幕間:セブンドワーフス
1月11日はルストの誕生日だった! と知って、前言撤回で一話作ってみました。
――狼の森・ヴォルフォーレ――
「わ、わわっ」
目の前の敵を倒したと思った瞬間、その影から別の魔物が襲いかかってくる。
鋭い牙をそろえた大口が迫ってきて、ルストは反射的に目をつぶった。
「ウチのルストに何してんのよオラァ!」
甲高い声からの豪快な雄たけび。そして大地を揺らす振動。ルストが目を開けると、背の高い影が仁王立ちしていた。
「大丈夫かしら~ルストちゃん♪」
「ナイドさん……!」
振り返ってウインクしてきたのは、紫の巨漢だった。
へそのしたまで大胆に露出した、美しいまでの筋肉質のボディ。
その身に大蛇のように巻き付いた、派手で華美なパープルストール。
髪は毛先を白銀、その他は紫。輝くルージュはもちろんパープル。
白雪姫直属の騎士団「セブンドワーフス」所属にして、シュネーケン最強と名高い騎士、ナイド。
いわゆる『オカマさん』である。
「ありがとうございます!」
「い・い・の・よ~――って、邪魔すんじゃねえ!」
ナイドの裏拳が空気をブチ破り、背後から襲いかかろうとしていた魔物を吹き飛ばす。
「もう、次から次へと面倒ねぇ。ゆっくり話す暇もないわ!」
「でも、こんなに敵が多いなんて。これ以上増えてしまったら、ぼく達で対処できるかどうか……」
「腑抜けたこと抜かしてんじゃねえルスト!!」
腹の底から響く胴間声がルストを殴りつけた。
魔物たちを押しのけるようにして、筋骨隆々のドワーフ老が姿を現す。
「ツォーンさん!」
「弱音を吐く前に手を動かせ、それでもセブンドワーフスか!!」
「は、はいぃぃ……!」
一喝に、ルストは素早く起きあがる。短く切りそろえた金の髪がふわりとなびく。髪に結んだリボンも、服もピンクを基調としたものだが、今は泥でところどころ汚れていた。森の奥から押し寄せる魔物を見る目には、恐怖を押し殺した者のもつ光がある。激しい運動で上気した顔はほのかに赤く、ミドルティーンの少女の顔だった。
「頑張りますぅ~……!」
「よく言ったわルストちゃん。じゃあ、アテシも本気出していくわよぉ~」
「……やっと終わったぁ~」
現れた魔物の群れを一掃したところで、ルストはぺたんと尻餅をつく。
「さすがに疲れたわ」
ナイドも木の幹にもたれる。ツォーンは厳しい面持ちのまま、警戒を続けていた。ルストはツォーンに話しかける。
「そういえば、他の方ってどこにいるんですか?」
「ホッファはどっかで勝手に戦ってるだろ。フレッセとシャイトのやつは村だ。魔物がツヴィンガー魔窟の方からも現れやがったからな。シャイトの女好きはこういう時、頼もしいわい」
「元からいた騎士さんや、保守派からも増援が来ているから、なんとかなりますよね……?」
「フン! この程度、ワシラだけでどうとでもなる……と言いたいが」
今は静まった森を見透かすように、ツォーンの眼光は鋭かった。
「どうも魔物たちの様子が妙だ。群れでもない魔物たちが、連携して襲いかかってきている」
ルストがツォーンの視線を追って森の奥を見ると、折しも風が吹いてきた。身体の芯から冷えるような冷たい風だ。今の季節、ルチコル村の近くにこのような冷気があることは異常だった。
「やっぱり、『あの噂』は本当なんでしょうか?」
「雪の女王が魔物たちを操り、凶暴化させているという話か? もしそうならタダじゃすまさん!」
「あら……?」
ナイドの身体が木の幹から離れた。
「今、何か聞こえ――」
なかったかしら? と言いかけたのだろうナイドの言葉は、吹き付けてきた轟音によってかき消された。
森の木々を貫いて轟いたのは、獣の咆哮であった。質量を伴うほどのそれは、いったいどれほどの巨獣が放ったものなのか。敵意をまとったそれに全身の毛が立つのを、ルストは感じた。ツォーンやナイドも、思わずその場から動けないようだった。
「今のはいったい……!?」
新たな声が上がって、それが三人の呪縛を解いた。見れば、ルチコル村の方から一人の騎士が駆け付けたところだった。
シュネーケンの騎士だ。
「なんじゃ、伝令か?」
「ハッ、村の方は無事、魔物を撃退できました。もうすぐでこちらに増援を回せます」
その言葉で、三人の騎士から安堵の息が漏れる。
「しかし、リーゼロッテ様は今も行方が分からずで……村人の話だと、果樹園の方で見かけたというのが最後です」
「そんな……リーゼロッテ様、無事ですよね?」
ルストの声に、ツォーンは小さく唸る。
「分からん。しかし何かあったら、アンネローゼ様がどれほど悲しむか」
「そうですね。お二人は、小さい頃からの親友って話ですし……」
主君のことを想い、静かになる場で、ナイドの「ちょっと!」という緊張した声が響いた。
「確か果樹園って、こっちじゃなかったかしら?」
示される方角は、さきほど巨大な咆哮があった方角と一致する。
「もしかして、さっきの声って――」
「いかん!」
最悪の事態を考え、騎士たちが動き出す。ナイドが新たな騎士を見た。
「アナタ、名前は!?」
「え……エルギデオンであります!」
「そう、じゃあエルちゃん、増援には果樹園に向かうよう伝えといて! 絶対よ!」
「承知しました!」
「頼んだわよ! まったく、こんな時に三人しかいないなんてキツイわ!」
伝令が村に戻っていく。ナイドを先頭に、ルストたちも果樹園の方へと走り出した。
「はぁ……」
そして三人の後を追う人物が、こっそり溜息を吐いた。
「みんなひどいな……ボクもずっと一緒に戦っていたのに」
男性のみで構成される騎士団『セブンドワーフス』でもっとも影の薄い男、トレークは諦念ともとれる呟きをもらした。
ルスト君が男の子だったなんて最近知ったのでした、まる。昨日はお誕生日おめでとう!
なお、セブンドーワフスでドワーフはツォーン氏のみのようです。