エルギデオン
声を上げたのは、アンネローゼの近くで控えていた一人の騎士だった。
頭をのぞく総身を白銀の鎧で覆った男……いや、少年。フヒトをにらみつける面貌は品よく整っていて、切りそろえた髪のせいもあってか、名家出身の子息を思わせる。
見た目だけなら絵にかいたような坊ちゃん騎士。だが身にまとう鎧には魔物による傷跡が多数残り、発した声には覇気がみなぎっていた。
「アンネローゼ様にお声をかけてもらいながら、なんだそのはっきりしない態度は!? よもやこの期に及んで、断る気か!」
「む……」
実は保守派だ――と言うタイミングをずらされただけに、フヒトにしても返答に一拍の間が空いた。その間に、少年騎士はつかつかと歩み寄っている。
「俺はエルギデオン! 貴様のような腑抜けがこの世で一番嫌いだ! アンネローゼ様に今すぐ忠誠を誓うか、俺に斬られるか、二つに一つを選べ!」
「――なに?」
暑苦しいまでの気配を放つ少年騎士の口上に、フヒトは――というかその場の全員が――唖然とした。
一方のエルギデオンはというと、目に炎でも灯しているかのような視線でフヒトを射抜いており、その手はすでに彼の騎士剣にかかっていた。
「抵抗するというなら構わんぞ。これでも腕には自信が、ある!! むしろ、それで貴様を斬り捨てる大義名分ができるならば好都合――」
「エルギデオン」
ため息とともに吐き出された言葉が、血気盛んな少年を止めた。
疲れた顔をしてこめかみを押さえているのは、主君たる白雪姫である。
「ハッ! アンネローゼ様、どうぞこいつを斬れとの御下命を!」
「控えなさい」
「承知! ただいま――な、なんですとっ!?」
「控えろと言ったのよ。二度も言わせないでちょうだい」
もう一度、今度は盛大にため息を吐いて、アンネローゼはフヒトを見やった。
向けられた黒瞳の光は冷ややかだ。
「お前に言った言葉は取り下げるわ。ゆっくり休み、傷を癒しなさい」
「……かたじけない」
「そう思うのなら、今日の間は所属を黙っていることね」
そう言うと、アンネローゼは踵を返した。リーゼロッテとラプンツェルが慌てて後を追って、騎士たちもそれに続く。
「あと、その剣の貸し主に伝えておきなさい。御立派な博愛主義のせいで、私は物凄く不愉快だわ、と」
フヒトの横で、エインセールがぎくりと硬直する。
「感情的で盲目な正義ほどタチの悪い悪はない。おまえがそれに気づけたのなら、私の言葉を思い出すといいわ……行きましょう、リーゼ」
アンネローゼが村の方へと消えていく。リーゼロッテが心配げに、エルギデオンが敵意むき出しで何度かフヒトの方を向くが、それも遠ざかっていき、村の方から歓声があがるのが聞こえてきた。
どこか取り残されたような気分。エインセールが呟いた。
「……大ごとにならないで済みましたが、結局シンデレラ様のこともばれちゃいましたね」
「色々と疲れたぞ」
しみじみと呟いたフヒトに「変な人にも絡まれましたもんね」とエインセールもため息を吐く。
「それより、早く傷の手当てをしてもらいましょう!」
「そうだな」
うなずいて、フヒトが歩き出す。
順序は変わったが、ようやく二人はルチコル村へと到着した。




