プロローグ
その日は、珍しく話が続いた。
だから、かねてからの想いを告げた。
「姫。ずっと、貴女をお慕いしておりました」
言った途端、愛しき人の微笑みは消えた。
「……いずれそなたにも、心に想う方ができます」
「私には貴女しかおりません」
声の抑揚が思うようにいかなかった。心の内が口へとなだれうってくる。
「わかりました」
その一言が、心の乱れを全て消した。
しかしそれは承諾の返事ではない。
「では、そなたの気持ちを確かめます」
「確かめる……?」
「はい」
そう言うと、繊細な手がはるか空の向こうを指さした。
「ここから遠くに、羅刹那たちに襲われている場所があります。そなたは今日、夢を見たと言いましたね?」
「ええ……大きな石の柱に蔦が幾重も巻き付き、誰かが私に、助けてほしいと叫んでいるのです」
「今言った場所にその塔はあります。そなたに助けを求めた方が、そなたの想い人。あるいは、想い人に導いてくれる方となるでしょう」
そんなことはないと、開いた口は寸前で指でふさがれた。唇に心地よい冷たさを感じる。
「聞きなさい。もし、それでも私を想うのなら、その塔の中で玉の枝を探しなさい」
玉の枝? 視線で問うと、消えた微笑みが戻ってきた。
先ほどのものより悲しげに見えた。
「数千年に一度しか咲かぬ花。 私は、その花を持ってきた人としか共に生きないと、ずっと前から決めていました」
「私がとって来ます」
指が離された。名残り惜しい気もしたが、おかげで決意を口にできた。
ふっと、視界が霞み始める。甘い香りがして、意識が遠のいていく。
「ならば、旅に行く前にお眠りなさい」
支えられず崩れた身体が、次の瞬間受け止められる。ゆっくりと地面に横たえられ、しかし頭には柔らかな感触があった。
膝枕をされているのだと分かった瞬間、この上ない幸福な気持ちになった。
「これからそなたを、黄泉平坂に通します。そなたの意識は生死の境を抜け、次の世界で目覚めるでしょう。あとはおのずと、世界が道を示してくれる。私からは火浣布を授けましょう」
愛しき人が何かを言っている。もうまとまりのつかぬ意識では意味も分からぬが、とても心地良い旋律に感じる。
いつか、遠い未来でも、このような時が過ごせるのだろうか。
「でも、一度生と死を通じた魂は、以前の記憶をほとんど忘れてしまう。きっと私のことも。さようならフヒト、私の……愛しい護り刀。そなたの行く末の幸福を、私は祈っています」