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疑惑

「ヘンゼル、グレーテル……オランジュまで!」

 部屋の入り口にいたのは、昨日の少年と、彼に似た面差しをもつ、同じ赤毛の少女だった。そして扉の影から顔だけを出すようにして、橙色のずきんの女の子がフヒトをにらみつけている。

 オランジュの頭の上では、エインセールがやはり隠れるようにしてこちらを見ていた。

「リーゼ、私も吊り橋結婚っていうのは聞いたことがあるんだけどね」

 声をかけてきたらしい少女が、どこか楽しげな様子でそう言った。

「さすがに昨日今日で寝込みを襲うのは、『姫』としてどうかしら」

「けっこん? おそう……?」

 言われて、リーゼロッテがフヒトに向きなおる。唇が触れそうなくらいの至近距離で目が合って、徐々にその顔が真っ赤になっていった。目の焦点が合ってないのは、グレーテルと呼ばれた少女からの言葉を理解し始めたからか。

「リーゼ、その」ヘンゼルが二人から視線を逸らしたまま、グレーテルの後に続く。

「そういう行動、勘違いされるぜ?」

 まだ薄闇の残る時間帯。カーテンの締まった室内。ベッドの上で上半身裸の男性騎士に『姫』が密着するように身体を近づけ……

 確かにデンジャーな香り漂う状況だ。

「あ、あわわわ」

 狼狽え後退ったリーゼロッテが、ベッドからすべり落ちるように降りる。ダシン、と妙に重たい音が響いた。

「イタッツア!」

「……大丈夫か?」

 妙な悲鳴を上げる彼女に思わずフヒトは手を伸ばすが、リーゼロッテはその手から逃れるように背筋を伸ばして立ち上がった。

「大丈夫! だいじょーぶっ! あ、あはは、あははははははは……」

 目尻に涙を浮かべたリーゼロッテは高めの早口でそう言うと、笑いながら足早に部屋を出ていった。視線で彼女を追っていた全員の視界から消えたあと、悲鳴とともに金属などが盛大に崩れる音が聞こえてくる。

「……おい、グレーテル」

「いいじゃない。自覚が足りないんだから」

 悪びれもなく、グレーテルは上品に笑うと「見てくるわ。失礼します騎士さん」と言って部屋を出ていった。

 ヘンゼルがフヒトへ向き直る。

「アンタも勘違いするなよ。リーゼは誰にでもああなんだ」

「だから『姫』になったんだろうな」

 フヒトが返すと、ヘンゼルはベッドの脇まで椅子を引いてきて、それに座った。

「オランジュは入らないのか」

 じー……

 ヘンゼルに言われても、橙ずきんは入り口からフヒトへと視線を投げるのみだ。

 しかも、非友好的な。

「おじさん、昨日もお姉ちゃんと内緒話してた」

 オランジュは責めるように言って、結局中に入らずに去っていった。

「あ、私は入りますよ!」

 エインセールが飛んでくる。

「オランジュは気にしなくていいぜ。ちょっと拗ねてるからな」

「拗ねてる?」

「昨日、村の前でモメただろ。それでリーゼのやつがアンタの心配ばかりしてたんじゃないのか?」

 言われ、フヒトはなんとなく嫌われた理由を察した。

「なるほど……それより、そなたはもう大丈夫みたいだな」

「おかげで食われずにすんだ」

 仏頂面になるヘンゼル。フヒトと視線を合わせないように、言う。

「なかなか使える騎士みたいだな。一応、礼は言っとく」

「いいんですか? 家の前で練習してた内容と違いますよ」

 エインセールが小さく笑った。

「う、うっせーな! つか、言うなよ!」

 ヘンゼルは紅潮させた顔で立ち上がると、今度は扉の方へズンズン歩いていく。途中で立ち止まる。

「……俺たち、昨日魔獣のせいで落ちちまったリンゴを集めにいくんだ。まだ村にいる騎士たちに料理を作って、振る舞う予定。良かったら昼くらいに来いよ。リクエストがあればグレーテルに頼んでやるぜ」

 そう言って、ヘンゼルは返事も聞かずに出ていった。

「素直じゃないですね……」

「あの時期はあんなものだ」

 フヒトがエインセールの言葉に苦笑する。

「フヒトさんもあんな感じだったのでしょうか?」

「さあなぁ。だが、数年前までは今と同じ感じだったみたいだ」

「へぇ~……って、何か思い出したのですか!?」

 驚く彼女に、「おぼろげだが」とフヒトは言い置いた。

「どうせだから、後でシンデレラも交えて話そう」



「……なるほど、貴方にはタケという妹がいたのだな」

 話を一通り聞いて、シンデレラは微笑んだ。

「大きな収穫だ。顔なども思い出せたのだろうか?」

「いや、そこまでは」

 眠っていた時は確かに鮮明な映像を見ていた気もするが、起きた瞬間、大まかな光景すら霧散してしまっていた。いくつか単語らしきものもあったが、そうしたものもすっぽりと頭から抜け落ちてしまっている。

「ただ、俺を苛めて楽しんでいる、という内容だった気がする」

「そうなんですか? 仲が悪かったのでしょうか」

 エインセールが首を傾げる。シンデレラは軽く笑った。

「いや、私はその逆だと思うよ」

「え? でも、苛めてるんですよ?」

「フヒト殿を見る限り、きっとしっかりした妹殿だったのだろう。エインセールも、ユスティーネに厳しく言うことがあるのではないか?」

「そう言われてみれば、確かに!」

「いやいや待て待て」

 とても理不尽な評価を受けている気がした。

「フフ……なにはともあれ、私も昨日話をしたかいがあったというものだ」

「話?」

 エインセールの耳がピクリと動いた――気がした。

「本当に助かった。よければまた聞かせてほしい」

「私は話し上手ではないが……それでも良いのなら。ところで、今日はどうするつもりだろうか?」

「腕を動かして問題ないか確認して、それからは一度、村を見て回ろうと思う」

「分かった。ローズリーフのことは気にしなくていいから、ゆっくり体を休めてほしい。十分な休養も騎士の務めだ。それと、一度ルヴェールにも来てくれ。昨日の件で結局、こちらにはこれなかったからな。部屋を用意しよう」

「……二階の奥の部屋か?」

 フヒトが何か思いついたように呟く。当然と言うべきか、エインセールには全く意味が分からない単語だった。続くシンデレラの見せた苦笑も、彼女には謎だ。

「ご希望とあらば考えておくが……あまりハメを外すのは許容できないぞ」

「そ、それは分かっている」

「なら良いのだが」

 それで、シンデレラとの話は終わった。

「……それで、『話』って何のことです?」

 手鏡による会話が終わったところで、エインセールがじっとフヒトを見てきた。

 ――やっぱり、聞いてきたか。

「なんのことだ、エインセール」

「とぼけないでください。あのあと、シンデレラ様とお話ししたんですね」

「うん、まあ、話はした。昨日の報告だ」

「それだけじゃないでしょう。なんだか昨日に比べて話す雰囲気が全然違いましたよ。いつも堅い口調のシンデレラ様が、少し柔らかい感じでしたし……あ! そういえばシンデレラ様のこと呼び捨てにしてましたよね! 無視しないでこっちを見てください!」

 視線を合わせないようにしていると、エインセールは器用に飛び、フヒトの顔の正面に位置するよう移動してきた。

「おかしいです。呼び捨てにするのも、シンデレラ様がそれを許すのも! それになんですか、二階の奥の部屋って!」

 全身で「自分だけ仲間外れにしてずるい」と訴える妖精に、フヒトもどう対処していいか困った。

「エインセールに話すのはやぶさかではないが……」

 当初の想定と異なり、思いのほか弾んだ会話の内容は、シンデレラの個人的な過去でもある。

 おいそれと話しては、せっかくの好意を無にしてしまう気がする。

「悪いが、話せないのだ」

 仕方なくそう言うと、エインセールは不満そうな顔に疑念の色を増やした。

「……フヒトさんって、実はふしだらなんですね」

「ふ、ふしだら?」

「夜の内にシンデレラ様と仲良くなったり、朝はリーゼロッテ様とあんなこと」

「待てそれは誤解だ!?」

「不潔です!」

 聞く耳持たずか、エインセールが窓から飛んで行ってしまう。

「待ってくれエインセール、二階の部屋については話すから……!」

 フヒトはベッドから降りると、その後を追う。マリアンヌが朝食を作っているのを尻目に、玄関の扉を開け、エインセールの姿を探す。

 思いのほか、近くにいた。家のすぐ前の宙に滞空している。

「あ、おはようございます」

 エインセールの足を――正確には羽を――止めたであろう人物が、フヒトに気づいて礼をしてくる。

 白の法衣は、朝陽に眩しかった。

「無事、村にたどり着けたのですね。安心しました」

 アルトグレンツェで転送の魔法を使ってくれた、アメリアだった。

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