ゴミ溜めの暗殺者
「悪徳親子」と同じ時制です。
生まれた時から、少年はゴミ溜めにいた。
汚い場所で――――どうして生まれたのか。誰から生まれたのか。なぜ生きているのか。―――― 名前も、言葉も、何にもわからないまま、それでも息をし続けていた。
ある日、そんな少年に誰かが声をかけた。
『よお、少年。汚いなりしてるくせに、元気そうだな。』
そういう彼も、酷い格好をしていたが、少年は何も言わなかった。そもそも、言える言葉はひとつたりとも持っていなかった。
彼はニヤリと笑って、少年に手を伸ばした。
『やることがないなら、俺と一緒に来ないか?こんな、ただ“汚い”だけの場所より、“汚くて”“怖くて”“暗くて”“楽しい”場所の方がいいだろ?』
彼の提案は――――――言葉を知らない少年にとって、ほとんど理解できない内容だったが―――――輝いて聞こえた。少年の直感は、この人が自分に“何か”を与えてくれると・・・・・・そしてそれは、きっと自分がこのまま生きていく上で、必要なものなのだと、語っていた。
少年は黙って、彼の手を取った。硬い手のひら。少年と同じ温度の手のひらは、決して暖かいものではなかったが・・・・・・これが、少年が初めて知った“ぬくもり”だった。
『よし、それじゃあ、行こう。』
そうして、少年は男に手を引かれ、ごみ溜めのような場所を後にし―――――――――遺体安置所のような場所に、足を踏み入れたのであった。
***
「国王及び、第一王子を暗殺して欲しい。」
暗殺者――――かつて少年だった彼のもとに、そんな依頼が来たのは、2日前の早朝のことだった。
依頼主は“とある御方”と名乗る者で、実際に暗殺者のもとへ来たのはその使者である。
「金なら用意してある。これだけあれば、充分だろう?依頼が無事に達成された暁には、更に追加で払うとの仰せだ。」
と渡された鞄の中には、金貨がこれでもかと言うほど詰め込まれていた。
暗殺者は、しばらくの間それを黙って見つめていたが、やがて
「・・・・・・承知した。」
ポツリと呟き、金を受け取った。
使者が帰ると、暗殺者はおもむろに、身なりを整え始めた。品のいい服を着て、髪を整え、口元に柔らかい笑みを浮かべると、彼はまるで貴族のような好青年になる。変装は彼の得意技だった。その時々に応じて、年寄りにも女性にも変身し、任務を遂行するのである。
それから彼は、鞄の中から金貨を一掴み取り出して、家を出た。城下町に向かう。出国許可証を手に入れるためだ。
(これを最後に、国を出よう・・・・・・。)
暗殺者は潮時を敏感に読んでいた。
(おそらく・・・・・・依頼主は大臣だな。王族根絶やしは狙ってないようだから、第2王女を即位させて、政を操りたいのだろう。―――――――“追加の金”?どうせ、それを餌におびき寄せて、殺すつもりだろうな・・・。まぁ、大臣ごときが集めた私兵に、みすみす殺されるつもりは無いが。)
それでも、面倒事は出来るだけ避けたい暗殺者だった。
だからと言って、依頼を受けないのも信用に関わる。何より、出国に必要な金が欲しい。それには、前金だけで充分だった。
城下に着いた。通りは人が多く、賑やかだ。暗殺者は人波に乗り―――――不意に、足を止めた。顔見知りがいたのだ。咄嗟に身を隠そうとした暗殺者だったが、一瞬の躊躇が明暗を分けた。
「あー、ザックだ。」
いつもと同じ呑気な笑顔を浮かべたそいつが、手を振りながら近づいてくる。もう逃げられない。暗殺者は腹を括って、仕方なく、旧友を迎えた。
「・・・・・・久しぶりだな、フェル。」