厄介な客
導きのランタンにより武器を手にしたフヒトは、先導するエインセールに続いて教会を出た。太陽はまだ高く、午後を少しばかり過ぎたといった頃合いだ。
「この分だと、ルチコル村にたどり着くのは日没前後か」
エインセールから聞いた情報と、ロゼシュタッヘルまでの道のりから、フヒトがおおよその時間を計算する。
「いえ、それには及びません」
しかし、エインセールは付いてきてくださいと先行していく。
「今日のようにお姫様たちが一堂に会する時は、転送魔法を使う人も来ているんです。お姫様の中には、遠い場所から来ている方もいらっしゃいますからね」
「転送魔法?」
「あっ、いました。アメリアちゃ~ん!」
エインセールが声をかけたのは、フヒトたちに背を向けた、白い法衣姿の人物だった。杖を手にした小柄なその人物が振り返ると、藍色の髪をした少女の顔が見えてくる。
「エインセールちゃん、こんにちは」
「アメリアちゃん、転送、大丈夫?」
アメリアと呼んだその少女に、エインセールが尋ねる。
「ルチコル村に行きたいんです!」
「ええ、大丈夫ですよ。そちらの方とご一緒ですか?」
外見は年端もいかない女の子だが、アメリアの言葉遣いは大人びていた。自然、フヒトも神妙に頷いてしまう。
「そうだが……転送魔法とは一体?」
「一度行った場所に、一瞬で移動できる魔法です」
聞かれ慣れているのか、アメリアからはすぐさま答えが返ってきた。
「距離に応じて必要なピスラも変動するので、ご注意くださいね」
「……金をとるのか!?」
「え? は、はい。魔法に使う道具も、取り替えないとそのうち摩耗してしまいますし……私の一族は、それを生業としていますので」
「そうか……それは仕方ないな」
エインセールが「あれ、私の時と態度違いません?」と言いたそうな顔をするが、フヒトは見なかったことにした。
「では、ルチコル村まで」
「はい。承知しました」
アメリアが杖を構える。
「ではルチコル村まで行ったことのある方が、村の光景を思い浮かべてください」
「……なに?」
「ああっ!」
フヒトと顔を見合わせたエインセールが、叫んだ。
「私、ルチコル村に行ったことがありません!」
そういえばそんなことを言っていた気がする。
「フヒトさんは当然、知りませんよね……」
「そうだな」
「どうしましょう……」
一人と妖精はアメリアを見る。
返ってきたのは淡い微笑みだった。
「またのご利用、お待ちしております」
「そんな! アメリアちゃんあんまりです!」
「そこをなんとかならないか? 緊急事態なのだ!」
フヒトに両肩をつかまれ迫られ、アメリアの顔が引きつる。
「でも、行った場所じゃなければ私にはどうにも……」
「そこをなんとかするのが玄人だろう!」
「お願いです。あとでルチコル村の美味しいクレープ持ってきますから!」
「ついでに手持ちの金もないが、その辺りも頼む」
アメリアは一瞬、「え、クレープ?」という顔をしたが、フヒトの言葉に冷たい表情を返した。
「魔物の襲撃の話は聞いているので、お助けしたいのはやまやまですが、私にもそれはどうしようも……あ」
一瞬、アメリアの目が大きくなった。
「――とにかく、無理です」
「今『あ』って言った! 言いましたよねフヒトさん!」
「確かに聞いたぞ。さあ、白状せんか! 何を思いついたっ」
言い寄られ、顔を背ける転送使い。しかし首の可動範囲には限度がある。背けた先でエインセールの目と合って、アメリアは肩を落とした。
「一つだけ、なんとかなりそうな手段が」
「それは!?」
「ルチコル村の近くまで行ったことがあれば、そこへ転送し、それから徒歩で向かうという方法です」
本当は村に行ったことのある人を連れてくるのが一番ですが、とアメリアがこぼす。
「なるほど、ここから向かうよりずっと早いな」
「私、近くの妖精の里になら行ったことがあります!」
「でかした!」
テンションを上げる一人と妖精。
「では、早速頼む」
「は、はい。すぐに転送いたします! 目をつぶっててください」
「アメリアちゃん、クレープ待っててね!」
アメリアが杖を振るう。魔法が生まれ、白い光に包まれたフヒトたちの姿が転瞬、跡形もなく消えていた。魔法の残滓がきらめく粒子となって漂う中、アメリアは脱力したように座り込んだ。
「こ、こわかったよぉ~」
※ワープ屋さんの名前を、勝手にアメリアと命名しています。甘党。
※本日の投稿文は、次二つの幕間で終了となります。
目を通して戴き、ありがとうございます。