表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
王国脱走物語  作者: 井ノ下功
エピローグ
88/90

5年後の国王

 

 5年後の昼下がり。

 国王はただ1人、王宮の裏庭の人目につかない所で休憩していた。

 かの王国エスカピエの国王は、誰からも愛される立派な統治を敷いていた。

 しかし、鎖国の状態はそのままであった。近年 活発になってきた他の国々の情勢を見ると、いつまでもこのままではいられない。開国要請の圧力も強まってきた。それでも何もしようとしない国王に対し、政府の人間は焦り始め、その焦りは徐々に、国民にも伝播しつつある。

 裏庭のさらに奥にあるベンチで一息つく国王のもとに、彼の側近――――ミシェルが、やってきた。


「――――陛下?」

「ん?・・・あぁ、お前か。」

「あまり御一人で出歩かれないでください。何かあったら、どうなさるおつもりですか?」

「何もないさ。たとえ何かが起ころうと、私に万が一は無い。」

「億が一はあるのですね?」

「あまり深読みをするな。」


 軽口を叩きあいながら、ミシェルは心中で眉をひそめる。やはり、何か違う。この5年間消えたことの無い微かな違和感が、どことも知れぬどこかにある。気にしなければ気にならないのだが・・・。


「・・・・・・なぁ。」


 しばしの沈黙を挟んで、国王はミシェルに声をかけた。


「私は、国王として上手くやれているか?」

「っ、勿論ですとも!」


 ミシェルは即答した――――――驚きと不審を押さえつけて。


「あなた様は最高の賢君です! 先王様亡き後を、立派に治められております! 何を不安に思うことがありますか!」

「そうか・・・・・・。お前がそう言うのならば、私は上手くやりきれたのだな。」


 良かった良かった――――――そう呟いて、国王は立ち上がった。そして、目の前の塀に向かって話しかけた。


「時間だ。いるのだろう? 早く出てこい。」

「陛下・・・?」

「――――――さすがに、バレてたか。」


 ミシェルの戸惑う声を打ち消すように、塀の向こうから、返事とともに人影が飛び込んできた。

 汚い、というよりは、着古した、というような服装。長い髪を乱雑に後ろでくくり、深く帽子を被った、見るからに怪しい青年だ。

 だというのに、何故かミシェルは、この人を敵だと思えなかった。


「やぁ、久しぶりだな! 元気だったか?」

「あぁ、どうにか生きてはいるぞ。そういうお前はどうだったのだ? 外の世界は、楽しかったか?」

「そりゃもう! 最高だったさ!」

「そうか、それは良かった。代わってやった甲斐があったな。」

「あぁ、お前には本当に感謝してる。いくら感謝してもし足りないくらいだ。」


 現れた青年は国王と馴れ馴れしく話している。ミシェルは何をどうするべきなのか、まったくわからなくなっていた。

 2人は淡々と、話を進めていく。


「5年間、お疲れ! これ、報酬な。俺がこの5年間で稼いだ全財産だ。あと、商人証な。悪ぃ、お前の名前 借りた。」

「あぁ、確かに受け取った。名前など構わぬ。むしろ有難い。」

「そうか、なら良かった。――――――お前、随分口調変わったな。国王らしいじゃん。」

「お前の方こそ。まったく一般市民と変わりなくなったな。・・・お互い、戻さなければいけないな。」

「そうだなぁ。一人称も“私”にしなきゃな。」

「私もだ。“俺”にしなければな。」


 2人はそう言って、上着を脱いだ。そしてそれを互いに渡す。国王が上着の下に着ていたのは、平民にも混ざれるような簡素な服で、青年から受け取った帽子を被ると、それだけで誰だか分からなくなった。


「――――――さて、じゃあな、“ラヴィ”。」

「あぁ、さよならだ、“ザック”。また何かあったら、よろしく頼む。」

「・・・考えておこう。」


 気付くと、国王の顔はミシェルの知らない人間のものになっていた。顔が変わった所為だろうか、声までも変化したようだ。見知らぬ国王は見知らぬ人の上着を着て、一足で塀を飛び越えて消えていった。

 あとには、国王の上着を着た見知らぬ人と、呆然とするミシェルが残された。


「さて、と。」


 と彼はミシェルを振り返った。そして悪戯っ子のように笑い、人差し指を口元に立てる。


「今のことは他言無用だ。わかってるな? ミシェル。」


 そう言ったその声、その顔は、まさしく国王その人の物であった。違和感など、何一つ、無い。


(まさか・・・・・・まさか、今までの陛下は・・・――――――?)


 ミシェルの驚愕を知ってか知らずか、おそらくはよく分かった上で、国王・ラヴィはニヤリと笑って言った。


「悪いな、何度も騙して。恨むなよ、ミシェル。」

「えっ、あっ・・・。」

「さぁーて、これから忙しくなるぞ! ――――――開国の準備だ。俺の・・・私の手で、この国を変える!」

「へ、陛下・・・?」

「ついてこいミシェル。休んではいられないぞ!」


 堂々と宣言した彼は、紛れもなく国王だった。

 しばしミシェルは何も言えず――――――5年前からずっと、事件は続いていたのか。第1王子はあのまま外へ行き、同時に、この国を支えてもいた。問題は? ・・・無い。たぶん、私に内緒で入れ替わることなど、簡単だったはずだ。それを、わざわざ私の目につくようにやってくれたのは・・・――――――大きく1つ深呼吸をしてから、頷いた。


「はいっ! ――――どこまでも、お伴いたします!」


 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ