仲直り
「『イルゼ』って名前があるなら『イナイゼ』って名前もあるのだろうか」
「なに馬鹿なこと言ってるんですか」
エインセールがフヒトにツッコミを入れる。
すると、前を歩いていた人物が振り返った。
「……」
端整な顔の筋肉をほとんど動かさないまま、感情がこもっているのか疑わしくなる瞳に鋭い光を灯らせて、フヒトを見てくる。
藍を帯びた髪を無造作に頭の後ろで束ね上げ、服も最小限の箇所を皮製の防具で覆った以外、薄い布地のみである。
ルチコル村に常駐しているシュネーケンの女軍人、イルゼだった。
イルゼはしばらくフヒトたちを眺めたあと、やはり無言で歩みを再開する。
「うう、こわいです」
ハンターと見まごう格好ではあるが、おそらく機動性を重視してのものだろう。ウヴリの塔につながる道は草木が生い茂っているが、軽い身のこなしで先を進んでいく。軍人という事もあってか言葉は少ない。目にはナイフのような輝きがある。まるで服を着た肉食獣だ。
「フヒトさんのせいですよ!」
「俺のせいか」
小声で避難してくるエインセールに、心外とフヒトも抗議を返す。
「いいえ、フヒトさんのせいです。デリカシーのないことばかりしゃべって」
「そんなに酷かったか? というより、今朝のことを根に持っているな」
言うと、エインセールは不機嫌そうな顔でフヒトへと振り返る。
「だってそうじゃないですか。朝起きたら……」
「リーゼロッテとの話は誤解だぞ」
「それは分かってます。けど、シンデレラ様との話は、誤解じゃないですよね」
「大した話はしていない」
「じゃあなんで内緒にするんですかっ」
妖精の声が荒くなった。
「私だって、失くした記憶のことを心配しているのに、気付かない内にシンデレラ様が手助けして、解決されてて……一緒に喜びたいのに、なんだか除け者にされてる気がします。自分が全然役立ってないような感じで、嫌です」
「…………」
あ。
そういうことか。
フヒトは立ち止まると、妖精を呼び止めた。
「ごめんなさい」
「え……え!?」
「ちゃんと言えば良かったな。そんな風に思ってくれてたのに、確かに不義理だった」
「……なんでそこで笑うんですか」
「いや、自分はバカなことをしたなと」
「今気づいても遅いです」
言ってから、エインセールはため息を吐いた。
「いえ、私もバカでした。困らせてしまいすみません」
「言えない部分もあるが、ちゃんと説明するからそれで許してもらえるか?」
「はい。それで大丈夫です……二階奥の部屋の話は全部聞きたいですが」
聞こえていたのか。
「それより、フヒトさんて『ごめんなさい』って言うんですね」
「……そんなに意外だったか?」
「てっきり『すまん』とか『悪かった』とか『申し訳ない』を言う人だと」
「それじゃエインセールに伝わらん気がしてな」
フヒトとて、何の理由もなしに使ったりはしない。
「昨日、目覚めたときからエインセールには教わったり、助けてもらってばかりだ。感謝してないわけがない」
同時に、密度の濃い一日だったと改めて思えてくる。
「なんだか、フヒトさんにあらたまってそう言われると嘘っぽいですね」
「おい」
「えへへ、冗談です。とても嬉しいですよ」
エインセールがようやく笑ったところで、イルゼが急に立ち止まった。
「誰か、いるようね」
フヒトもその声に表情を厳しくし、木々の奥に目をこらす。
イルゼ(後ろでいちゃつきやがって……)
絶対言ってないでしょうけれど。




