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王国脱走物語  作者: 井ノ下功
第3章
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右大臣の処分

 

 やがて、静まり返った謁見の間に、第1王子が第3王子を伴って現れた。シルヴィアを除く全ての臣下たちが跪き、頭を垂れる。

 玉座は数段高い台の上に据え付けられている。第3王子はその段の手前に立ち止まり、第1王子は段を上りきって、しかし玉座には着かず横に立ち並んだ。


「面を上げよ。」


 しゃんと伸びた声が高い天井に谺し、人々の意識を否応なく引き締めさせた。膝を上げ、直立不動になる。


「―――――・・・さて、一連の事件に、片を付けよう。」


 第1王子は緩慢な瞬きを1つした。腹を括るように息を吸って、吐いて、唇を引き結ぶ。


「右大臣アルシエ・スティングル――――前へ!」


 当然の宣告に俯いたのは、妹の方だった。

 名を呼ばれた当の本人は、表情を消した顔をコンマ1ミリたりとも動かさず、平然とした態度で前へ出てきて跪いた。

 第1王子はもう一度深呼吸をした。


「――――――そなたが、国王の暗殺を命じ、国家の掌握を画策したというのは、真か。」

「はい。」

「異議申し立て、その他弁明が有れば聞くが。」

「今更、そのようなものは何も。」

「・・・己の所業を、罪と認めるか。」

「どのような罰も、甘んじて。」

「何故、このような事を?」

「殿下にお話しすることは何もございません。私は国王陛下を暗殺し、第1王子様と第2王女様のことも殺害しようと致しました。それだけが、真実です。」

「――――――・・・そうか。では、私が話そう。」


 そこで初めて、右大臣は胡乱げに顔を歪め、第1王子を見上げた。


「生誕1361年5月、時の右大臣アルバート・スティングルを、謀反の疑い有りとして罷免。スティングル家の貴族位を2等級降格した。事の発端はそこだろう?」

「・・・・・・。」

「お前が怒っている理由は、それが無実の罪だったから、だな。」


 右大臣は思わず立ち上がりかけ、浮かんだ上体を咄嗟に押し留めた。アリシアが目を見開いて、何か言いかけて口をつぐんだ。


「私が知らないと思っていたか。・・・まぁ、そうだろうな。私が知ったのはついさっきのことだ。父上は、最初から全てを知っていたようだが。」

「知っ・・・知って、いたのなら、尚更、なぜ、何故っ!」

「カルディア。」

「はい。」


 顎で命じられた第3王子が、慌てる従者を差し置いて、自ら右大臣に近づいていき、綺麗に装丁された分厚い本を差し出した。


「栞が挟まっているところを、見てみてください。」


 右大臣は大人しくそれを受け取って、一ヶ所目――――の花の透かしで飾られた金色の栞の場所を開いた。


『S1361.5.1

右大臣アルバート・スティングルを、謀反の疑い有りとして免職。貴族位を2等級降格。

事の真相を私は知っている。知っていて、何も出来なかった。他に手が無かったものか?』


 二ヶ所目――――猫の形をした黒い栞の場所を開く。


『S1371.4.1

アルバート・スティングルの嫡男アルシエ・スティングルが王府に入った。

左大臣ランバス・ハーシードは反対したが、押し切ることに成功。贖罪にもならないが、何もしないよりはマシか。』


 三ヶ所目――――何の飾りもない、短冊形の栞が挟まっている場所を、震える手で開いた。


『S1976.4.3

アルシエ・スティングルを右大臣に任命。同時に、彼の妹アリシア・スティングルを、第2王女シルヴィア付きの従者として雇用。

贖罪ではない。彼の功績は目覚ましく、彼の能力はこの国において必要不可欠だ。左大臣ランバス・ハーシードも反対しなかった。今後の活躍に期待。』


 右大臣が読み終わったのを見てとり、第1王子は言った。


「それは、私の父上の手記だ。父上は全てを知っていた。そして――――――私の父上が知っているということを、お前の父も知っていた。」

「っ・・・・・・。」

「もちろん、だからと言って許しを乞うわけではない。どうにもできず、お前の父親が切り捨てられたのは事実だ。・・・お前が復讐を遂げたことも、また、な。」

「・・・・・・そうですね。」


 右大臣はようやく頷いて、手記を閉じると、第3王子に返した。第3王子は黙ってそれを受け取って、もとの位置に戻った。

 右大臣に、謝るつもりは無かった。知らなかった事実が心の中のだだっ広い空間に転がって、カタカタと音を立てるが、心を大きく揺さぶる程の振動は生まれない。ここまで空虚な気持ちになるとは思わなかった。どうなってもいい、死んでも良い、と燃えていた感情は、今やすっかり鎮火されてしまっていた。


「――――――処分を、言い渡す。」


 おそらくは、いや間違いなく、死刑だ。国王を殺した罪を、自分1人の命で償えるものなら安い。家もとり潰されるだろう・・・――――――初めて、右大臣は妹に「悪い。」と思った。

 思ってから、自嘲する。


(・・・殺しかけておいて、今更だな、“悪い”だなんて。きっと、私のような兄、死んでくれたら助かるとしか思っていないだろう・・・。)


 第1王子が宣告する。


「右大臣、アルシエ・スティングル。貴公を――――――」

「お待ちください、第1王子様っ!」

 

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