幕間:ヘンゼルとグレーテル
果樹園にて
「予想以上にひどいわ」
かごに入れたリンゴは、多い。黄色や赤に染まった果実は表面が裂けていたり、土がついて汚れていた。
どれも昨日の魔獣騒ぎで落ちたもので、売り物にならないものだった。そうしたものは、もう村で消費するしかない。グレーテルがにじませた言葉にはやるせない響きがある。
「ダメになった木も多いな……」
ヘンゼルも悪態を吐いて、リンゴを詰めたかごを置く。実が落ちただけならともかく、それを成す木そのものが害されたとなると、同じ収穫量に戻すまで年単位の損害になってしまう。
ただでさえ、今年は冷気のせいで収穫が少ない。
「最近は果樹園荒らしもいたし、頭が痛い事ばっかりだわ……」
「ああ」
果樹園の管理は彼ら兄妹が行っている。それだけに、今回の一件は重くのしかかってくるようだった。
いっそ魔獣が凶暴化している間は、高い柵でも作るか……?
ヘンゼルが行き場のない苛立ちを鎮め、そんな考えを思いついた時、
「でも、ヘンゼルが見張りをサボらなければ、少なくとも果樹園荒らしは防げたのよね」
「そ、そのことはもう謝っただろ……」
妹の怒りの矛先が自分にも向けられているのを感じ、ヘンゼルは急に背中の汗を感じた。
「昨日、つきっきりで看病してたら、急にうわ言で謝り出すんだから……うふふ、私、あの一瞬は心配と怒りで、かまどに火を入れたくてたまらなかったわ」
「……」
「そういえば、村を襲った魔獣にも、かまどは役に立ったのよ」
「使ったのかよ本当に!」
思わず言ってしまうと、「何を今さら」という目で見返されて、ヘンゼルの感じる汗が倍加した。
「お待たせ」
そこへリーゼロッテが戻ってきた。遅れて、オランジュも戻ってくる。姉に比べて、オランジュの足取りはおぼつかない。
「ほら、お姉ちゃんが言った通り多すぎたでしょ?」
「いい」
先にかごをおろした姉が手伝おうとするのを、妹は不機嫌そうな顔で取り合わなかった。新たなかごを背負うと、リンゴを拾いに歩いていく。
「もう、なんであんなに怒ってるんだろ?」
リーゼロッテが首を傾げた。ヘンゼルが妹に耳打ちする。
「なあ、あれはどうする?」
「放っておけばいいんじゃない。元々仲がいいんだから。そのうち元に戻ってるわよ」
昨日の一件は、アンネローゼの計らいでシュネーケンの騎士がリーゼロッテを助けたことになっている。ヘンゼルたちにはなぜそうなったのか想像するしかないのだが、リーゼロッテ本人にとってはそれが件の騎士に申し訳がないと思ったようだ。昨日の食事の際、同席したオランジュにその相談ばかりしてたらしい。
「しかしアイツ、あのままここに留まったりしないだろうな」
「シンデレラ様の騎士なんでしょ? 理由なく居続けはしないわ。それに、今日見た感じでは純朴そうで、リーゼに気があるようには見えなかったけど」
「女は顔で判断するよな……」
「ヘンゼル、それ、聞き捨てならないわ。確かに、リーゼに変な人が言い寄るのは見過ごせないけど」
「もしそういうヤツだったら、この後どうするんだ。確か吊り橋がどうとか言ってたよな」
「吊り橋結婚のこと? それは別の話」
でも、とグレーテルは赤毛をいらいながら言った。
「たしか、働かずに女の人にお金を出させて生活する男が町にいるって聞いたことがあるわ。ジゴロとか、ロープと言うんじゃなかったかしら」
兄妹がそんな会話をしていると、偶然にも話題に上がっていた騎士が姿を現した。一緒にいる妖精ともども、慌てた様子でリーゼロッテに駆け寄る。何事かとヘンゼルたちが近づけば、ちょうど理由をしゃべるところだった。
「頼む、無心させてくれ!」
兄妹は顔を見合わせた。
「なあ、あれってそうなんじゃないのか」
「……私も否定できなくなってきたわ」
次は1時間後に。




