強さ
「そうか、アンネローゼは私の剣で気付いたのか」
アルトグレンツェから魔獣との戦い、そして改革派との会話までの顛末を聞いて、シンデレラは申し訳なさそうな顔をした。
「その剣は何年も前、私がルクレティアのそばにいる時は常に持っていた物だ。アンネローゼも目にしていたとは思うが、その状況で気づくとはさすがと言うべきか……嫌な思いをしなかっただろうか?」
「そんなことはない」フヒトは首を振った。
「むしろもっと早く、堂々と言えばよかったと思っている」
「革新派の者から、あらぬ敵意を向けられるかもしれないのにか?」
問われ、一瞬フヒトは、つっかかってきた少年騎士のことを考えた。
あれはちょっと行き過ぎでないかとは思うが、
「……別に恥じ入ることでもない。仕え信頼している人を誇りに思うのは、自然だと思う」
「そうか……?」
フヒトの言葉に一転し、シンデレラは表情をほころばせる。
「貴方にそう言ってもらえて、嬉しい。だがフヒト殿、貴方は正確には、私の騎士ではないのだ」
……。
――なに?
「それは……俺が騎士に値しないと、いうことか?」
「す、すまない。そうではないんだ。変に誤解をさせてしまったなら申し訳ない」
フヒトの顔の動きを見て、シンデレラは慌てて貴方は間違いなく騎士だと言いなおす。
「ほんとか?」
「もちろんだ! だからそんな顔をしないでくれ」
言いつつ、少し嬉しそうな気配のシンデレラ。
……もしや、意外と目下の者をいじめて楽しむタイプなのだろうか?
「私が言おうとしたのは、フヒト殿を私の騎士だけにとどまらせておく気はないという事だ。私が貴方に言ったことを覚えているだろうか」
「……ふむ?」
騎士になった時の話だろうか。
「私が言ったのは、共に戦ってくれるかという問いだけだ。もちろん便宜上は、私に仕える騎士とみなされるだろうが――」シンデレラはいったん言葉を切った。
「もともと貴方を呼んだのはルクレティアだ。ならば、貴方は私と同じ、ルクレティアの騎士というのが、本当のところではないかと思う」
「同じ、ということは――」フヒトはシンデレラの言葉を反芻する。「貴女も、か?」
「そうだ。私もかつて、彼女を守ると騎士の誓いを行った。それだけに今の自分が情けないが……そのようなわけで、我々の間に上下はないと、私は考えている」
「……それで良いのか?」
「もちろんだ。同じ志を持つ貴方とともに戦える、それこそが誇りなのだ」
だから、とシンデレラは続けた。
「私のことも、シンデレラで構わない。敬語も不要だ。ずっと、しゃべりづらかったのではないか?」
「そ――んなことは、ないぞ?」そう言ってから「あ」とフヒトは言葉を漏らす。
「ないです、ぞ?」
「……むしろ、私以外の者に不敬を働かないか、心配になってきたよ」
「善処する」
「精進してくれ。ルヴェールの名を貶めるような振る舞いをしたら、私とて黙っていないからな?」
とたんに引き攣ったフヒトに、シンデレラは小さく声を上げて笑う。
「……大の男をつかまえ苛めるとは、悪いお姫様だ」
「フフ、剣では貴方に勝てそうもないからな」
笑いを収め、シンデレラは良い戦いだったと告げた。
古狼との戦いだ。
「途中、エインセールが鏡を持ってくれたので、見る事ができた。あの魔物を相手に魔法と剣技を組み合わせた戦い方、実に見事だった。不謹慎だが、子どもの頃聞いた英雄譚を見ているようで、わくわくした」
「そこまで言われると面映ゆいな……」
まんざらでもなく言って、次にフヒトの眉が「ん?」とひそまった。
「……魔法?」
「うむ。風を身体と剣にまとわせていた……もしかして、気付いていなかったのか?」
怪訝な彼女の顔へ、フヒトは頭を振った。
だいたい、自分が魔法を使えるなんて今の今まで思いもしなかった。
「戦っていたせいか、使ったことすら気付かなかった」
「では、身体が覚えていたということだな。記憶を失っていても、身に着けた癖は自然と出てしまうものだと聞いたことがある」
記憶がないと言えば、とシンデレラは思案気な顔をした。
「何か思い出したことなどはあったのだろうか?」
「いや。それについては全然……」
強いて言えばと、先ほどエインセールに話したことを繰り返す。
「なるほど、家族か」
「すまん。ハイルリーベのことはさっぱりだ」
おそらく彼女の聞きたかったことはそれだろうと思うと、若干申し訳ない気がしてきて、フヒトはそう言った。
「いや、そちらはいいんだ」
しかし、シンデレラは首を振った。
「もちろん、ハイルリーベのことを思い出したのなら、それは大きな助けになるだろう。あの場所が呪いで閉ざされたのは、いばらの塔と何か関係があると思っている識者もいる」
「なのに、よいのか?」
「それとこれとは話が別だろう。言った通り、私との間に上下関係はない。いわば――」
「仲間?」
「そう、でもあるが……」
シンデレラは何故か言葉に詰まらせた。
「その、できれば、もっと身近に『友』と言いたかったのだが、構わないだろうか? こんな小娘では少々不安かもしれないが」
「不安なんて、そんなこと」
どこか気弱そうな声がフヒトには意外に聞こえた。応えながらも、やっぱり意外にしか思えない。
「小娘とは、少々卑屈ではないか?」
都市を代表する『姫』を担い、保守派という勢力のリーダーとして聖女を救おうとしている彼女を、『小娘』なんて言えるワケがない。
そう言うと、シンデレラは少し困ったような、複雑な笑顔を浮かべた。
「いや、私はただの小娘だよ。たしかに貴族として生まれたし、ルクレティアの騎士になろうと、誰よりも己に厳しくあろうとしてきたとは思う。でも、それだけだ。ルヴェールの街一つとっても、お母様や大臣たちの手腕があってこそ、上手く機能している」
「お母上が?」
「ああ。それに『姫』としてやっていると、悩むことも多々出てくる。そういう時は、お姉様たちにもいろいろと相談して、頼らせてもらっている。アンネローゼとは大違いだ……彼女の雰囲気はもう見て知ってるだろう?」
フヒトがうなずく。
「ルクレティアほどではないが、彼女とは知らぬ仲ではない。以前はルヴェールの舞踏会にも呼んだことがある。その頃は物静かだが、どこか不思議な存在感があったな。ルクレティアがいるのでその影に隠れてしまう形だったが……私は密かに、その存在感を羨ましく感じていた」
努力しても持てない何かを、彼女が持っている気がしたからと、シンデレラは遠い日の記憶を思い返すように呟く。
「最初に『改革派』・『保守派』ということを言い出したのもアンネローゼだ。言われた時は、まさかあのようなことを考えていたとは思わなかったよ。ルクレティアの救出を説いて回り、共感してくれる人を探して……とにかく必死だった。アリスやルーツィアの助けもあって、まとまりをもって互しえたのは、本当に最近のことなんだ」
「しかし、五分に対抗できるようになったのだろう?」
聖女が行方不明になって数週間。アンネローゼの行動は確かに早いが、シンデレラたちも十分に早く対応できたのではないのか。
「それは違う。二千年も続いた聖女による統治を否定し、新しい統治者を立てるという考えを、あの時持っている者などほとんどいなかったんだ。それをアンネローゼは、世界を二分するほどの勢力を作り、まとめあげた」
そう言われると、確かにアンネローゼと言う人物には才覚があると感じてしまう。
「強敵だな」
呟く。才能ある人物を間近にした時、自らの全力を優に越えていく存在を見たとき、己を無力に感じてしまうことがある。
シンデレラが自身を『小娘』と評したのも、それと比べてのことだ。
「でも、負ける気はないのだろう?」
「もちろんだ」
ここで万一「不安だ」とシンデレラが零せば、フヒトは励まそうと思っていた。
だが、彼女の志はそんなに弱くはないらしい。
「私は彼女に負けることはできない。私にも、守りたい人と、世界がある」
自らを無力な小娘と思った上で、それでも立ち向かおうとする言葉。
強い眼差しに戻った彼女に、フヒトも強くうなずき、言った。
「なら俺も、全力で手伝おう」
友として――そう言えることを光栄に思いながら。
キャラブレ上等で姫の内面に立ち入ってみる。
ところであんねろねろの「どSときどきつんでれ」の絶妙なニュアンスがわかりませぬ。
だれか改革派の人にデータ提供をしてもらった方が良いのかな……