「傲慢」の騎士
ウヴリの塔はルチコル村の南西にある。果樹園のある森を抜け、湿地帯を歩いていると、やがて森に囲まれた古い塔が見えてくる。
石造りの塔はその昔、魔女や魔法使いの修行の場であったらしい。放置されて久しいその場所は、蔦や苔に覆われ、今では塔の中や外の森に魔物が棲みつき、本来なら人が寄り付くこともない。
その塔の入り口を前に、人影があった。
樹間から覗き見る形になってしまうため細部は定かではないが、こちらに背中を向け、塔を見ているようだった。その人数をイルゼが数え上げる。
「獲物は二体。仲間がいても、同時に消せば気付かれないわ」
「獲物とか、消すとか言ってるんですがこの人」
狩人というよりは人狩りのようなことをさらりと言うイルゼに、エインセールは彼女がやばい人間だと思ったようだった。
「いや、仲間はいないだろう」
「なぜそう思うの」
イルゼに問い返され、フヒトは応える。
「仲間がいるなら、あれは見張りだ。だが見張りなら塔の中をのぞき込みはしない」
イルゼが今一度、人影を確認する。二つの影は塔を見ながら何事か話し合ってるようだった。
「……そうね。知ってたわ」
「それ、嘘ですよね」
エインセールがため息を吐く。
「それで、どうしましょうか?」
「この際だから、普通に声をかけてみるとしよう」フヒトが歩みを再開した。「イルゼ殿がその間に二人の背後に移動し、危険があればそこから……というのは?」
「いいわ。それでいきましょう」
イルゼが同意し、草むらへ静かに身体を滑り込ませていく。ひとりエインセールが「二人とも手慣れた感じで、怖いです」と、フヒトに続いた。
近づいてみると、人影の正体がよりはっきりとしてくる。二人とも男だ。
「ん……?」
そのうち一方の姿に、フヒトは見覚えがある気がした。
頭以外を白銀の騎士鎧で包んだ、少年らしき騎士だ。
「なんだか、嫌な予感がしてきました」
エインセールが呟いたところで、少年とは別の人物が声を発した。
「そこのお前、止まれ」
「おっと、気付かれたか」
声は背後にいるフヒトに向けられたものだった。言われた通り止まる。「何をおっしゃって……」と言った少年騎士が、そこでフヒトに気づいた。
「き、貴様はっ!?」
「やっぱり、昨日の人みたいですね……」
エインセールが面倒そうな声を出す。
昨日アンネローゼとの会話中に、つっかかってきた少年だ。
「知り合いか?」
フヒトに気づいていた男が振り返る。
短髪より幾分か伸びた、銀の髪の青年だった。少年と違って、鎧は腕や膝の一部にとどめ、黒を基調とした服を長身がまとっている。
「こいつが例の、保守派の騎士です」
「……ほう」
フヒトをにらみつけてくる少年の声に、青年が軽く瞠目した。
「貴様が、魔狼に手傷を負わせた騎士か」
「そういうそちらは?」
フヒトが問い返すと、青年はフン、と鼻を鳴らした。
「俺様の名はホッファ。よく覚えておくんだな」
どこか馬鹿にしたような声音。少年騎士が声高らかに指を突き付けてくる。
「貴様ッ、セブンドワーフスのホッファ様を知らぬとは、所詮その程度かッ!」
「その程度かと言われてもな……」
フヒトは頭をかきながら、少年騎士に困った顔を見せた。
「ところで、そなたは誰だったか?」
「エルギデオンだ! 昨日名乗っただろうがッ!?」
「すまん」
「『スマン』で済むかッ。馬鹿にするとタダでは済まさんぞ!」
今にも剣に手をかけようとするエルギデオン。ホッファがそれを制した。
「話が進まない……何をしに来た」
「ルチコル村から塔の調査を頼まれました!」
ホッファの態度には常に見下した響きがある。彼の問いにエインセールの返答も自然、とげとげしくなっていた。
「俺様も、白雪姫の命令で調査に来た」
「なるほど、奇遇だな」
調査はルチコル村か、他の都市であっても慎重に行うと思っていたが、アンネローゼの決断は迅速らしい。
「なら、一緒に行くか。中には魔物も――」
「断る」
フヒトに最後まで言わせず、ホッファが即答した。
「他人と馴れ合うのは好かない。群れるのは完璧でない証だからな」
「……二人である以上、あなたも他人と馴れ合っているのでは?」
むっとしたエインセールに、ホッファは肩をすくめた。
「こいつといるのは白雪姫の命令で、仕方なくだ。本来なら俺様一人で十分だ」
「そ、そんなっ」
愕然としたのは当のエルギデオンである。
「そんなことおっしゃらないでください! 身命を賭し、決してホッファ様の足手まといにならないよう働きますので!」
「……勝手にしろ」
「ありがとうございます!」
つれなく返すホッファに、感涙しそうなエルギデオン。フヒトが肩をすくめる。
「良かったな」
「うるさいッ。そもそも貴様さえ来なければ、無体なことを言われずにすんだというのに!」
先ほどよりも怒りに燃えた目で、エルギデオンがにらみつけてくる。触れれば引火しそうで、ため息を吐くほかない。
「ま、それなら仕方ない。別々に行くとしよう」
「待て」
歩き出そうとしたところで、再びホッファに止められる。
「しばらく入るな。調査中に俺様の視界に入ると、邪魔だからな」
「なっ……!」
傲慢な言い分にエインセールが絶句する。フヒトがふむ、唸る。
「……どうしてもダメか?」
「そうだな、どうしてもと言うのなら――」
言って、ホッファは腰元から得物を引き抜く。
刀身が蒼く輝く、双剣だ。
「魔狼と戦ったその力、俺様が確かめてやろう」
直後、ホッファが地を蹴ってフヒトに迫った。