップを満たしてゆき、香りと蒸気がくゆりはじめる。

「えへへ、シンデレラ救出作戦、大成功~」

 ドーリスが三人分の紅茶を用意しながら、笑顔を浮かべた。

「こうでもしないと、来てくれないもんね!」

「……あれは作戦だったのですか?」

「素だったと思うわ」

 シンデレラとメリーナが短く言葉を交わす。

「でも、私もドーリスも心配してるのは同じよ」

「そうだよ。シンデレラ、最近とっても忙しそう!」

 テーブルに、三人分のティーカップとケーキが並べられる。

 結局、ドーリスのケーキは新しいものを用意することになった。

「甘いケーキと美味しい紅茶で休憩しないと、倒れちゃう!」

「私は別に倒れたりは……いえ」

 言いかけて、シンデレラは肩から力を抜いた。

「姉様たちの言う通りです。気付かないうちに、こんを詰め過ぎていたかもしれません」

 口にした途端、急激な疲労を感じた。今まで気付かなかったが、少しずつ蓄積していた疲れが、昨日今日のことで一気に膨れ上がっていたようだった。

「貴女が頑張っているのはみんな知ってるわ。立場上、頑張るななんて言えないけれど、私たちといる時くらい、気を緩めて構わないのよ」

「そうだよ。私たち、こういうことしかできないけれど……」

「いえ、十分すぎます」

 紅茶に口をつけ、シンデレラは笑みを浮かべる。

 こうして三人でお茶会をするというのは、姫になってからずいぶん減ってしまっていた。特にこの三週間は、そんな心の余裕はなかった気がする。

 暖かな液体は口の中を転がりながら熱を広げてゆき、その熱が全身に染み込んでいく感覚がした。

「このような時間を過ごせるのは、久しぶりな気がします」

「フフ、たまにはこうして息を抜きなさいね。私たちならいつでも大丈夫よ」

「うんうん、お茶会ができて良かったぁ~……ところで」

 ドーリスの声音が変わった。

「手鏡で話してる男の人って、だあれ?」



「――そうだったの」

 シンデレラから先日出会った騎士のことを話され、メリーナは顔を曇らせた。

「ご家族のこともあまり思い出せていないなんて、つらいでしょうね」

「ええ。気にしてない様子ではあるのですが、見せてないだけで、ずっと思い悩んでいるようです」

 シンデレラが「その友人ですが」と前置きし、説明を続けた。

「少しでも気が楽になればと、姉様たちや、私の子どもの頃の事なども話しました」

「だから今朝会った時、二階の奥の部屋のこと聞いてきたんだ!」

 ドーリスが合点がいったと声のトーンを上げる。

「二階の奥の部屋?」

「ほら、騎士の亡霊が出るっていう」

「ああ、あれね」

 首を傾げていたメリーナも納得する。

「それで、その人のおかげで『玉の枝』を調べることになったのね」

「はい。ルクレティアのためでもありますが、彼の行動に報いることができたら……と思っています」

 そう言ったシンデレラの瞳は、メリーナの手にした情報を欲している。姉は妹の気持ちを察して応えることにした。

「同じ花か分からないけれど、資料に似たような花の記述があったの。シーナにも連絡を取って、確認してもらったの」

 そうしてメリーナの話し出した内容を、シンデレラは頭に入れていく。

「なるほど、てっきり私は森にある物かと」

「少しはその騎士さんの役に立てそうかしら?」

「もちろんです! 感謝します、メリーナ姉様」

 そこまで言って、ルヴェールの姫は何かを思い出したようだった。

「ところで、姉様。世間で流行っているという、騎士と姫の書物はご存知ですか?」

「え~、シンデレラもあれに興味があったの?」

 驚いた声を上げたのは、聞いたメリーナではなく、ドーリスだった。メリーナも、意外そうな顔をしている。

「娯楽用の書物だけど、興味があるなんて知らなかったぁ」

「ええと、興味があるというか、たまたま存在を知ったというか」

 とりあえず、今度読んでみようかなと――そう言う彼女に対して、二人の姉は顔を見合わせる。

 そのときだった。

「シンデレラ様、宜しいでしょうか」

 伝令役の兵士が、三人の時間に終わりを告げた。

「ルーツィア様とアリス様から、連絡が来ております」

「もう来たのか!? てっきり明日になると思っていたが」

 姫としての顔に戻し、兵士から二通の親書を受け取る。

「アリス様から伝言がありました。『手紙はルーツィの後で見て!』とのことです」

「なに……分かった、そうしよう」

 眉をひそめたシンデレラだったが、言われた通りルーツィアからの手紙にまず目を通す。時を置かず、徐々にその顔が険しくなっていった。

「シンデレラ、なにか緊急の事態……?」

「ええ。海で異変があったようです」

 メリーナに苦々しい返事をしながら、今度はアリスからの手紙に目を通すシンデレラ。今度は目を丸くした。そして文面を読み下すうちに、今度は徐々に笑みを浮かべていく。

「さすがというべきか。恐ろしいほど手際が良いな、アリス」

「えっと、どうしたのシンデレラ?」

「アリスから『お茶会楽しんで』と言われました。すみません。少しだけ席を外します」

 シンデレラが席を立ち、執務室への道を戻り出す。

「メリーナ姉様のおかげで、次の方針が決まりそうです。指示を出したらすぐ戻ってきますので、しばしお待ちを!」

「……行っちゃった」

 風のように去っていった妹に、ドーリスが呆然と呟く。メリーナが笑った。

「よほど気の合う友人のようね」

「そうだね~。『次の方針が決まる』って、その男の人のことなのに、自分のことのように楽しそうだったし」と、ドーリスもうなずく。

「ところで、さっき言ってた書物、本当に見るつもりかな~」

「どうかしら。見る暇はないと思うけれど」

「あれって、シンデレラがモデルだよね。性格そっくりだし。誰が書いたんだろう~?」

 同時刻、馬車を整備していたある人物が、くしゃみをした。

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