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百年式アンドロイドの見た夢は

作者: 宵千 紅夜

 空を飛ぶ車の音だけが響く曇り空のもと、白い石畳をきっちりと敷き詰められた公園のベンチに腰を下ろして人の流れを見つめる。車が空を飛び始めたのはここ二十年のことで、まだまだ大半の人は地面の上を歩行している。僕がこうして観測を始めてから九十六年経つが、人の形が変わっていないためか、街のつくりはあまり変わっていない。

 人は変わる生き物である。人の本質は変わらない。どちらも長い間言われ続けてきた言葉で、一見矛盾するがどちらも真実に違いない。科学技術は日々進歩し、それに伴いゆるゆると生活は変わっていく。けれど、その技術を使う人間の体は科学技術のように急にに進化することはない。僕が見てきた時間では、そんな変化と不変が矛盾なく存在していた。

 研究所に行く時刻となり、僕はベンチから立ち上がり歩き始めた。最近体の動きが鈍くなってきている。定期的なメンテナンスは受けているが、そろそろ全面的な交換が必要なのかもしれない。

 僕は百年前、日本の研究者達に作られたアンドロイドだ。自分で行動し、人と変わらずに生活するロボットを目指し、ついに作られたのが僕だった。そんなロボットを作ること自体が目的であったため、出来上がった僕が何かをするということはなく、完成当初は僕の存在自体が研究対象とされた。

 さまざまな実験やテストを繰り返し、人間の思考パターンをどんどん学習していった僕はほとんど人と変わらなくなった。そして、研究がひと段落したころ、僕に一つの指令が与えられた。

『毎日二時間、同じ場所で人間を観察してください』

 それは老いることのない僕に与えられた、最適な命令と言えた。思考をもった定点カメラになった僕は、人としては長い時間を観察し続け、今日もその日課を終えて研究施設に帰った。

「おかえりなさい、マコト君。じゃあ、今日もテストを受けてから薬を投与するわね」

 研究者の一人が僕を迎えると、いつものように第一カウンセリング室と書かれた部屋に向かう。

 僕を開発してた研究者はみな年を取り、最後の一人も六十年前に死んだ。それでも、彼らの成果は『マコト』と名付けられたアンドロイド、つまり僕となって残っている。しかし機械だって古くなれば壊れる。テストというのは、いわゆる性能検査のようなもので、システムに不具合がないか確認するためのものだ。パソコンの前に座り、いつもとあまり変わらないテストを受ける。

「終わりました」

 テストが終了して、僕は四角い机の右側に座っていた研究者に声を掛けた。

「はい、問題なしね。マコト君、なにか変ったことはなかった?」

 尋ねられて僕は記憶を検索し、体の機械が古くなってきているかもしれないとだけ言った。研究者は「そう」とだけ言うと、タブレット型の電子カルテに何か入力して席を立った。僕もそれに従う。

 エレベーターに乗り、向かったのは僕にあてがわれた部屋だった。三○五と書かれたプレートの部屋は僕の保管室のようなもので、毎日の観察とテストが終わればここに戻る。人と形が同じアンドロイドの僕は、人と同じようなベッドに寝かされている。

 ベッドに横になると、研究者は僕の腕に針を刺して細い管をつないだ。体の中を循環している液を正常に保つための薬だ。これを注入している間、僕のシステムは一時的に落ちてしまう。

 僕はベッドに横になったまま目を閉じた。


「タダノ君。タダノマコト君」

 目を開いたとき、僕のベッドの脇には知らない男性がニコニコと微笑んで座っていた。

「驚かせてしまったかね、マコト君。私は今日から君の主治医になる高橋だよ」

 僕は高橋と名乗った男性が何を言っているのか分かりかねた。主治医とは病人の治療にあたる医師の事だが、僕はアンドロイドで、病人ではない。

「言っている意味がよくわかりません」

 そういうと、高橋は申し訳なさそうに笑った。

「そうか、佐藤先生の移動が急だったから、連絡が言っていなかったのかな。申し訳ない」

 僕は佐藤という医師の事も記憶になかった。

 記憶を整理する。僕は観察の後、テストを受けて異常がなく、循環液のための薬の注入を行っていたはずだ。気が付けば管は腕につながっておらず、僕はある結論に至った。

 これは、夢だ。

 アンドロイドが夢を見るというのはおかしな話かもしれないが、度々このようなことがあった。機械であっても、積み重ねた情報が増えると、このように体の機能の停止中に情報を整理する必要があるのだろう。

「体の調子はどうだい? なにか変ったことは?」

 僕は首を振った。いつも研究者から聞かれるフレーズも、情報の整理からくるものなのだろう。

「じゃあ、この写真を見てもらえるかな?」

 高橋が差し出した写真に写る二人の人物を見る。女性が子供を抱き、男性と並んで写っている。顔をよく見ると、いくらか若いが、それは僕を作った研究者の顔と一致した。

「僕を作った研究者の二人です。彼らは七十二年前に死にました」

 それを聞いた高橋は少し顔を曇らせてから、また笑顔を作った。

「そうか。じゃあ、今日はもう時間だから、また今度お話しよう」

 そう言って椅子から立ち上がった高橋の背を見送る。

 窓の外で、車が空を飛ぶ音が聞こえる。じっと横になっているがそれ以外に何もなく、少しすると僕のシステムはまた暗転した。



 バラバラと音を立ててヘリコプターが過ぎてゆくが、曇天の空には音だけが響いている。

「高橋先生、真人君に会われたんですね。どうでした?」

 窓に顔を向けていた高橋は廊下に目を戻して、声を掛けてきた看護師に小さく首を振った。

「佐藤先生から聞いてはいたけれど、なかなか大変そうだね」

「ええ、でも仕方がない気もします。事故でいきなり両親を二人とも亡くしてしまったんですもの……。まだ十歳。現実を受け入れるには時間が必要なのだと思います」

 あまり患者に感情移入をしてはいけないとわかってはいても、幼い子供が心を病む様は、誰にでも悲しいことだった。それは看護師の方も感じているらしく、彼女は肩を落とした。高橋はその肩の荷を少しでも軽くしようと、トントンと叩き、笑顔を向ける。

「あまり深く考え込まないように。君まで患者さんに引きずられたら、誰が彼らを助けるんだい?」

 看護師は高橋の言葉に顔を上げて肩の力を抜くとニッコリと笑顔を作った。思い詰めてしまっては、自分の心も病んでしまう。気を取り直した看護師に、高橋も笑顔でうなずいた。

「彼はいつも中庭を散歩しているのかい?」

 白い石畳の敷き詰められた中庭に目をやって、高橋は尋ねた。

「ええ、いつもベンチに座って、他に散歩している人を眺めたり、空を眺めたりしています」

 カルテを読んで、大体の事情は高橋も知っていた。少年の心の中で、自身はアンドロイドで、すでに百年近く経っていることになっているらしい。ずっと、ずっと一人で変化のない毎日を繰り返している。

 看護師は黙って真人がいつも腰かけるベンチを見ている。高橋も窓枠に両手をついて、ベンチを眺めた。

「百年か……」

 つぶやいた声は、どこか遠くを飛ぶヘリコプターの音にゆっくりと混ざって消えていった。

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