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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

魔法少女(物理)はくじけない

 急こう配の坂道が山の手まで続いている。

 歩道はレンガを敷き詰めたレトロな舗装だ。

 坂道の両脇には、和洋折衷の明治大正を思わせる店先が軒を連ねている。

 マップ片手に歩く観光客の一人がふと足を止めた。

 坂道沿いに続く店舗の間に現れたのは、場違いな石門である。

 黒い御影石にこう書かれている。

 聖アンネ学園。

「こんなところに学校があったのか」

 驚いた観光客は連れに言うと、中を見通そうと覗き込んだ。

 石門の向こうには観光道と直角に、やはり山の方まで坂道が続いていた。

 その向こうに見えるのは大きな建物だ。

 校舎である。

 ちょうど鐘の音が鳴った。

 セーラー服に黒タイツの乙女たちが建物から出て来る。 

 この学園の教育方針は、良妻賢母を世に輩出するというものだ。

 彼女たちは淑女の教育を受けているため、大声で騒ぐようなことはしない。

 しかし、少しばかり浮き足立った笑い声が聞こえてくる。

 少女たちの集団は、二人の女生徒を取り囲むようにしている。

 はっとするような美しさを持つ二人だった。

 一人は、校則に引っ掛かるのではないかというような栗色の髪の少女だ。ショートカットで、背が高く、すらりと伸びた脚に快活そうな笑顔。

 もう一人は長い黒髪を『姫カット』にした大和撫子のような少女で、鞄を両手で持ち、静かに微笑んでいる。

「いやあ、美少女っているもんだな」

 観光客はぼんやり言うと、いつの間にかすぐ間近まで迫っていた少女たちの集団に慌てて道を譲った。

 清涼な香りが吹き抜ける。

 『姫カット』の方が僅かに流し目をくれたかに思えた。栗色の髪の方がくすっと笑う。ぽーっとなった観光客は後々まで彼女のことを忘れなかった。

 それほどまでに印象的だったのだ。

 彼女たちは。

 



 栗色の髪をした少女の名前を、蘭丸風子と言う。

 スポーツ万能で、きっぷのよい彼女は、聖アンネ学園では『王子様』役である。

 生徒会役員に名を連ね、日々を過ごす彼女は明るい優等生だ。

 しかしそれは仮初の姿であった。

「このクソビッチ! てめえ、また色目使いやがって」

 蘭丸はどっかと生徒会室の柔らかな猫脚ソファに尻を乗せると、長い脚を大胆な大股開きにして罵った。目の前にはノートパソコンと各部からの要望書やメモなどが散乱している。

「あーら、人の男に手を出したのはどちらが先でしたかしら? そもそもビッチだなんてそんな破廉恥な言葉、あたくし、恥ずかしくって口にもできないわ」

 優雅に紅茶を飲みながら『姫カット』の西園寺米子が豚でも見るような目つきで言いかえす。

 たちまち怒髪天を衝いた蘭丸はシノワズリ趣味のテーブルに身を乗り出した。

「今てめーが言っただろうが、この腐れアマァッ!」

「おお、醜い。蘭丸さんって、お育ちが悪くていらっしゃるから、私とは根本的に合わないと思いますの」

「うるせーこのイネ科がっ、イモっ、イネ!」

「誰がイネ科だ貴様ああああああああああああああああああああ!!!」

 自分でも常々気にしていた名前の西園寺『米子』をあてこすられ、並々紅茶の入ったカップをソーサーに叩きつけて西園寺は立ち上がった。

「おう、やんのかイネ女!」

「やんのかこのド腐れビッチがあ!」

 二人は聖アンネ学園の静と動。全生徒の憧れ。お姉さまと慕われ、蘭丸は薔薇様、西園寺は百合様、と密かに呼称される二大巨頭である。

 しかし二人きりになれば、己の仮面を金繰り捨て、イネ、ビッチ、腐れビッチ、ド腐れビッチとと延々罵り合う仲であった。

 そもそも初対面から互いが気に食わない。

 二人とも目立ち、チヤホヤされるのが大好きな似たもの同士だったことから、縄張り争いをする野良犬同様対立が悪化するのは避けられない道であった。

「大体、てめえはしきりとお嬢様アピールすっけど、今の般若みてーな面、白銀の生徒会長に見せてやりたいぜ」

「うるさいわね! いい男にアピールして何が悪いのよ!」

 自称清楚系の西園寺は開き直っていた。

「あんたみたいな豚と違って私は戦略的に自分像を確立しているの! 男受けするのは最終的にはビッチより清楚系なのよ!」

「へえへえ、そのイネ子さんはー、料理の腕は壊滅的なんだよねっ、きゃは!」

 両こぶしを口元に当て、蘭丸は自らにできる最高のかわいい笑顔を向けた。この笑顔、守りたい。と思わせる爽やかなそれである。

「殺す。貴様を七回殺して犬の餌にする」

 守りたいより叩き潰したい西園寺の目に暗黒の炎が灯った。清楚はもはや散滅したのである。二人が出会った日に滅びの呪文が流星のごとく直撃し、辺り一帯は更地と化してもはやぺんぺん草すら生えて来ない。

 友情とはぶつかり合い、豊かな心を養うもののはずであるが、何事も過ぎたるは毒物散布の典型例であろう。そもそも二人の間に友情など成立したことは過去未来現在において一度たりともなかった。

 やんのか、と蘭丸が受けて立とうとした時だ。

 ノックの音がした。

 二人はさっとソファに座り、お互いに微笑を浮かべて何事もなかったかのように仕事の続きを始めた。

「どうぞ」

 西園寺が促す。蘭丸はさぼってませんアピールでカリカリとペンを走らせた。

 しばらくして、西園寺が首を傾げた。彼女のご自慢の黒髪がさらさらと肩口を流れて行く。

 疑問も当然、ノックをしたきり、音沙汰がないからだ。

 ――お前、見て来い。

 清楚をかなぐり捨てた西園寺が目線で蘭丸に言うと、「ざけんなクソイネ」と口の形だけで蘭丸が返す。

 しかし気持ち悪く思ったのだろう、やがて蘭丸は「おめーに促されたからじゃねーし」と思い切り捨て台詞を吐いて、立ち上がろうとした。

 勝った。と思ったかどうか定かではないが、満足した西園寺は、ふと部屋の中は煌々と明るいのに、奇妙な空気だな、と違和感を覚えた。

 何となく窓の外を見る。

 夕刻ではあるが、外の様子は――

 灰色だった。

「え?」

 その時だ。

 樫造りのドアが、奇妙なくらいすーっと開いた。

 後輩の四ノ宮千鶴が、音もなく俯いて立ち尽くしている。彼女の二本のおさげが、悄然と肩から垂れていた。

「千鶴。どうしたの?」

 蘭丸が心配そうに声をかける。大人しい生徒が多い学園でも、四ノ宮は特に声の小さい少女だ。何かあった? と蘭丸は眉根を寄せてさりげなく四ノ宮に寄り添う。

 ドぐされビッチだが、後輩の面倒見だけはかろうじて良い、と西園寺も認めるところだ。

「四ノ宮さん、相談ごとならお部屋に入ってらっしゃいな」

 人に聞かれたくないことなら――と西園寺も声かけしてやるが、反応はない。いや、四ノ宮が俯いたままぼそぼそと何か喋っていることに気づいた。

「何? 聞こえないよ、千鶴――」

 蘭丸が優しい低音のトーンで促した。

 彼女は後輩の四ノ宮の肩を抱き込むように手をかける。

 こういうことをするから王子だなんだと言われるのだ、と西園寺は心底腹が立った。

「へ?」

 だからだろうか。

 その声は、とても間抜けに聞こえた。

 私の声かしら、と気の抜けた間抜け面で西園寺は現実逃避した。

(だって)

 左腕が。

 肩口よりも胴体が斜め袈裟切りにされたように。

 切断されて。

 ごとん、と床に落ちた。

(蘭丸の馬鹿は両利きだけど、左利きなのよね)

 西園寺は茫然とし、思考が飛んでいく。

「――あがっ」

 蘭丸がバランスを崩し、床のカーペットに倒れ込む。飴細工のように停滞した時間が一気に動き出した。

「ら、蘭丸!?」

 全身から血の気が引く音を聞いた。西園寺は悲鳴を死ぬ気の理性で抑え込み、もつれる脚で大嫌いな女に駆け寄った。

 一体何が、と四ノ宮に「きゅうきゅうしゃを」と回らぬ舌で頼みかけた彼女は気がつく。

(どうしてだとか。どうやってだとか)

 ロジックを超越して、結論に辿り着く。

 人間の生存本能の為せる技か。

(やったのは、四ノ宮だ)

 それは推論を超えてはっきりと確信だった。

 西園寺は薙刀と合気道をたしなんでいる。蘭丸を抱え、咄嗟にカーペットを転がった。人体を抱えたままでは、完璧な受け身は取れない。

 それでも、生死を分けたのは咄嗟の判断だ。

 カーペットに穴が空く。

 西園寺は混乱していた。何より、刻一刻と失われていく命のけはいに焦燥で指先が震えて仕方なかった。

 わけが分からないが、四ノ宮がやっている。蘭丸は重傷だ。どうやって逃れたらいいのか、彼女は必死に頭を巡らせた。

「四ノ宮さん、止めて!」

 分からないなりに、理性に訴えることにした。一人ならともかく、重傷の蘭丸がいる。他に方法がない、と彼女は四宮の名前をひたすらに呼びかけ続ける。

 四ノ宮はブツブツとしきりに何か呟いている。

「……い。酷い。蘭丸先輩、は、あたしの、なのに。どうして、酷い」

 ゆらり、と彼女は顔を上げた。

「蘭丸先輩、あたしのものですよね」

 正気ではない。

 西園寺は心底ぞっとした。

(蘭丸ーっ、女子のストーカーメンヘラ殺人鬼なんて釣ってんじゃないわよおおおおおおっ、百合修羅場とか冗談じゃないわよ、だからあんたは考えなしのド腐れ低能だって言うのよおおおおおおお)

 非現実的な修羅場に直面して、西園寺は蘭丸を罵ることで理性を立て直した。

「わ、分かったわ。蘭丸はあなたのものよ。うん、間違いない。だからここは落ち着いて、四ノ宮さん」

「……………………らんまるせんぱいに、さわらないで」

 殺意、いただきました。

 と西園寺は顔面を引きつらせた。

 死んだ。これは死んだ。と西園寺が覚悟を決め、ぎゅっと蘭丸を抱きしめて何とか彼女を庇おうと覆い被さった瞬間。

 視界の端をありえないものが走った。

 リスのようなたぬきのような変な生き物。

 想像を絶する痛みが直後に襲う。

 果たして夢なのか。

 激痛が見せた幻想なのか。

 生き物が走って来て、目の前でちょこんと首を傾げた。

「ナイトメアと闘って欲しいでぷりん。君の命はもうすぐ尽きるでぷりん。戦士となるなら助けるでぷりん」

 ぷりんぷりんうるせえ、と西園寺は思った。動くことができればこの不愉快な語尾の生物を叩き潰していただろう。

 だが、助けてくれると言う。

 どの道この傷では助からない。

 意思表示しようとしたが、ごぷり、と口元に血が溢れた。

 だが、根性で西園寺は伝えた。

 溺れるものは泥船だろうと進んで乗るし、藁にすがって地獄へ落ちる。

 後にどれほど後悔したかしれない。

 しかし、同じ時、同じ場面が来るたびに、西園寺は同じ選択をするだろう。

(助けて。助けなさい。私を――蘭丸を)

「分かったでぷりん。二人とも同じ答えで良かったでぷりん。戦士よ、古代の戦士と融合するでぷりん!」

 このぷりん野郎、と西園寺は最後に思った。


 少女の身体を熱夢が支配する。

 傷が急速に塞がれて行く。

「戦士の武器よ! でぷりん。その辺の長いものを掴むでぷりん!」

 ぷりんぷりんと連発されると、少女は本気で殺意が沸いて来るが、熱に浮かされ、咄嗟に再度転がってテーブルの上のペンを掴む。蘭丸のものだが気にしている場合ではない。

「武器をイメージするでぷりん!」

 言われるまでもない。熱が教えてくれる。

「うらあっ」

 ぶん、と振った。薙刀だ。身体に引きつけて構え、敵と相対する。

 そう、敵だ。四ノ宮だったものは、

「ナイトメアでぷりん!」

 未確認ぷりん生物が何か喚いているが、すでに四ノ宮は人型ではなかった。触手の化け物だ。かろうじて人型を保っているが、もはや彼女を人間と呼ぶことはできないだろう。

「ってえ」

 よろよろと背後で蘭丸が立ち上がるけはいがする。西園寺同様、無理やり回復させられたらしい。腕一本失っておいて、どういうことなのか、あとで聞かねばならないだろう。

(だけど、今は!)

「あんた、すっこんでなさい!」

 薙刀を構えたまま、西園寺が語気も鋭く忠告すると、「はあ!?」と蘭丸は場違いにすっとんきょうな声を上げた。

「ったく、落とし前は自分でつけるっつーの。四ノ宮、更生させてやんよ!」

 武器も何もなく、蘭丸は裸の拳で「オラァッ!」と打撃を与えた。

 違う。

 ラッシュだ。

「オラオラオラオラオラオラオラ!!! これで最後だオラーーーーーー!!!」

 凄まじい気迫で拳が叩きつけられる。

(何という野蛮人)

 西園寺は別の意味で血の気を引いたが、触手の形をした固まりに無数の拳の穴がぼこぼこと空いて行く。

 素手で怪物を制圧する蘭丸だったが、死角から襲う触手に弾き飛ばされた。

「この間抜け!」

 フォローするわけではないが、代わりにスイッチするようにして西園寺が飛び出した。

 薙刀を繰り出す。突き、薙ぎ払い、攻防一体にしばらくやり合うが、決定打に欠ける。

「二人で力を合わせるでぷりん!」

 小動物が何か助言らしきものをしているが、無茶を通せば道理が引っ込むと思ったら大間違いである。

「蘭丸、私のサポートをしなさい!」

 薙刀を繰り出しながら背後で態勢を立て直す蘭丸に命令すると、

「ふざけんなっ、あんたが私のサポートしろっつーの!」

 条件反射で互いにぎりぎり睨み合い、同時に飛び出したはいいが、

「あいたっ」

「邪魔っ」

 空中でぶつかって一+一=二どころか、一+一=-二に変換してしまう二人である。

「……ちょっとは譲りなさいよ!」

「てめえこそ譲り合いの精神をちっとは発揮しろよ!」

「分かったわ。あなた私より年寄りなのね。年寄りを労わるためにも譲って上げるわ」

「ざけんな。おめーの方が五か月年上だろうがイネ科ババアッ」

「殺すぞ貴様ァッ! 貴様はッ! 言っては! いけないことを! 口にしたのだこのド低能のカスがああああああ!」

「うるせえええええええ! ちょっとばっかし成績がいいからって人のこと頭悪い頭悪い言うんじゃねえよ、ババアーーーーー!!!」 

 その時二人の心は一つになった。

 互いを心底罵倒し、相手を叩き潰したいという意味で、二人の心は等しくなったのだ。

「す、すごいでぷりん! 二人は一つで等しいでぷりん! これは拾いものだったぞ諸君ンンンンーーーーーー!!」

 小動物が大草原のミーアキャットのように二本足でにゅっと立ち上がり、絶叫する。

 そして二人も絶叫する。

「「語尾変わってんじゃねえええええええええええかあああああああああああああ!!!」」

 自然と互いの死角を殺すよう背中合わせになり、四ノ宮だったものに相対する。

 二人は同時に攻撃し、ありていに言って『何か凄い心のパワーで凄い必殺技が出た』。

 こんなの許されないよ、と古代の戦士の星幽体は呟いたと言う。

 


 気がつくと、灰色の世界は元に戻っていた。

 ぜえはあ、と荒い息で西園寺は窓の外の異様な光景が元に戻ったことに安堵の息を吐く。

「君は知の戦士でぷりん。君の気づいた通り、この空間はナイトメア空間になっていたでぷりん。選ばれたものしか存在できない空間でぷりん」

「黙れ小動物。あんたなんでもナイトメア言えば説明できていると思ったら大間違いだ。あとその偽りの語尾を止めろ」

 西園寺はすっと真顔になって薙刀の先を小動物に向けた。

「な、何をするでぷりん!? ボクは味方でぷりん!? 命の恩人でぷりん!?」

「あんた語尾といい、タイミングといい、胡散臭いのよ。わざと、よね?」

 西園寺は冷ややかな目で薙刀を突きつけた。

 登場のタイミングは、まるで彼女たち二人が断れない状況――死に至るような負傷――になるまで待っていたかのようなそれだった。

 そして戦士になれ、と小動物は持ちかけたのだ。

 断れば死。

 謀っていた、としか思えない。

 一方蘭丸は、慌てる小動物の目の前にしゃがみ込み、かいぐりかいぐりと乱暴にその頭を撫でる。わしづかみにしているという意味で、それは『撫でる』からは程遠いかもしれない。

「おー、味方のぷりんちゃん。いーこいーこでちゅねー。ちょっと大人のお話しまちょうかー。あんた、千鶴をぶったおせばもとに戻るって言ってたけど、千鶴どこにもいないじゃーん。どういうことかなー?」

「ちょ、待つでぷりん! あれは四ノ宮千鶴の星幽体がナイトメア化したものでぷりん! だから彼女の身体は別の場所にあるんでぷりん!」

「意味分かんねーし」

 ぎりぎりぎりとつかむ指に力が入って行く。素で怒る蘭丸に拷問は任せ、西園寺は『四ノ宮千鶴』とフルネームで小動物がすらすら名前を言ったことを頭に止めておく。

「と、とにかく、四ノ宮千鶴は無事でぷりん! あのままナイトメア化が進めば、本体もナイトメア化してもう二度と戻れなかったでぷりん! 君たちは彼女の魂を救ったでぷりん! 知と勇気の戦士の誕生をボクたちはとても喜んでいるでぷりん!」

「ボクたち――?」

 西園寺は言葉尻を捕えて思い切り眉根を寄せた。

「組織的犯罪なのね。いいわ、上と渡りをつけなさいよ。こっちも言いたいこと聞きたいこと色々あるわ。あんたみたいな末端じゃなくて上と話させてちょうだい。あと、遅くなったけれど、一応お礼を言っておくわ。ありがとう。どんな思惑であれ、助けてくれたことには間違いないものね」

「とんでもなく上から目線いただきましたーでぷりん」

「あんた語尾本当はぷりんじゃないでしょう」

「な、何のことでぷりん?」

 絶対中の人はあれだ、と西園寺の疑惑はますます深まって行く。しかしながら、と小動物の頭をぽむぽむ叩き出した蘭丸の後頭部をじっと見つめた。

(絶対、助かるはずもなかった――)

 肩口から斜め袈裟切りにされ、ごとん、と左腕が床のカーペットに落ちた音がした。

 今更ながらがくがくと脚が震えて来て、視界がぶれる感覚に西園寺は眩暈を覚え、薙刀にすがった。

「おう、本当に千鶴は無事なんだろうなあ、どう思う西園寺――って、え」

 しゃがみ込んだまま西園寺の方を振り返った蘭丸が口を開け、ぽかんとした顔で固まる。

 みるみる蘭丸の顔は困惑に染まり、「う、え、え?」と意味のないそれで固まった。

 何なのよ、と西園寺は言いかけて、声が出ないことに気づく。

 カーペットに次々と黒い染みが出来て行く。

 何よこれ、と西園寺は俯き、そのままずるずると薙刀に取りすがりながらしゃがみ込んだ。

 嗚咽も上げずに泣き出した西園寺の前で、蘭丸が右往左往したのはこの後である。

 ちなみに、翌日も二人は互いを罵倒し合うことにかけては関係を崩さなかった。



 

    


 

  


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