誤解だああ!!
今度の僕は、眼鏡をかけ直すこともできなかった。
“ひろってください。”と、そんなプレートはせいぜい子猫にしか使えないんじゃないの? それとも最近は、“ひろってください。”と書いた段ボールを首からぶら下げるプレイがあるのか? そんなの喜ぶとしても、酔っぱらったおじさんくらいなんじゃ。
ていうかこれ、明らかに危険だろ!!
僕はフリーズしていた体を無理に動かし、頭の中にあふれる膨大な量の言葉を対処しきれないまま、少女のところへ近づいて行った。
改めて見る少女はやっぱり美人で、それでいてか弱げでかわいい。
眉毛の下あたりで切りそろえられた淡い赤色のさらさらの前髪からのぞく目はきれいな青色で、長いまつげでふちどられ、真ん丸で、大きい。ぱっちり見開かれているというより、寝起きのぼんやりした感じだ。中央にある鼻もきれいで、唇もサクランボみたいな色をしていた。細い首筋、少しだけ見える鎖骨、ぺたんこの胸、まっすぐなワンピースの↓から覗く小さくてきれいなひざ、細い脚。お人形みたいでありながら唯一、唇の下あたりにある小さなほくろがチャーミングだ。
そんな全国のお兄さんが鼻血を吹きそうな女の子が、首から“ひろってください。”プレートを下げている。ゆゆしき問題だ社会的な問題だ早く助けなければあ。
「ああああの、き、君!!」
僕がなんとかそう言うと、女の子は無表情のままこちらを向いた。無表情だからといて冷たさは感じられず、どこか目の奥で好奇心がくすぶっているように見える。かもしれない。
僕は自分が地球の前のミジンコになった気分で、自分より小さいその女の子の前で縮こまった。
「そ、それ、とった方がいーと思いまして! はい! あ、あはははははは!!」
そこであくびをしている猫に、僕は今何を言ったのか教えてもらいたい。猫の手も借りたいって、こういうことか。
女の子は何か言いたげに口を開きかけたけど、すぐに閉じて、僕が指した先の自分の胸のあたりを触った。段ボールを見て、口をへの字にして、眉をひそめる。何か言おうとして、やめて、首をかしげた。
その一連の動作を見て、この子は字が読めないんじゃないのかと、僕は思わず疑ってしまった。
しかし別にそんなことも無いようで、女の子は静かにそれを読み上げる。
「ひ、ろって、く、だ、さ、い…………」
女の子というより、少年といったかんじの凛と澄んだ声だった。
僕は唾を飲んで、彼女を見守る。
そして、びっくりして、目をむいた。
女の子は羞恥と怒りで顔をまっかにして、口を引き結んで、涙目で、何故か僕を睨んでいた。
え? なんで? 僕? え?
…………もしかして、僕がやったと思ってる?
それに気づいた瞬間、女の子が口を開きかけた。
うわああああああああ、もしここで悲鳴とかあげられたら困るうううう!!!!
「き……」
「違うんだあああああ!! うわあああああああ!!!!」
僕は真っ青で絶叫して、家へ向かって全速力で走り始めた。
誤解って怖いです。