遊び(VSホッファ)
刃の閃き。
鞘走る音。
鋼同士が激突する甲高い、響き。
ホッファの右剣を、抜き打ちで応じたフヒトのサーベルが受け止めていた。鋭い踏み込みとともに放たれた刃から、一拍遅れた剣風がフヒトの髪を揺らす。刃越しに、二人の瞳がぶつかり合う。
「フッ……」
ホッファが一瞬笑んだ――そう思った時には、左の剣が奔ってきていた。火花が散り、刃を合わせたフヒトが飛び退る。潮が引くように後退するフヒトを、しかしそれ以上の速度で二条の軌跡は追って来た。残像を残して撃ち込まれる蒼き斬撃は、片刃と線の交わりを見せ、交差する一点で噛み合う。それが瞬時に幾度も続く。続くうち、次第にフヒトは自ら後退するというよりも、ホッファの勢いに押される形で後ろに下がっていった。
鋼の激突がひときわ高い金属音を響かせ、フヒトの身体を大きく弾く。同時に距離を開けようとしたフヒトが顔をしかめて急停止する。そのすぐ背後に大きな木の幹があった。
「てっきり、同じ双剣使いと思ったんだがな」
追い詰めた――そんな感慨もまったくない様子で、ホッファがフヒトの、右に差された黒塗りの刀に視線を投げる。動きを止めたフヒトへの追撃はない。
「それとも、手の内は見せない主義か?」
「悪いが、こっちは使い物にならなくてな」フヒトが嘆息した。「俺は一刀使いだ。それに手の内を見せないのは、そちらもだろう」
返答にホッファは鼻を鳴らした。そのまま双剣を納めると、あっさりと踵を返した。フヒトも脱力して刃をしまう。それから言った。
「イルゼ殿、感謝する」
「感謝は要らないわ。よく見たら味方だったもの」
イルゼがエルギデオンを背後から拘束し、首筋に刃を突き付けていた。その行動がホッファを止めたのだ。刃を引いて彼女が離れると、顔をこわばらせていた少年騎士が怒りとともに振り返る。
「イルゼ殿っ、どうして貴女がコイツの味方をするんですか!?」
「ルチコル村から頼まれたのよ、その人の道案内と、安全」
当然とばかりに返されて、エルギデオンがうっ、と言葉を詰まらせる。
「だからってこんな……同じシュネーケンの仲間ではありませんか!」
「だってこうでもしないと、ホッファが止まってくれないでしょう?」
感情がそのまま言葉に出てくるエルギデオンに対し、イルゼはどこまでも淡々と、表情を動かすこともなく返していく。
「ホッファも、もういいわね」
「遊びすぎると白雪姫に小言を言われるからな」
そう言ったホッファは、すでに塔の中へと歩き出していた。
「完璧な俺様に、そんな汚点はありえない」
「じゃ、終わりね。私たちも一緒でいいかしら」
「勝手にしろ。腕は確かめた」
「お、お待ちくださいっ。私も共に!」
ウヴリの塔へと消えていくホッファに、エルギデオンが慌てて続く。
「な……なんて人たちなんですか!」
事の成り行きを呆然と見ていたエインセールが、そこで声を震わせた。
「普通、あんなことしますか!?」
「まあまあ、収まったのだから良いではないか」
「むしろフヒトさんが怒ってください! 危うく死にかけたんですよ!?」
笑ったフヒトに妖精の声が鋭く刺さる。だんだん少年騎士に似てきたなと思いつつ、フヒトは首を振った。
「最初の一合で本気でないのは分かったから、お互いあれはお遊びだ。大丈夫だったと思うぞ……たぶん」
「たぶん!?」
「未来は常に予測がつかぬ。だから面白い! 先行くぞ」
無理やり会話を打ち切って、フヒトが先行する二人を追って駆け出す。
「あ、待って下さいよ……もう!」
「ごめんなさいね」
エインセールに、イルゼが言った。
「シュネーケンの中にも、時おりあんな、変な人がいたりするのよ」
「ええっと、『変』という意味では、貴女も相当……」
というかエインセールには今のところ、シュネーケンってなにか尖った人しかいない印象が強い。
どころか、フヒトも十分、変だ。
「なんだかこの先、不安すぎます」
今日は何度、ため息をついただろうか?
そんなことを思いながら、エインセールもウヴリの塔へと入っていった。




