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VS灰色の古狼

「うおっ!?」

 視界いっぱいに現れた獣の顔に、さすがにフヒトの顔も引きつった。

 それは相手も同じようだった。獰悪な目に驚愕の光を灯し、しかし降りかかる火の粉を払うつもりか、その巨大な口をフヒトたちへとさらに開く。

「ひ、ひゃああああ!?」

 エインセールが絶叫する間にも、異様に鋭い牙が迫る。

 ――まずい。

 フヒトの身体が反射的に動いた。サーベルに手が伸び、口が勝手に何事かを叫ぶ。

「――!」

 転瞬、二筋の斬撃が獣の牙を弾き、鼻面に一太刀を浴びせた。

『――!!』

 巨大な獣が苦痛の声を上げて飛び退るのと同時、フヒトが着地する。剣を構えなおしたフヒトへと、獣は――巨大な狼だ――唸り、赫怒の灯を目に宿している。その鼻先に生まれた傷口から、血が滴り出ていた。

 魔物の放つ存在感と殺気が、質量すら伴って吹き付けてくる。毛が逆立ち、皮膚がチリチリするのを感じながら、フヒトは闘志でそれに対抗した。

「ふ、フヒトさん。たぶん、あれが『灰色の古狼』です……」

 震えるエインセールの声に納得する。

 この迫力、この威圧感は、ただの生物では到底持ちえない。

「フヒト殿、聞こえないのかっ。今の音は一体なんなのだ!?」

「……シンデレラ様?」

 ――今だ。

 突然聞こえたシンデレラの声に、灰色の古狼がわずかに体を硬直させる。それが嚆矢こうしとなった。駆け出したフヒトの身体が風となる。一拍遅れて灰色の古狼も動き出すが、その動作は明らかに遅い。獣の目には、一瞬にして距離を詰めてきたフヒトに対する驚愕が宿っていた。

 それでも石柱のように太い前肢まえあしは、人ひとりを粉砕するに十分な威力を宿している。

 フヒトは振り下ろされる爪にぶつかる寸前で軌道を変えると、それまで直進だった動きを旋回のエネルギーへと変えた。サーベルの刃が、目前で大地を抉った前肢に食い込み、切り裂く。灰色の古狼があげた絶叫はしかし、反撃ののろしでもあった。傷ついた方とは別のあしがフヒトの後方から迫る。振り返る間もなく、フヒトはサーベルを翻らせた。片刃の輝きが唸る爪と触れ、火花と擦過音をまき散らす。フヒトが得物を折らずに被害を抑えるには、それが限度だった。受け損ねた爪の一つが肩を掠め、服をざっくりと裂いていった。巨大質量による衝撃は後から来た。自ら身体を倒し力を殺すが、想定以上のエネルギーがフヒトの身体を軽々と吹き飛ばす。

「……ッ」

 空中で身をひねり、森を背に着地した時には、フヒトはもう身構えていた。隙を作る気はない。

「フヒトさん……肩が!」

「エインセール、そっちの子をどうにかしてくれ!」

 倒れている赤毛の少年を頭の動きで示す。

「あと、なるべく離れろ。周りを見ている余裕がない」

 指示しながらも、フヒトは古の魔物から目を離さなかった。灰色の古狼もフヒトのみを見ていた。状況が一体どうなっているのか何もわからないが、互いに相手を狩る対象としたのは明らかだ。

 しかも手負いにしてしまっている。

 ――獣相手には、一番厄介な状況だな。

 肩に意識をやる。腕は動くがやや鈍かった。血は見たくないので見ない。戦いの続行は可能だ。フヒトが笑みを浮かべる。

 ――俺も、手負いの獣か。

「行くぞ、ワンコ」

 再びフヒトが駆けだす。その身体がトップスピードに乗るより早く、灰色の古狼の胸腔が、見てそれと分かるほど膨らんだ。

 轟ッ!!

 空気が爆発でもしたかのような、咆哮。

 風すら伴うそれはもはや、衝撃波の類だった。至近距離でそれを喰らったフヒトの足が止まり、その場で膝をつく。脳が揺れ、視界がぼやけていた。

 ――耳がやられたか。

 頭に奇妙な音が聞こえている。さらに厄介なことに、まだ揺れる視界の中で魔狼の巨躯が迫ってくるのが見えた。フヒトは森へと走った。追いつかれるより早く、目に付いた木に剣を走らせる。リンゴの木だった。太い幹の根元は灰色の古狼によってほとんど抉られていたが、奇跡的に倒れずに残っているモノだった。

「御免!」

 その幹へと、サーベルが一閃した。支えを失った木が倒れていく。

 方向は、ちょうどフヒトを喰らおうとかがんだ、灰色の古狼の頭部だった。

『!!』

 落ちてきた質量に、魔狼は即座に追跡をやめ、のけぞるように木を回避した。

 灰色の古狼が視線を戻せば、追っていたフヒトの姿はどこにもない。

「こっちだ」

 弾かれたように上を見る灰色の古狼へと、フヒトの剣が振り下ろされた。



「――ふぅ」

 倒れた巨躯から離れ、ようやくフヒトはその場に座り込んだ。

「だ……じょ……す……!」

 肌に感じる振動。見ればエインセールが何事か叫んでいた。

「すまん、耳がやられて、聞こえん」

 そう伝えると、エインセールの表情が青ざめてせわしなく飛び回る。音のあまりないその光景に、なんだか無性に笑いが込みあげてくるのをフヒトは感じた。目を向ければ、小屋の方から手鏡を手にした少女が走ってくる。

 たぶん、あれがリーゼロッテという『姫』なのだろう。

 漠然とそんな感慨を覚えつつ、立ち上がる。再び剣を抜く。エインセールとリーゼロッテがフヒトの背後へと、緊張した表情を向けていた。

 それに、先ほどまで浴びていた殺意はそうそう忘れられるものではない。

「まだ、やるか?」

 向きなおった先には、立ち上がった灰色の古狼。左目から前肢の付け根まで斬られた跡が残るが、残った目には見る者をすくませる鬼気が揺らめいている。

「やるというなら、とことんやるぞ」

 痛みをおして、言う。また戦うと思うと、不思議と身体の痛みは忘れられた。

 しかし――

 灰色の古狼は一声吠えると、踵を返した。深い傷を負ってると思わせない足取りで森の中へと消えていく。

 そして姿が見えなくなってフヒトが力を抜いた直後、大量の魔物が森から飛び出してきた。

「――そういう性分か!」

 悪態混じりにフヒトは剣を構えなおす。

 しかし、もう戦う必要はなかった。

「リーゼロッテ、ここにいたのか!」

 治ってきた耳に聞こえたのは、快活な声だ。

 森から魔物を追って来た騎士たちが戦闘を始め、それを率いていた女性がリーゼロッテの前へとくる。

 馬上にいるその女性の髪は、足元まで届くほど長く、夕陽に美しく輝いていた。

「大丈夫だったか? アンネ姐さんも心配してたぜ――そこの騎士もよくやってくれた。あとは任せな」

 その女性はウインクをすると、担いでいた槌を振るい、近くにいた魔物を粉砕した。

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