ドレスを作る幽霊
初めて書いたタワプリの二次元になります。
お張り子がいそうだなぁ、とふわっと思って書きました。
ドレスを作る幽霊
――マーロン……よく見ていてね
母は、生前によく私に客を寸法を測る様を見せた。その時の私は長いスカートを履き、母の繊細な手を眺めていたのであった。母の作るドレスはどれも素晴らしく美しいので、高貴な方々がこぞって求めた。だが、母は人を雇ってドレスの質を落とすことを嫌い、一年で数着しか作れないドレスは自然と高値がつくようになっていった。
――マーロン、ドレスは女のものなのよ。絶対に傷をつけてはいけない、女のもの。だから、あなたも常に最高の女でいなさい。高貴な女ほど、惨めなお針子にドレスを作って欲しくはないわ。
――はい、お母様
私は師匠である母から、ドレス作りの全てを学んだ。そして母が病魔に倒れてからは、自分が着ることはない花嫁衣装を私が作ることになった。
これは、伝統なのだ。
母から子へ裁縫の技術を伝え終わったことを証明するための、卒業試験なのだ。私は寝食を忘れて、ドレスを作った。今までの母への愛情や恨みが、絶対に切れない花嫁衣装の白に吸い込まれていくようだった。
私を産んでからもう子供を産めなくなった。母。
私に裁縫以外のことを教えてくれなかった、母。
飲んだくれの駄目な父と花嫁衣装を着れない私を置いていく、母。
私がドレスを完成させた次の日に、母はこの世からいなくなった。私は母の店を受け継いで、人を雇って、前よりも早いペースでドレスを作れるようにした。店は潤ったけど、本当に理由は父と二人になりたくないからだった。
朝から晩まで飲んでいるだけの父と。
母は、ほんとうに何がよくて父と結婚なんてしたんだろう。夜、誰もいない店で掃除をしているとそんなことをよく思う。その日、珍しく父は店にやってきた。赤い顔をして、片手には酒びんがある。あの酒瓶のために働いていると思うと、本当に馬鹿らしくなってくる。
――マーロン、隣のハンスさんから聞いんだが……おまえアルトリアにプロポーズされたというのは本当か?
父は、怖れるように話しを切り出した。
アルトリアは小金持ちで、妹のためにドレスを買って行く客だ。優しいし、ハンサムだしで、雇っているお針子からたちも評判が良い。なのに、彼はどうしてか私に興味を持ってしまった。話しが合う相手ができたぐらいにしか私は思ってなかったのに、アルトリアは突然に私にプロポーズをしてきた。なんでも、大きな商売するために街を出ていかなければならなくなったらしい。
――ついてきて欲しい、と言われた。
そのとき、私の頭に浮かんだのは自由をという言葉だ。彼と婚約して、街を出て、途中で逃げだしたら、私は本物の自由を手に入れられるかもしれない。そんな思いが、私の心に浮かびあがった。私は、アルトリアから指輪を受け取った。
「おまえ、どうする気だ?そんなもんを受け取ったって、どうにもならないだろう」
「父さんは黙ってて。私は、自由になるんだから。ここの皆は私の事を知りすぎているから、私は絶対に自由になれない!でも、違う街に行ったら私は本当の自分になってやり直すことができる」
父は、私が婚約を期に街から逃げだすことを驚きはしなかった。むしろ、いつかはそういう日が来るのだと知っていたみたいに静かだった。
「おまえは……俺を捨てるのか?」
酒瓶を持った父が、じりじりと私に近づいてくる。
「捨てるも何も、私の人生よ!このまま父さんやお母様に搾取されるみたいに、暮らしたくない。私は、自由になるんだ!」
父は、私に向かって酒瓶を振り上げた。
仕立てやの主人が死んだ事件は、発覚したその日に噂が四方八方に飛んで行った。貴族や豪商にも商品を降ろしていた店の主人が死んだのであるから当然ではあったけれども、集まった野次馬たちの顔には不安があった。
店の主人は、強盗に襲われて死んだ。
私が、そう言ったのだ。おかげで、私は父親を目の前で殺された可哀想な娘を演じる羽目になった。でも、大丈夫だ。演じるのは、すごく得意だから。
父は、顔や頭を鈍器で何度も殴られて殺された。
私は、それを悲しむふりを続ければ良い。そうして、時がたてば私は本当に自由になれる。なのに、神様は私に御褒美なんてくれなかった。
シンデレラが、店に訪れたのだ。
彼女もこの店で、ドレスを仕立てたことがある。彼女の凛とした美貌に似合う、清廉な青のドレスだったはずだ。
「今回の事件で目の前で父親が殺されたと聞いた。怖かっただろう……」
シンデレラは、私を憐れんでいた。
ほっとする。
「はい……。でも、父は最後に勇敢でした」
私の手にはまっている指輪が、きらめく。この指輪をはめて、この指輪を捨てて、私は遠く離れた地で自由になる。産まれてからずっと偽ってきたものから、自由になれるのだ。シンデレラはすぐに帰り、その他にも私がドレスを作ったプリンセスが現れては消えて、現れては消えて行った。
「あれー!ここ、なんだか不思議ね」
アリスが、ひょっこり顔を出す。彼女は私を慰めずに、まだ血の跡が掃除しきれない店を自由に見て回っていた。
彼女は楽しそうに、凄惨な死体が転がっていた店を調べ出す。もはや血を吸って殺人の跡が染みついたここには、清らかな人は誰も住めそうになかった。けれども、アリスはそんな場所を踊るように調べた。そのあまりにマイペースな行動に、私は茫然としていることしかできなかった。
「ねぇ、娘さん。あなたもお父さんが殺された時には、このお店にいたのよね?」
「はい……。父は強盗に酒瓶で立ち向かったのですが、返りうちにあって」
「でも、強盗なら金目のものを取って行くよね。なら、どうしてその指輪は取らなかったの?」
疑いの目が、私に向く。
「暗かったから、見えなかったのよ」
「でも、不思議だよね。死んでいる人間は、何度も殴っている癖に目撃者は殺さなかったんだ」
アリスは、聡い。
もう私の嘘に、色々と気がついている。
でも、私には最後の切り札があった。
「私が殺したと思っているんですか?女の細腕で、人の顔がわからなくなるまで殴れるとお思いですか?」
そう……私は女。
か弱い、女。
ずっと、そうだった。
「本当に、女だったらね」
アリスが笑った。
この御姫様には、何でも分かっているのだろうか。
私は、持つ者も持たないで店から逃げだした。
私の母は、母から娘に裁縫の技術を伝えてきた一族だった。私が生まれ、もう子供を産めなくなった母の絶望は計り知れなかったであろう。母の技術は、母の代で途絶える。
その事に耐えきれなくなった母は、唯一の子供を女にした。
男に生まれた私は、女として母に裁縫を習った。ドレスを作るのは好きだったのに、私の心にはいつも暗い影があった。それは、嘘と不自由でできていた。
気がつけば、街の人間からも私は女と認識されていた。嘘をついたはずなのに、嘘の方が真実になって私はがんじがらめにされていた。
私は、本当は男だった。
母が裁縫を教えることのできない、性別の人間だった。
私に人生を選ぶ権利はなかったのだろうか。
男のままで、母から裁縫を学ぶ術はなかったのだろうか。
街を抜けて、暗い森をさまよいながら、私は思う。
今こんなにも自由なのに、私の心には不安しかなかった。もうここでは、誰にも、何も、偽る必要なんてないのに。どうしてか、私は不自由だった。あのままあの街で結婚して、逃げだしてもなお、こんな気持ちになったのだろうか。
「なら、白雪姫の元にいけばいい」
森のなかでさ迷う私に、男が声をかける。
赤毛の男は優しげに微笑みながら、書物を持っていた。その姿は噂でしか聞いたことがない賢者オズヴァルトによく似たその姿。
「彼女は新しい世界を作るだろう。君は腕の良いドレス職人だ。新しい世界を作った暁には、白雪姫は自信を民により良く見せなければならない。そのためにも、白雪姫は君を匿うかもしれない」
オズヴァルトの言葉に、私は茫然とする。
「ただ、よく考えた方がいい。これは、恐ろしい選択だよ」
「恐ろしい……選択?」
「そう、なにも選ばずに激流に流されるだけだった君が初めて自分で選択するんだ。女のままで罰をうけるか、男にもどって自由を勝ち取るか」
オズヴァルトの言葉は不思議だった。
アリスと似たような目をしているくせに私の真実ではなく未来を選択させる、オズヴァルト。
迷うことなんてしなかった。私は自分の服を仕立てて、白雪姫の元へと歩いた。異国から来た仕立て屋を名乗った私は、もう女のドレスは着なかった。
白雪姫は、私のドレスをいたく気にいってくれた。彼女の蠱惑的な美を引きたてるために、私は常に最先端の布や糸を研究し、姫を飾り立てた。
革新のために歩き続ける姫のために、私は今日も城の片隅でドレスを作る。気品と賢さ、姫のその二つを決して損なわせないように。姫の弱さを真綿で包むように、民衆が一目で彼女に恋をするドレスを作り出す。
そんな私には、恐ろしい事が一つある。
歳を重ねた私は、だんだんと殺した父に似てきた。かつて結婚の約束までした相手から送られた指輪はもうサイズが合わず、男の恰好をしているからなのか髭も生えた。このまま街に行けば、きっと私は父の幽霊だ。
いや、今でもそうなのかもしれない。
女として生活していた私は、男性の名前を持たない。
今使っている名前は、偽名だ。
この頃になって、私はあの男が言っていた選択の恐ろしさを知る。もはや、私が女と偽り仕立て屋をやっていたことを信じるものなどしない。けれども、私が最初から男であったと正しく証明する者もいない。
私は、ドレスを作る幽霊だった。
読んでいただきありがとうございます。




