右大臣の処分
やがて、静まり返った謁見の間に、第1王子が第3王子を伴って現れた。シルヴィアを除く全ての臣下たちが跪き、頭を垂れる。
玉座は数段高い台の上に据え付けられている。第3王子はその段の手前に立ち止まり、第1王子は段を上りきって、しかし玉座には着かず横に立ち並んだ。
「面を上げよ。」
しゃんと伸びた声が高い天井に谺し、人々の意識を否応なく引き締めさせた。膝を上げ、直立不動になる。
「―――――・・・さて、一連の事件に、片を付けよう。」
第1王子は緩慢な瞬きを1つした。腹を括るように息を吸って、吐いて、唇を引き結ぶ。
「右大臣アルシエ・スティングル――――前へ!」
当然の宣告に俯いたのは、妹の方だった。
名を呼ばれた当の本人は、表情を消した顔をコンマ1ミリたりとも動かさず、平然とした態度で前へ出てきて跪いた。
第1王子はもう一度深呼吸をした。
「――――――そなたが、国王の暗殺を命じ、国家の掌握を画策したというのは、真か。」
「はい。」
「異議申し立て、その他弁明が有れば聞くが。」
「今更、そのようなものは何も。」
「・・・己の所業を、罪と認めるか。」
「どのような罰も、甘んじて。」
「何故、このような事を?」
「殿下にお話しすることは何もございません。私は国王陛下を暗殺し、第1王子様と第2王女様のことも殺害しようと致しました。それだけが、真実です。」
「――――――・・・そうか。では、私が話そう。」
そこで初めて、右大臣は胡乱げに顔を歪め、第1王子を見上げた。
「生誕1361年5月、時の右大臣アルバート・スティングルを、謀反の疑い有りとして罷免。スティングル家の貴族位を2等級降格した。事の発端はそこだろう?」
「・・・・・・。」
「お前が怒っている理由は、それが無実の罪だったから、だな。」
右大臣は思わず立ち上がりかけ、浮かんだ上体を咄嗟に押し留めた。アリシアが目を見開いて、何か言いかけて口をつぐんだ。
「私が知らないと思っていたか。・・・まぁ、そうだろうな。私が知ったのはついさっきのことだ。父上は、最初から全てを知っていたようだが。」
「知っ・・・知って、いたのなら、尚更、なぜ、何故っ!」
「カルディア。」
「はい。」
顎で命じられた第3王子が、慌てる従者を差し置いて、自ら右大臣に近づいていき、綺麗に装丁された分厚い本を差し出した。
「栞が挟まっているところを、見てみてください。」
右大臣は大人しくそれを受け取って、一ヶ所目――――の花の透かしで飾られた金色の栞の場所を開いた。
『S1361.5.1
右大臣アルバート・スティングルを、謀反の疑い有りとして免職。貴族位を2等級降格。
事の真相を私は知っている。知っていて、何も出来なかった。他に手が無かったものか?』
二ヶ所目――――猫の形をした黒い栞の場所を開く。
『S1371.4.1
アルバート・スティングルの嫡男アルシエ・スティングルが王府に入った。
左大臣ランバス・ハーシードは反対したが、押し切ることに成功。贖罪にもならないが、何もしないよりはマシか。』
三ヶ所目――――何の飾りもない、短冊形の栞が挟まっている場所を、震える手で開いた。
『S1976.4.3
アルシエ・スティングルを右大臣に任命。同時に、彼の妹アリシア・スティングルを、第2王女シルヴィア付きの従者として雇用。
贖罪ではない。彼の功績は目覚ましく、彼の能力はこの国において必要不可欠だ。左大臣ランバス・ハーシードも反対しなかった。今後の活躍に期待。』
右大臣が読み終わったのを見てとり、第1王子は言った。
「それは、私の父上の手記だ。父上は全てを知っていた。そして――――――私の父上が知っているということを、お前の父も知っていた。」
「っ・・・・・・。」
「もちろん、だからと言って許しを乞うわけではない。どうにもできず、お前の父親が切り捨てられたのは事実だ。・・・お前が復讐を遂げたことも、また、な。」
「・・・・・・そうですね。」
右大臣はようやく頷いて、手記を閉じると、第3王子に返した。第3王子は黙ってそれを受け取って、もとの位置に戻った。
右大臣に、謝るつもりは無かった。知らなかった事実が心の中のだだっ広い空間に転がって、カタカタと音を立てるが、心を大きく揺さぶる程の振動は生まれない。ここまで空虚な気持ちになるとは思わなかった。どうなってもいい、死んでも良い、と燃えていた感情は、今やすっかり鎮火されてしまっていた。
「――――――処分を、言い渡す。」
おそらくは、いや間違いなく、死刑だ。国王を殺した罪を、自分1人の命で償えるものなら安い。家もとり潰されるだろう・・・――――――初めて、右大臣は妹に「悪い。」と思った。
思ってから、自嘲する。
(・・・殺しかけておいて、今更だな、“悪い”だなんて。きっと、私のような兄、死んでくれたら助かるとしか思っていないだろう・・・。)
第1王子が宣告する。
「右大臣、アルシエ・スティングル。貴公を――――――」
「お待ちください、第1王子様っ!」




