浪漫
「――それで、シビリーというのが名なのか」
戦闘も収束し、フヒトはリーゼロッテたちとルチコル村に向かうことになった。
白馬はシビリーと名乗り、今はその背にヘンゼルとオランジュを乗せていた。
「ピラカミオンでシビリーを知らない奴はいないよ。走ることにかけちゃ、メラホーンやユニコーンにだって負けないよな?」
「当然だ。風さえ俺様には追いつけねぇさ」
ラプンツェルがシビリーの髪をなで、白馬も自信に裏打ちされた声音で応じる。続く彼の武勇伝にリーゼロッテが「すごいね!」と感嘆の声を上げる。
いっぽうのフヒトは――
「……フヒトさん、イイ大人がときめかないでください」
「ぅ……そんな顔をしていたか?」
「顔全体に『乗りたい』って書いてますよ」
エインセールが指摘する。
「でも、シビリーさんは認めた相手しか乗せないって有名で、今まで乗れた方はわずかしかいないんですよ」
「そうなのか?」
「そうだな」シビリーが応じた。
「俺が乗せるのは俺が本当に認めた奴だけだ。ウチの騎士団でもそんな奴は滅多にいないがな」
「あの……」
遠慮がちな声は、それまで楽しそうに馬上の景色を堪能していたオランジュだった。
「私、乗って良かったの?」
「嬢ちゃんたちは特別だ」
渋い返事に、オランジュがシビリーの首に抱きつく。反対にフヒトの気配はしおれていった。
「そうか……残念、だ」
「フヒトさん、そんなに乗りたかったんですか?」
「もちろん。馬は男の……いや人の浪漫だ」
ラプンツェルを見て、フヒトは言いなおした。
「大地から駆け上がる荒々しき脈動、風を貫いて走る何とも言えぬ感覚、見る間に動き消えていく景色。振り返れば自分のいた場所が、はるか遠い絵の一点になっているのだ。空を飛んでいる気分だぞ。それを何よりも速く感じられるのを、浪漫と言わずになんという」
「……」
沈黙に視線を向ければ、エインセールが目を丸くしてフヒトを見ていた。彼女だけではなく。馬上のオランジュも驚いた顔。ラプンツェルは「ほう」といった表情。リーゼロッテの「熱いね~」という言葉に、いつになく饒舌だったことに気づいて、フヒトは咳払いする。
「すまん。つい興奮した」
「フッ……悪くない顔だ。感覚もな」
シビリーが喉の奥で笑った。
「俺に乗る資格があるなら、いずれその時が来れば乗るだろうさ。どちらにしろ今は無理だな」
「そ、そうか」
「ここまで落ち込むなんて……」エインセールがフヒトをまとった『哀』の気配にたじろぐ。
「気持ちは分かるよ。元気出しな」
ラプンツェルが少年のような声で笑い、フヒトの背を叩いた。
「にしてもリーゼロッテ、良い騎士に仕えてもらったね。イイ目をしてるし、がたいも悪くない。腕もたちそうだ」
「え」
リーゼロッテの表情が固まった。フヒトたちが否定をする前に、ラプンツェルが話を続ける。
「アタシのところに今日来たのは、腕が細いヤツが多くてね……ピラカミオン生まれの奴はそうでもないんだけど、さ。でも性根の真っ直ぐなヤツらだから、鍛えればなんとかなると思うんだよな」
「そ、そうなんだ」リーゼロッテの返事は歯切れが悪い。
「魔法が主体というのもいたから、心配ねぇさ。しばらくは具足をつけて鍛錬する必要はあるがな」
シビリーが意見を交え、ラプンツェルと今後のことを話し始めた。その間に、リーゼロッテがフヒトの腕に素早く触れてきた。
「あの、これ」
囁きのあとに彼女が懐から出したのは、シンデレラから渡された魔法の鏡だった。
「シンデレラさんから話は聞いたよ。来てくれて本当にありがとう。でも本当のことを言うと、ラプンツェルもアンネの騎士もあまりいい顔しないから……もう少しだけ、言わないでいてほしいんだ」
そう言うリーゼロッテの表情を見て、フヒトはうなずいた。それで赤マントをつけた身体が力を抜いた。「ありがとっ」と唇が動いて、離れていく。
――そういえば、ちゃんと話をしていなかったな。
今は何も映さない魔法の手鏡をしまいつつ、そんなことを思う。
戦闘中だったとはいえ、掛けられた声が心配してのものだったと理解している。鏡越しに話ができる物らしいが、今なにも話してこないのはリーゼロッテと話したからだろうか。騎士として仕えることになったのだから、あとでゆっくりとその辺りを話せればよいと思う。
それにしても。
心から憎み合っているわけではないと聞いたが、多少の敵対意識や確執はあるらしい。リーゼロッテはそうでもないようだが、ラプンツェル本人やアンネ――確か、改革派のリーダーだったはずだ――の騎士団とは、慎重に関わった方がいいかもしれない……ラプンツェルと話した限りでは、想像もつかないのだが。
そんな思考をフヒトが考えていると、木々の向こうに村が見えてきた。ルチコル村だ。
入口に、どこかで見覚えのある女性が騎士を従えて立っている。
「お、アンネ姐さんも来てくれてたのか!」
誰だろうと思っていると、ラプンツェルが嬉しそうな声を上げて、正体がわかった。
もっと起伏を、と思いつつも、一話の文字数的には1000~2000字を中心に。




