問い
「でも、君が試験を受ける必要はないかな」
「え、どうしてですか!?」
フヒトが問うより早く、エインセールが反応した。オズヴァルトが妖精に微笑んだ。
「彼の実力は、エインセールの話からでも十分に分かったからね。覚悟だって、彼の現状を考えれば今さら確かめるまでもない」
「ん、エインセールから聞いたのか?」
「記憶喪失のことはね。気を悪くしたらすまないけど、君は自分を知るため、そして探すべきもののため、危険を冒す覚悟をしているはずだ」
フヒトは首肯した。今は、塔に関わることにしか突破口がないのだ。
「なら、僕から言う事はないよ」
「――では、次は仕える相手だな」
フードの女性が再び口を開いた。
「単刀直入に聞こう。誰に仕えるか、決めているのだろうか?」
「いや――」
フヒトは頭を振った。エインセールから何人か名前を聞いた気がするが、その後のことですっかり忘れてしまっている。
「そもそも、仕えていい相手が何人いるかも知らない」
「そうか。記憶がないのだったな。すまない」
女性はしばしうつむいて考え込み、ならばと顔を上げた。
「二つの派閥があるのは知っているな?」
「ああ」
「貴方は今、もっとも中立の立場にいるはずだ。聖女の救出を優先するか、先導者を立て民の混乱の解消を優先にするか……貴方ならどちらが正しいと思う?」
フヒトの目が意外そうに見開いた。
「正しい方か?」
「そうだ。正義のある方だ」
「そりゃ――聖女が選ぶ方じゃないのか」
「…………なに?」
女性の声に困惑が混じった。
「どういう意味だ?」
「だから、聖女だったら自分を助けてほしいのか、民の混乱を解消するのか、どっちを優先するか考えればいいだけではないのか?」
今まで聖女が世界を導いてきたんだろう、とフヒトは重ねた。
「だったら、その意志を考えて実行するのが、一番聖女のための行動になるんじゃないか」
「――」
「な。エインセールは聖女と知り合いなのだろう? なんと言うと思う?」
「え……」
話を振られたエインセールが、黙ってしまった女性にきまずそうな視線を向ける。
「えっと、そ、そうですね……」
「――言わなくてもいいよ、エインセール」
女性が嘆息して言った。
「フヒト殿。実は私も、多少なりとも聖女のことを知っている」
「そうなのか」
「ああ。彼女ならためらうことなく、自分より皆のことを想うだろう」
「なら、それが答えだ」
さっぱりとした顔で笑うフヒト。女性はその顔をうかがっていたが――息を吐き出して、続ける。
「……なら、改革派の姫に仕えるという事だな。これは保守派もなのだが、姫は三人いて――」
「いや待て、待て」
さえぎったフヒトが、今度こそ目を丸くしていた。怪訝そうな雰囲気の女性に言う。
「なんでそうなる」
「な、に……?」
「なんで今の話で、改革派とやらに付くのが決まるんだ」
「しかし……今、聖女の選ぶ方だと」
「それは正しいと思う方だろう? やりたいこととは別の話だ」
言って、フヒトは自分の胸を指さした。
「後悔したくないならここに聞く。友や家族が危険なら助けたいし、ついでに周りの奴も助かるんなら助けたい。俺は聖女を助けたいぞ」
助けてって言われたし。
「――」
胸を張るフヒトに、女性はまたしても――そして先ほどよりも長い――沈黙をとっていたが、やがてその口が「フフ」と弧を描いた。
「どうした?」
「いや……すまない。なんだか、急に自分が馬鹿をやっているように思えてしまった」
「バカになるのは大事だぞ?」
「そうかもしれない。それでも、わざわざこんなものを被る必要はなかった」
そう言って、女性は長衣に手をかけた。




