5年後の国王
5年後の昼下がり。
国王はただ1人、王宮の裏庭の人目につかない所で休憩していた。
かの王国エスカピエの国王は、誰からも愛される立派な統治を敷いていた。
しかし、鎖国の状態はそのままであった。近年 活発になってきた他の国々の情勢を見ると、いつまでもこのままではいられない。開国要請の圧力も強まってきた。それでも何もしようとしない国王に対し、政府の人間は焦り始め、その焦りは徐々に、国民にも伝播しつつある。
裏庭のさらに奥にあるベンチで一息つく国王のもとに、彼の側近――――ミシェルが、やってきた。
「――――陛下?」
「ん?・・・あぁ、お前か。」
「あまり御一人で出歩かれないでください。何かあったら、どうなさるおつもりですか?」
「何もないさ。たとえ何かが起ころうと、私に万が一は無い。」
「億が一はあるのですね?」
「あまり深読みをするな。」
軽口を叩きあいながら、ミシェルは心中で眉をひそめる。やはり、何か違う。この5年間消えたことの無い微かな違和感が、どことも知れぬどこかにある。気にしなければ気にならないのだが・・・。
「・・・・・・なぁ。」
しばしの沈黙を挟んで、国王はミシェルに声をかけた。
「私は、国王として上手くやれているか?」
「っ、勿論ですとも!」
ミシェルは即答した――――――驚きと不審を押さえつけて。
「あなた様は最高の賢君です! 先王様亡き後を、立派に治められております! 何を不安に思うことがありますか!」
「そうか・・・・・・。お前がそう言うのならば、私は上手くやりきれたのだな。」
良かった良かった――――――そう呟いて、国王は立ち上がった。そして、目の前の塀に向かって話しかけた。
「時間だ。いるのだろう? 早く出てこい。」
「陛下・・・?」
「――――――さすがに、バレてたか。」
ミシェルの戸惑う声を打ち消すように、塀の向こうから、返事とともに人影が飛び込んできた。
汚い、というよりは、着古した、というような服装。長い髪を乱雑に後ろでくくり、深く帽子を被った、見るからに怪しい青年だ。
だというのに、何故かミシェルは、この人を敵だと思えなかった。
「やぁ、久しぶりだな! 元気だったか?」
「あぁ、どうにか生きてはいるぞ。そういうお前はどうだったのだ? 外の世界は、楽しかったか?」
「そりゃもう! 最高だったさ!」
「そうか、それは良かった。代わってやった甲斐があったな。」
「あぁ、お前には本当に感謝してる。いくら感謝してもし足りないくらいだ。」
現れた青年は国王と馴れ馴れしく話している。ミシェルは何をどうするべきなのか、まったくわからなくなっていた。
2人は淡々と、話を進めていく。
「5年間、お疲れ! これ、報酬な。俺がこの5年間で稼いだ全財産だ。あと、商人証な。悪ぃ、お前の名前 借りた。」
「あぁ、確かに受け取った。名前など構わぬ。むしろ有難い。」
「そうか、なら良かった。――――――お前、随分口調変わったな。国王らしいじゃん。」
「お前の方こそ。まったく一般市民と変わりなくなったな。・・・お互い、戻さなければいけないな。」
「そうだなぁ。一人称も“私”にしなきゃな。」
「私もだ。“俺”にしなければな。」
2人はそう言って、上着を脱いだ。そしてそれを互いに渡す。国王が上着の下に着ていたのは、平民にも混ざれるような簡素な服で、青年から受け取った帽子を被ると、それだけで誰だか分からなくなった。
「――――――さて、じゃあな、“ラヴィ”。」
「あぁ、さよならだ、“ザック”。また何かあったら、よろしく頼む。」
「・・・考えておこう。」
気付くと、国王の顔はミシェルの知らない人間のものになっていた。顔が変わった所為だろうか、声までも変化したようだ。見知らぬ国王は見知らぬ人の上着を着て、一足で塀を飛び越えて消えていった。
あとには、国王の上着を着た見知らぬ人と、呆然とするミシェルが残された。
「さて、と。」
と彼はミシェルを振り返った。そして悪戯っ子のように笑い、人差し指を口元に立てる。
「今のことは他言無用だ。わかってるな? ミシェル。」
そう言ったその声、その顔は、まさしく国王その人の物であった。違和感など、何一つ、無い。
(まさか・・・・・・まさか、今までの陛下は・・・――――――?)
ミシェルの驚愕を知ってか知らずか、おそらくはよく分かった上で、国王・ラヴィはニヤリと笑って言った。
「悪いな、何度も騙して。恨むなよ、ミシェル。」
「えっ、あっ・・・。」
「さぁーて、これから忙しくなるぞ! ――――――開国の準備だ。俺の・・・私の手で、この国を変える!」
「へ、陛下・・・?」
「ついてこいミシェル。休んではいられないぞ!」
堂々と宣言した彼は、紛れもなく国王だった。
しばしミシェルは何も言えず――――――5年前からずっと、事件は続いていたのか。第1王子はあのまま外へ行き、同時に、この国を支えてもいた。問題は? ・・・無い。たぶん、私に内緒で入れ替わることなど、簡単だったはずだ。それを、わざわざ私の目につくようにやってくれたのは・・・――――――大きく1つ深呼吸をしてから、頷いた。
「はいっ! ――――どこまでも、お伴いたします!」




