仕える姫の変更
『これでハッキリしたわ』
暮れなずむ森の中に消えた残影をフヒトが見つめていると、ホッファがエルギデオンへと渡していた手鏡から、アンネローゼの声が聞こえてきた。
『魔物の増加や凶暴化を、否定しなかった。ルチコル村を襲った古の魔物も従えていたし、すべてはヴィルジナルの仕業だったという事よ』
『ウワサは本当だったということか……』
鏡の中のシンデレラも、表情は苦々しい。
『しかし、なぜそんな事を……どうにも目的が不明瞭だな』
『フン。そんなの、知ったことではないわ。現に私のシュネーケンをはじめ、害を為そうとしている。ならば容赦はしないわ』
鏡越しに声をかわし、アンネローゼはシンデレラに告げた。
『混乱に乗じて仕掛けてくる卑劣な女に、私は屈したりはしない。黒幕が分かったのなら僥倖よ。私たち革新派がすべきことは変わらない』
『待て、アンネローゼ』シンデレラが鋭い声を投げた。『こんな時にこそ、皆で助け合う時ではないのか』
『まだそんなことを言ってるの、シンデレラ?』
アンネローゼが浮かべたのは、冷笑だ。
『あなたが語る世界は綺麗すぎて吐き気がするわ。私たちに助けなど不要。特にあなたのはね』
『アンネローゼ!』
『どうしてもというのなら……そうね、そこの騎士を私に譲りなさい』
「…………俺か?」
声と視線が自分の方へと向いて、フヒトが当惑の声を出す。シンデレラの声量が増えた。
『なっ……何を言っている。真面目に話す気があるのか!』
「アンネローゼ様、こいつを引き入れるなど、冗談でもおやめください!」エルギデオンも狼狽えた声で言った。アンネローゼがフン、と美しく鼻を鳴らす。
『蹴られたいの、エルギデオン? 私は冗談など言ってないわ。いい? あの女はシンデレラや私を差し置いて、その男に“邪魔をするな”と言ったのよ。つまり、あの女の脅威に成りうるという事。これを使わない手はないわ』
『確かに、それについてはそうだが』
シンデレラも同意するが、声は弱々しい。
『しかし、フヒト殿は……』
『先ほどは助け合うと言って、今度は断るのかしら? 言わせてもらうけれど、私があなたに譲歩するなんて、ありえないことよ』
昨日今日で会い、わずかに言葉を交わした程度だが、フヒトもアンネローゼの発言内容に説得力を感じてしまった。つい、うなずきそうになる。
『だが、本人の意志が――』
『本人の意志なんて、誰の騎士か考えれば決まってるじゃない。だから主の方に訊いているの。その男を寄越せば、ヴィルジナルをどうにかする間は、吐き気をこらえてあげなくもないわ』
つまり、保守派との助け合いを是とするわけか。
フヒトは鏡を見た。シンデレラが迷子にでもなったような表情で見つめていた。
『フヒト殿、私は……』
「俺のことは気にせず、一番良いと思うことを選んでくれ」
そう言いながら、彼女が全体の利を取って選択するだろうと、フヒトには分かっていた。
シンデレラは、ルクレティアや彼女の町の人々をはじめ、たくさんの物を背負っている。立場上、この機会を有効に使わなければ意味がない。
実際アンネローゼはかなり折れて提案している。フヒト一人で彼女の条件が満たせるならこのチャンス、立場が逆ならアンネローゼは即答で応じるだろう。
――まさか、わずか一日で主が変わるとはな。
フヒトとしては、ヴィルジナルからまともに話を聞けたとは毛頭思っていない。彼女が少しでも何か知っている以上、その行方を追わせてくれそうなアンネローゼの提案自体に文句はない。
それに、友と呼んでくれたシンデレラの役に立てると思うと、それはそれでいいことにも感じる。
今、シンデレラが口籠っているのは、フヒトが「ルクレティアの騎士だ」と言えないところにあって、それで罪悪感を抱いているだけなのだ。
ため息を吐いて、シンデレラは胸に手をあて、やがて言った。
「そうだな、仕方あるまい」




