表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
32/79

幕間:記憶の残滓

「兄上様、兄上様」

「ん……」

 どうやらうたた寝をしていたらしい。いつの間にか閉じていた目を開ければ、目の前に白い衣に身を包んだ美しい少女が座していた。

 少女が笑うたび、身に着けた高価な装飾品が音を奏でて揺れる。

「このようなところで寝ては、風邪を引きますよ」

「……おおっ!?」

 優しい声に意識がはっきりとした。慌ててあぐらを解いて正座し、平伏し頭を床に打ち付ける。

「申し訳ありません! 私としたことが、つい!」

赤水あかみずを飲んだのですね。いびきが轟いてましたよ」

「面目次第ありません……あれ」

「目が覚めましたか。兄上様?」

 袖を口元に寄せて、少女が美しく笑う。

 ようやく、状況を理解する。

「もう、夜か?」

「はい。だから、身分のことはお忘れくださいませ」

 たしかに夜であった。陽があれば光の射し込む部屋には、天井につるした小さな灯りの明るさのみである。

 それを確認して、神妙な顔つきを意識する。

「タケ、兄を慌てさせるとは。そんなはしたない娘に育ったか」

「ご自分で勝手に勘違いしただけでしょう」

 呆れたように目を半眼気味にされる。

 彼女が人前では、絶対に見せない表情の一つだ。

「ご自分の非を妹に押し付けるというなら、王様に頼んで任を解いてもらおうかしら」

「すまなかった。俺が悪かった。この通りだ!」

 再び平伏する。しばらくして笑い声が聞こえてきたので、そのまま首をひねって見上げる。

 目が合うと、さらに大きな声で笑われた。

「そこまで笑わずともよいだろう。兄を苛めて楽しいか」

「ええ、はい、とても」

 くつくつと、少女は腹を抱えて笑いを忍ばせていた。

「兄上様は知らぬのです。黙っていれば少しは凛々しく見えるのに……」

「少しは余計だ」

「しょんぼりすると子犬のタロのよう」

「そんなわけがない」タロとは、昔死んでしまった子犬のことだ。「あのような甘えん坊に、俺が似ているわけがない」

「そうでしょうか」

「そうであろうよ」

「つい、可哀そうに思って頭を撫でたくなるのですが」

「撫でようとしたらその手、噛んでやる」

「まあこわい」

 ちっとも怖そうでない声で、少女が笑った。

「もうよい。明日も早かろう。寝たらどうだ」

「あら、拗ねたのですか?」

「知らん」

 背を向けて、横になる。

「そんな。つまりません」

「つまるもつまらないもない。つめろ。無理やり」

 もう少し話したい気持ちもあるが、今日は自分がつい眠ってしまった。彼女の立場上、自分に付き合って少ない睡眠を削ってはいけないのだ。

 そもそも、夕暮れとともに眠る彼女がどうして自分の所へ来ているのか。

「明日、寝ぼけて俺を『兄上様』と呼んだらことだ。埋め合わせは明日しよう」

「もうっ。では約束ですよ、『フヒト』」

 声から「遊び足りない」感を漂わせて、少女が立ち上がる気配がした。

「でも、今日来た子には会ってください。そのために起こしに来たのです」

「なんだ。新入りがきたのか。付き人はもういらんだろう」

「会えばわかります」

 やや硬さをにじませた声で、少女が部屋の戸を引いて開けた。

「サクヤ、来なさい」

「……『サクヤ』?」

「驚きましたか?」

 少女が少し笑って、やがて歩いてきた七、八歳くらいの女児を示す。

「フヒト、よく聞いてください。この子は明日から、私と共に過ごします。私の『次の子』として」


 そこで景色がぼやけ、フヒトは夢から目覚めた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ