幕間:白雪姫VSラプンツェル
プレイする前に賞の内容と、ラプンツェルのキャラ説明「白雪姫に諭され~」を見て書いたものに修正を掛けた物です。
ゲーム内未確認なので、本当はどんな流れか知りませんが、この話を元に二次創作を描こうと決めました。(プレイ前のものなので細かい部分の齟齬はご容赦)
――ルチコル村に向かう道中――
「助けるなんて当たり前だろ?」
リーゼロッテに改めて礼を言われたラプンツェルは、そう言って笑った。
「仲間を助けるってのも当然だけどさ。アンネ姐さんの親友なら、アタシの親友も同じさ。そんなに礼を言うこともないって」
「ラプンツェル様は、アンネローゼ様のことを『姐さん』と呼ぶのですね」
エインセールは不思議そうに聞く。
「でも、確かラプンツェル様の方が年上ではありませんでしたか?」
「三つね。でも、どっちが年上かなんて関係ないさ」
エインセールに指を振って、ラプンツェルはどこか遠くを見る目つきになった。
「心から尊敬し、信頼できる女――それがあの人だったんだよ」
「……なーんて言ってるけど、ラプンツェル。三年前はアンネの街に攻め入ろうとしてたんでしょ?」
「ええっ!?」
エインセールの声に、ラプンツェルが気まずそうに視線を逸らした。
「それは言わないでくれよ……アタシだってやんちゃしてた時期があったのさ」
三年前 シュネーケン近郊 森の中の野営地。
「野郎ども、準備はできたかっ」
今より険のある目つきで、ラプンツェルは森の中に集まった仲間たちを見渡した。
「こっちの準備は大丈夫でさあ、姫様」
「バカ、『姫様』なんて言うな。むずがゆいだろ」
ニヤリと笑う。
「いつも通り『姐さん』って呼びな!」
『はい、姐さん!』
唱和する声を満足そうに聞きながら、ラプンツェルは告げた。
「城塞都市シュネーケンは鉄壁――だがピラカミオンはどんな壁もぶち抜く。平和ボケした連中に、それを教えてやるのはどいつだ!?」
『姐さんだ!』
「そうだ。アタシだ。だがアタシだけじゃない。お前たちもだ! アタシら全員で伝説を作るぞ、いいな!?」
『オオオオオオオオオオ!』
その場に集まったのは、いずれも年齢がラプンツェルと同じ、十代半ばからそれをいくつか越えた若者たちだ。
つらいばかりで、代わり映えのしない毎日にうっ憤がたまり、その力の出し方が自分でもよく分からず、日々を何の起伏もなく暮らす人々を斜に構えてでしか見れなくなった者たちだ。
その力の出し方をラプンツェルが教えた。
閉じ込められた塔を脱出し、人々をまとめあげた。長らく悪政を敷いてきた魔女ゴテルと対決し退け、魔女が実権を握る政治や、その在り方に異議を唱えた。
同じ苦しみを感じた者たちの共感を受け、強硬的な集団が出来上がった。今ではちょっとした軍団規模になっている。
シュネーケンに君臨する女王の名はエルヴィーネ。いばら姫の義母という地位にまで上り詰めた魔女である。
世間では、エルヴィーネが魔法で将来の聖女を操り、世界を支配しようとしているという噂があった。
ラプンツェルにその真偽は分からなかったし、無闇に命を奪うつもりも毛頭ない。ただ、魔女による支配は終わらせるべきだと強く思っていた。
魔女による支配さえなければ、人々は苦しむことなく平穏に暮らせる。
そうなれば、自分のように魔女に人生を狂わされる者はいなくなる。
だから、やる。その地位を追い落とす。
「半時間後には出発するぞ。逃げたい奴は帰ってくれて構わない。アタシについてくるやつは、覚悟を決めな」
背に歓声を受けながら、ラプンツェルが彼女のために作られた天幕に入ろうとする。
それを呼び止める声があった。
「ラプンツェル、ちょっといい?」
「アネキ、シビリーが見回りから帰ってきたら出発だ……どうかしたのか?」
金の髪を凶悪なヘアスタイルに固めた女――ラプンツェルの姉ヴァーリアが困惑した表情を見せていた。
「そのことだけど、出発する前にアンタに会いたいってヤツが来てるのよ」
「またナターリエのやつか? あいつも懲りねぇな……」
唯一、知人の中で彼女たちを無視せず、声を大にしてやめるよう言ってきた相手のことを思い出し、ラプンツェルがため息を吐く。
「こんなところまで来て止めさせる気か? ま、ここまで来たらもう誰にも止められないけどさ」
「それが、違う人よ」
ヴァーリアが視線でラプンツェルの背後を示した。同時に、馬の息遣いが近づいてくるのが分かる。
振り返った先には、白馬に乗った女の子がいた。黒く短い髪の下、感情の読めない黒い瞳がラプンツェルをじっと見つめている。十二、三歳くらいか。利発そうな顔立ちをしていた。片手にはバスケット。
女の子が口を開いた。
「ごきげんよう。あなたがラプンツェルかしら?」
「あ、ああ」
不思議な圧力に、ラプンツェルがぎこちなくうなずく。
――というか、なんでシビリーに乗っているんだ?
シビリーは、自分が認めた者以外は絶対に乗せない。ラプンツェルも、長い努力の末にようやく認められたのだ。
このガキは、一体なんだ……?
まるで奥底で湧いたその感情が聞こえたかのように、女の子が言った。
「私は、アンネローゼと言うわ」
「……!」
エルヴィーネの娘だ。シュネーケンの王女で、やはり魔女との噂がある。
「貴女と一対一で、話がしたくて来ました」
「――へぇ、それは嬉しいね」
相手の正体がわかり、思惑も何となくわかってきて、ラプンツェルに余裕と闘志が戻ってきた。
「それは、対決って意味にとっていいんだよな?」
「解釈はご自由に」
年齢よりもはるかに大人びた口調で、アンネローゼはラプンツェルの眼光を受け止めた。物怖じしないまっすぐな黒瞳だった。
良い目だ。
「それで、お返事は?」
「いいぜ、望むところだ。すぐに準備する」
返事に「そう、良かった」といったアンネローゼは、バスケットの蓋を取った。一瞬警戒するが、中から現れたのは赤い輝きだ。女の子がにこりと笑みを浮かべる。
「ところでラプンツェル姫は、リンゴはお食べになるかしら?」
張られた天幕の中、アンネローゼはバスケットからリンゴを見せると、皿に載せ、用意されたテーブルの上に置く。
「ルチコル村の特産品よ。毎年採れるものの中でも、特に上等なもの」
「話には聞いてるぜ。アンタ、お忍びで遊びに行ってたんだって?」
「ええ、おかげで友人ができたわ。城の者にはよく叱られたけれど」
取り出したナイフでリンゴを切り分けるアンネローゼ。その一つを手に取ったラプンツェルは、相手の口元へと差し出した。
三つも年下の相手に――それもこんなガキを相手に――という気もないではないが、相手は未来の魔女だ。
それに本当の魔女であるエルヴィーネが、娘一人を何の策もなく送り込むだろうか?
否。これは既に、戦いだ。
「半分、食いな」
「……毒をお疑い?」
「アタシなら、友達や仲間に迷惑かけるようなことはしないけどな。で、食べられるかい?」
「もちろん」
微笑み、アンネローゼはリンゴを口にする。残った半分をラプンツェルが口にし、テーブルを挟んだ王女へと笑いかけた。
「一人で来るなんて気に入ったぜ」
それに確かに、シビリーに乗るだけの器があるかもしれない。
敵陣のただ中にいるというのに、アンネローゼの表情には怯えや緊張が一切見られない。薄く微笑んですらいる様子からは、まるでこちらが必中の罠に誘い込まれたようにすら思えてくる。しかも聞いた年齢は十三だった。大した胆力だと思う。
まだ幼いながらも、人の上に立つ器量を感じさせる。
――だがな。
一対一となったこの状況下において、有利なのはラプンツェルだ。
アンネローゼの持ってきたものはバスケットのみ。唯一武器になりそうなものはナイフだが、対してラプンツェルの傍らには愛用の槌が置いてある。妙な真似をしようものなら、すぐさま力ずくで粉砕できる。
「さあ、話ってのを聞かせてもらおうじゃないか。悪いけどアタシはまだるっこしい話は嫌いでね。要点をすぱっと、手短に言ってもらうよ」
はたして王女は短くうなずくと、その赤い口唇を開く。
先ほどまでとは違う、とても冷ややかな声音がそこから漏れた。
「兵をまとめて退きなさい、ラプンツェル」
「やなこった」
即答。アンネローゼが続ける。
「さもないと、貴女は死に、あなたの兵も全滅するだけよ」
「理由はそれだけか?」
「ついでに街が慌ただしくなるから、その後始末も面倒ね」
アンネローゼの物言いは、『服に汚れがついたら、着替えるのが面倒でしょう?』――という調子だった。高慢な態度に、ラプンツェルはむしろ笑みを深める。
ほらな、これがこいつら魔女の本性だ。
どんなに幼くても、その内面は変わらない。
だから容赦する気も起きない。
「大した自信だな。城塞都市は難攻不落――ってか」
「そうね。貴女たちは、その意味を身をもって知ることになる」
空気が唸った。
アンネローゼの眼前には、旋回し終えた槌が突きつけられている。
「確かに真正面から攻めればそうかもしれないねぇ」
戦士の顔となったラプンツェルが、槌を手に不敵な表情を浮かべる。
「でも、アタシらも馬鹿みたいに突撃しようとは思っちゃいない。陽動に奇襲、ハッタリ……喧嘩ってのはただ殴り合うだけじゃないんだよ」
アンネローゼの目は瞬きもせず、ラプンツェルを見返す。ラプンツェルは笑ったまま槌を戻すと、肩に担いだ。
「たとえば、王女が人質に取られたって噂を流す。どうなる?」
「実際に私がいなければ、多少は混乱するでしょうね。攻撃も緩むわ」
「ま、今のは舎弟の言ったことだ。アタシはしないけどね」
立ち上がったラプンツェルは、槌で肩をたたきながら、アンネローゼの傍らへと立つ。
「ようはやりようさ。城塞都市だって穴はある。きっとぶち破って見せるさ」
だから、いまさら引くなんてあり得ない。
そしてお前たちを引きずり下ろしてやる。
「……そう」
ため息。アンネローゼも立ち上がる。少し高い位置にあるラプンツェルの目を見据える。
「分かったわ」
「――!」
その瞬間、ラプンツェルの背を冷たいなにかが駆け抜けた。
なんだ……?
手が震えている。押さえようにも、どんどん震えは大きくなる。力が抜けていく。
いや、それだけじゃない。
「一つ言い間違えていたことがあるわ」
槌を取り落とし、膝をついたラプンツェルに、アンネローゼは冷ややかな声で告げた。
「シュネーケンに入るまでもなく、貴女たちは全滅するのよ」
魔法だろうか? いや、使われれば気づかないはずがない。
「まさか、さっきのリンゴに……!」
毒が入っていたのか!
しかし、リンゴはアンネローゼも食べたはずだ。
「王女なんて立場をやっていると、食事に毒を盛られることも当然考えられる」
白雪姫が、毒リンゴの切れ端を摘まんで、口に入れた。
「普通なら毒味する者や、銀食器を用意して対処するけど、私の場合は違うの。あえて毒を少量ずつ飲んで、耐えられるようにしたのよ。赤子の時から、毒の量をちょっとずつ増やしながらね」
「……!」
アンネローゼがさらりと語った過去を想像して、ラプンツェルは絶句した。目まいすら覚える。
毒をわざと飲む? 生まれて間もないころからずっと!?
「私には耐えられる量も、貴女にとっては致死量。最初は手の震え、脱力、目まい……最後は眠たくなって、痛みもなく心臓が止まる。どう、そろそろ汗を感じているのじゃない?」
「……」
感じる。感じてまた、冷汗が伝うのをラプンツェルは感じた。
「そして貴女の仲間も後を追うわ。私が一人で来たのはね、ラプンツェル。ここをシュネーケンの騎士たちが完全に包囲したからなのよ」
「!」
「私の合図とともに攻め入り、一人も残さず討ち取るわ」
「て……め、え……!」
声を軋ませて相手を見上げるラプンツェル。見下ろす瞳からは、やはり感情を読み取ることはできなかった。
「こん、な……卑怯な、マネ……!」
「貴女はこの話し合いを『対決』と受け取ったのではなくて、ラプンツェル?」
アンネローゼの声は静かだったが、今までよりもはるかに強かった。
「私は城塞都市シュネーケンの王女。民の命を預かる存在。命を賭して民を守り、導かねばならない。そのためなら、私の名が地に堕ちることなどなんでもないわ」
片膝をついたアンネローゼが、ラプンツェルと視線の高さを合わせる。
その目にはなぜか、勝利したものの余裕や、ラプンツェルを嘲笑う感情は何一つ見えなかった。
そこにあるのは不思議なことに、とても強い、まっすぐな意志だった。
「貴女の言う通り、城塞都市も鉄壁ではない。勝ったとしても、誰かが傷つき、命を落とすかもしれない。悲しみ涙を流す者が大勢生まれる――私はそれを許すことはできない。絶対に食い止める」
「……」
「ごめんなさいラプンツェル。貴女は恨むでしょうね。でも私は、私の大事な物を守るためなら、どんな非道にもなって見せる。たとえ貴女に呪われようとも」
「……」
――負けた。
ラプンツェルの口元に苦笑が刻まれた。
この魔女は――魔女ならばだが――自分の知っている魔女とは違う。
自分はただ、自分や家族を、仲間を虐げる悪い魔女を、立ちはだかる理不尽を壊したかっただけだ。
でも自分より幾つも幼いこの少女が見せたのは、自分と同じ、誰かを護りたいという感情ではないのか?
彼女の想いに嘘がなければ、今、あの魔女と同じことをしようとしているのは、自分たちの方ではないのか?
なら、この報いは当然ではないのか。
「ラプンツェル、貴女にチャンスを与えましょう」
アンネローゼが言った。
「貴女も一国の代表。私と同じ立場のはず。もし貴女に民を想う心と、その自覚があるのなら……負けを認め兵たちを下がらせなさい。それを伝える時間はあるはずです」
私はこれ以上、人を殺めたくはない。
ラプンツェルはそれを聞いて、
――ああ……。
さきほどとは違う意味で負けたと、そう思った。
力や、技ではない。
格に負けた。目の前に輝きがあった。
幼いころ、塔の窓から手を伸ばし恋い焦がれた、月や太陽の輝きを見ているようだった。
どんな非道にもなってみせるといいながら、戦いを仕掛けようとした彼女の心に、同じ輝きを灯そうとしてくれている。
死を前にして思えば、その行為に対して――自らのしようとしたことがどれほど幼い事か。
思えば簡単だ。魔女がすべて悪いわけではない。
悪いヤツがいれば良いヤツだっている。
少なくとも、魔女を母に持つこの少女は、違う気がする。
もっと早くに気づけばよかった。
「……はは」
気づけば震えはもうなかった。死期が近づいている。
だがやり残したことがあった。それを終えるまでは死ぬわけにはいかない。
「アタシの負けだ。アンネローゼ王女」
手を差し伸べる。
「みんなに伝えるよ。やめるって。悪いけど、手を貸してもらえないかい?」
その言葉に、アンネローゼの顔から冷たい面貌が剥がれ落ちた。
――ああ、こんな顔もできるんだ。
年相応の少女の微笑みに、ラプンツェルが微笑み返した瞬間、
「言質は取りましたよ、ラプンツェル」
パシン!
「いっ……!?」
頬を両手で挟まれ、ラプンツェルの目が大きく開かれた。頬がジンジンする。
「なにを……?」
「もう痺れは取れたはずよ。立ちなさい」
「はあ?」
言って、気付く。確かに痺れはない。だがそれは死ぬからで。
「だって、毒でもうすぐアタシは……」
「そんな危ないもの、入れるわけないでしょう」
さらりと返され、呆然とするラプンツェル。
「本当に仕込んだのは、ちょっとした痺れ薬。でも無害だし、分かっていれば耐えられるものよ」
「……包囲したって話は?」
「ご想像にお任せするわ」
言って、手で口元を隠すアンネローゼ。忍び笑いが聞こえてきて、ラプンツェルは真相を知った。
いないのだ。兵など。
この少女は最初から、たった一人で話をしに来ただけなのだ。
と、いうことは。
「だまされた……」
「別に良いでしょう? 貴女もさっき、ハッタリを使うって言ったじゃない」
言った。確かに言った。
でもまさか、この場で自分が仕掛けられてるなんて……
何か言おうとして、しかしラプンツェルの口は何も紡げず開閉するだけだった。
「それに、本当に貴女が死んでしまったら、それこそ深刻な問題になるのよ? 最悪、ピラカミオンとシュネーケンが対立してしまったら」
「……ああ、そうだね」
大きく息を吐いて、ラプンツェルが立ち上がった。口調は苦い。
「たくさんの人に迷惑をかけちまう。なんでそんな簡単なことに気づかなかったんだろうね」
結局、自分に自覚が足りなかったのだろう。
人の上に立っているという自覚が。
今日はそれを、たっぷりと教えてもらった。
もしかして、ナターリエもそのことを教えようとしてくれてたのか?
――いや、あれはなにか違う気がする。
「では、退いてくれるわね?」
アンネローゼが垂れ幕に手をかけ、訊く。ラプンツェルはああ、とうなずいた。
「アンネローゼ王女にも、迷惑を掛けたな」
「分かってもらえればいいのよ」
騙されたらいつも怒りが出てくるのに、ラプンツェルはなぜか、アンネローゼの笑顔につられて笑いそうになってしまう。
「でも、最後に教えてくれ」
真剣な顔に戻して、問う。
「アンタの母親は、良い魔女なのか? 民のことを思っているのか?」
「それは――」
初めて、アンネローゼが口を濁した。
やはり噂通りの悪い魔女なのか!? 彼女とは違うのか?
「どうなんだ?」
「……そうね。なら、こういう提案はどうかしら」
やがて絞り出されたその内容に、ラプンツェルが目を見開いた。
森の中を、風が突き抜けてゆく。
風をまとうのは白い馬だった。背にはアンネローゼとラプンツェルを乗せ、すさまじい早さで駆け抜けていく。
「ありがとな。面子まで守ってくれて」
ラプンツェルが前に乗せた王女に言う。
筋書きは簡単だ。ラプンツェルが事前にアンネローゼとコンタクトをとっていたことにする。彼女の助けも借りて、魔女エルヴィーネに直談判しにいくという流れ。
納得しない者もいたが、多くは歓声とともに見送ってくれた。
真相を知るのは、ごく近しい者たちだけだ。
「あの場で暴動が起きたら困るもの」
言いつつ、アンネローゼの顔は先ほどとは打って変わって暗い。
それほどまでに、かの魔女は性悪なのだろうか?
やがてシュネーケンの門が見えてきた。駆けてくるシビリーの姿に詰所から兵士が出てくるが、手を上げたアンネローゼの姿を見て姿勢を正す。
しかし、
「アンネローゼ様、女王様が大変です!」
「やっぱり……」
「『やっぱり』?」
暗澹たる面持ちで呟くアンネローゼの言葉の意味が分からず、ラプンツェルは首を傾げる。
「すぐ行くわ。任せて――行きましょう」
「あ、ああ」
訳が分からないが、ともかくラプンツェルは一度止まりかけたシビリーに再び駆けてもらう。
やがて町に入った。そびえるシュネーケンの城の前、噴水広場に人だかりができている。住人たちだ。
「あ、アンネローゼ様!」
「お願いです、エルヴィーネ様をどうにかしてください!」
「兵士さんたちも、もう手が付けられないようで……!」
どうにかしろ? 手が付けられない?
もしや魔法を使い、暴れているのだろうか?
だがそれにしては、様子がおかしい。
ラプンツェルが困惑するうちにも、アンネローゼは「私がなんとかします」、「安心なさい」などと言い、道を開かせる。
そしてついに、王城の前へたどり着く。
「ラプンツェル、少し急ぐわね」
シビリーを降りたアンネローゼが、それまでになかった焦燥を顔に張り付けて、中に走っていく。
「お、おい、待てよ! シビリー、待っててくれ」
「任せろ」
この状況で、堂々としたシビリーの対応だけが唯一の救いだ。
追って中に入ったラプンツェルは、赤い絨毯の上を進むアンネローゼを見つけた。
そしてその先に、こちらに背を向けた貴婦人の姿がある。
「お願い鏡ちゃん、アンネローゼちゃんの居場所はどこなの!? あの子がいなくなったら私はもう、もう!」
『落ち着いてください。居場所が分かりましたよ』
「今度こそ本当なの!? あなたさっきから『森の向こうにいます』とか、『森にいます』とか、『城門にいます』とか『広場にいます』とか、そんなに早くアンネローゼちゃんが走れるわけないじゃないの! いっそメリーちゃんって名付けてほしいの!? いいえ絶対にそうする!」
『女王様、大丈夫です。今、貴女様の後ろにおりますので』
「またそうやって――え?」
貴婦人が振り返る。そのすぐ目の前で、アンネローゼがおじぎする。
「ごきげんよう、母上。ただいま戻りました」
「…………あああアンネローゼちゃん!!」
がばっと、音でも出そうな勢いで、エルヴィーネがアンネローゼに抱きついた。離れたラプンツェルの耳にも、アンネローゼの形容しがたい悲鳴が聞こえてきた。
「ごめんなさいアンネローゼちゃん、お母さん、もう料理を焦がしたりしないから! お砂糖と唐辛子も間違えたりしないわ。だから、だから嫌いにならないでぇ~!」
『女王様、そのあたりになさらないと呼吸が……』
鏡が言う通り、なすがまま女王の胸に押し付けられたアンネローゼの手から、だんだん力がなくなっているように思える。
ラプンツェルはとりあえずその光景を見ないことにして、手近な兵士に聞いた。
「どうなっているんだ?」
「はぁ、いつものことといいますか」兵士が部外者相手か、言いよどむ。しかし結局は言うことにしたようだった。
「女王様が手料理を食べさせてあげたいとおっしゃりまして……しかしながら
調味料をはじめ壊滅的なステップを踏んでしまわれ、結局アンネローゼ様が城を出ていかれてしまわれたのです。女王様は町中探し回りながら、嫌われたと思われたらしく『毒を飲んで死ぬわ』と言ったため、町でも混乱が起きてしまい……ああ、お願いですからそんな顔をしないでください」
「無茶を言うな」
というか、今の話に『ピラカミオン』が一つも出てきてない。
目まいのような感覚にくらりとしながら、ラプンツェルは笑いの衝動がこみあげてくるのを感じた。
さっき兵士は何と言っていた? 『いつものこと』だ!
こんな茶番劇のような一幕の影で、さらりと自分たちの野望が潰されていたと思うと、なんだか情けなく思えてくる。
加えて、女王。
――なんか、めちゃくちゃ心配されてたな。
悪い魔女どころではない。悪くはないが、別の意味で統治に不安の残る人物だった。
だがそれも、白雪姫と呼ばれるあの子がいれば、安心なのだろうか。
「……決めた」
言って、ラプンツェルはアンネローゼたちに歩いていった。
「女王様、アタシも抱きしめていいでしょうか?」
「あら、あなたは?」
エルヴィーネが聞く。そのおかげで拘束が緩んだのか、アンネローゼがラプンツェルを「何言ってるの貴女!?」という目で見ていた。
どうやら本当に苦しいらしく、口は呼吸するのみだったが。
「アンネさんの、舎弟です」
「まあ」
エルヴィーネが驚きの声を上げる。
「『しゃてい』って、なぁに?」
ラプンツェルは一瞬、噴き出しそうになるのをこらえた。
誰だ。これが世界を牛耳ろうとする魔女だと言い出した奴は。
「友達みたいなもんです」
「まぁ、アンネローゼちゃんたら、大きいお姉さんとも仲良くなれたのね!」
アンネローゼは「ラプンツェル、あなた何を――」と言いかけたが、母親に押されて言葉を遮られる。
「もう、アンネちゃんたらお友達にまで心配させて。ダメですよ」
大勢に心配させてる女王が「め」と言って、娘を差し出す。
ラプンツェルは笑いながら、アンネローゼを思い切り抱きしめた。
「どういうつもり!?」
耳元で、アンネローゼが苦しそうな小声で問う。
「アンネ姐さんには、いろいろしてやられたからな。そのお返しさ」
「ね、姐さん!? あなた何言って――」
尊敬してるってことだよ――
声には出さずに、背中をバシバシ叩く。
この腕に抱いたのは、小さな光だ。
まだ小さくて、弱いが、それゆえに強くて、眩しい。
その成長と、その先の未来が訪れたとき、自分はどこにいるだろうか。
「もう決めた。アタシはアンネ姐さんについていくからな」
熱い抱擁の――かなり一方的な――中、ラプンツェルはそう宣言した。
その後、アンネローゼが根負けする形で「姐さん」呼びを認め、ラプンツェルたちの方はまとめていた集団を解散するなど、三年のうちにいろいろあったのだが――それはまた別のお話である。
ただし、アンネローゼが「姐さん」呼びを認めるにあたり、ラプンツェルに一つ約束させたことがあった。
――ルチコル村への道中――
「そういえば、聞きたいことがあるんだ」
リーゼロッテが、ラプンツェルに言った。
「どんな風にアンネに説得されたの? アンネったら朝早くにいきなり来て、一番いいリンゴを選んでって言うんだよ? あとで聞いたら、秘密の味付けをして説得させたって言うだけだし……ね、ね、一体どんな味付けだったの? 美味しかった?」
言外に「手伝ったのに教えてくれないなんてずるい」をにじませるリーゼロッテに、ラプンツェルは肩をすくめた。
「そいつはちょっと、アタシも教えられないんだ」
――薬をリンゴに仕込んだことだけは、黙っておいて。
いつかした約束を、ラプンツェルは思い出す。
「ただ、とっても刺激的な味だったよ。死ぬかと思うくらい、とっても刺激的な、ね」
短編で投稿しようかと思いましたが、そもそもこれから派生した構想が「貴女と月をみる」なので、長い文量ですが幕間として挿入しました。
読んでいただき、ありがとうございました。
冷静な諭され? 高潔な精神? 毒リンゴだって食べてました! な話でしたが、IF話として楽しんでいただければ!
※ちなみに、フヒト君の話は10~14万前後で一区切りつく予定ですが、その後にネタが書けそうなら、この話に伏線ポイのいれたのでそれで頑張る!




