朝這い……?
そっと開けられた木造りの扉が、蝶番から軋む音を奏でる。
フヒトの目覚めは、そんな静かな音から始まった。薄目を開ければ、カーテンの外からぼんやりとした光が入ってきていて、部屋の中をほのかに照らし上げている。
「あ、ごめん。起こしちゃった?」
目を開けたフヒトに、ベッドにそろりと近づいてきた少女――リーゼロッテが立ち止まり、小声を発した。
「もう、朝か」
「うん、そろそろね。もう少し寝ておく?」
フヒトは首を振って、上体を起こした。部屋の中は静かで、外からの人の話し声や、鶏の鳴き声が聞こえてくる。
もうこの村では、一日が始まっていた。
「様子を見に来てくれたのか?」
「うん。この後、果樹園の方へ行くから。その前にって……起きるのならせっかくだし、包帯取り替えよっか?」
フヒトがうなずくと、リーゼロッテは小走りに部屋を出ていった。戻ってきた時には、その手には包帯と、消毒液がある。
包帯とるね、という彼女に従い、フヒトは上着を脱いでいく。
「大丈夫か。昨日は遅かっただろう」
「あたしのこと?」
リーゼロッテは意外そうに聞き返して、ついで笑った。
「へーきへーきっ。それに村のために頑張ってくれた人に感謝するのは、当然だもん。フヒトさんは前に、この村に来たことはある?」
「いや、昨日が初めてだ」
昨日だってほとんど夜で、すぐここに来たから村をちゃんと見てはいない。
「そっか。ここはいい村だから、好きになってくれると嬉しいな。昨日来てくれたたくさんの騎士さんたちも――」
準備を終えたリーゼロッテが、服を脱いだフヒトへと振り返り、言葉を切る。
「……どうした?」
「あ、ううん。やっぱり男の騎士って、筋肉があるんだなぁって」
「この村の騎士や、農作業をしている者もおるだろう?」
彼女の視線を追って、フヒトは自分の身体に視線を一瞬、落とす。
「いるけど、裸なんてみないよっ」
言って、物珍しそうに見てくるリーゼロッテへと、フヒトは肩を揺らした。
「見ている間、包帯とっておこうか?」
「わ、ごめんごめん。今とるね!」
慌てて包帯に手をかけるリーゼロッテ。落ち着きがないが、その手つきは彼女の祖母と同様、手慣れたものだった。
「えへへっ、周りは森ばかりでしょ? 怪我っていつも起きうるし、おばあちゃんが昔ハンターってこともあって、子どものうちから教えられたんだ」
フヒトの視線で気づいたのか、そう説明してくれる。
「治癒魔法とやらで済むのではないか?」
「確かにそうだけど、あれって使える人が限られるし、使えても個人差があるでしょ? それに結局、手当てしてからの方が治りがいいって治癒師様も……あれ?」
包帯を取り払ったリーゼロッテが、驚く声をあげた。
「どうした?」
「傷、治っちゃってる」
不思議そうに、彼女はフヒトの肩を凝視していた。フヒトも首を捻って見やれば、確かに昨日あった爪の跡は治っていた。
というより、完全に消えてしまっている。
「お、良かった」
「うん、良かったけど、傷跡も残らないなんて」
ちょっとごめんね、と言って、リーゼロッテはフヒトのベッドに膝を乗せた。傷のあった肩に顔を近づけ、指で表面をなぞっていく。
「おっかしいなぁ。魔法で治しても傷跡が残るかもって話だったのに」
「あー、リーゼロッテ?」
ぶつぶつ呟く少女の息が、彼女の髪が、指が肌に触れて、くすぐったいことこの上ない。フヒトの顔が妙な感覚とその我慢とで歪む。つとめて冷静にやめさせようと声をかける。
「その、そろそろ」
「待って、もうちょっと」
身体に口づけでもしそうな距離にリーゼロッテが詰め寄り、目を細める。真剣に傷の痕跡を探しているようだが、半ばフヒトに身体を預けるような体勢になっていることに、彼女は気づいているのだろうか?
「リーゼロッテ――」
「なに、してるの?」
やむなく彼女の身体を引き離そうとした時、フヒトたちに声がかかった。




