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王国脱走物語  作者: 井ノ下功
第3章
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溜め息をつく2人

 

 広場を蝕んでいた呪いが一瞬で凝縮し、くるりと矛先を変え、使用者に牙を向く。占い師が絶叫し、血を吐いた。

 呪いから解放されたザックが、誰にも見られない速さでナイフを放つ。


(仕込んでおいて良かったな・・・。)


 あまり使わない手だが、麻痺毒という物はなかなかに役に立つ。何せ、どこであろうと刺さってしまえば、戦闘不能に陥らせることができるのだから。

 あっという間に敵の連中を制圧し、第1王子と暗殺者は商人に駆け寄った。


「フェル!」

「フェル、大丈夫か?!」


 言いつつ、ラヴィが魔術を一瞬で組み上げ、外傷を塞ぐ。


「うぅ、っ・・・・・・。」

「フェル、すまない。すまなかった、巻き込んで。私が、お前に我が儘を言ったばかりに・・・――――――」


 ラヴィが両手を地に突いて、懺悔するように頭を垂れた。


「ラヴィ。」

「っ・・・。」


 ザックがたしなめるようにラヴィの耳元で囁いて、ラヴィは口を閉ざした。

 咳払いが1つ、小さな喧騒の中に沈んで消えた。


「フェル、立てるか?」

「うん・・・大丈夫。ありがとう、ラヴィさん。」


 暗殺者の手を借りて上体を起こした商人が、第1王子に向かって礼を言った。王子は険しい顔で首を振った。


「・・・礼など、言われる資格は無い。」

「いえ、ありますよ。」


 商人は、まだ傷の残っている顔でにこやかに笑った。


「ラヴィさんは確かに、全ての原因になったかもしれない。でも、それをきっかけに仕立てあげて、実際に動いたのは向こうの方です。それに、ラヴィさんに付き合うって決めたのは僕自身です。全部が全部、ラヴィさんの責任であるわけじゃ無いんですよ。」

「フェル・・・。」

「それに、ラヴィさんは僕の怪我を治してくれたじゃないですか。それだけで、充分ですよ。」

「・・・そうか、ありがとう。本当に、ありがとう――――――」


 顔を情けなく歪めて、フェルに頭を下げた第1王子が、不意に、振り返って背後を見た。突き刺すような殺気を感じたからだ。


(敵がまだ居たのか・・・!)


 路地裏にいる騎士然とした男が、弓矢を構えてこちらを狙っている。銀色の矢じりが鋭利な輝きを放って、次の瞬間放たれた。

 矢が、空気を切り裂きながら、第1王子目掛けてまっすぐ飛んでくる。

 それを真っ向から見据えて、一歩も逃げずに迎え撃とうとした第1王子のその視線の前に、別の影が立ちはだかった。

 目を見開く王子の前で、その人は肩に矢を突き刺し、走ってきた勢いのまま転んで倒れた。


「・・・っつぅ・・・。」


 第1王子はその人の顔を見て、絶句した。

 第3王子カルディアは、初めて受けた鋭く焼けるような痛みに顔をしかめながら、どうにか第1王子を見上げた。


「兄上、ごぶじで、すか?」


 第1王子は咄嗟に答えられず、一呼吸置いて彼の肩に手をかけた。


「・・・カルディア? お前、どうしてここに・・・?」

「そんなことより、早く、出国して、ください。国のことは、僕と、姉上で、どうにか―――――――――――・・・?」


 第1王子をじっ・・・と見つめていたカルディアは、不意に言葉を詰まらせた。

 その彼に第1王子は柔らかく微笑みかけて、『もう喋るな』と唇の前に人差し指を立てた。

 暗殺者が近寄ってきて、カルディアの手に何かを握らせた。いつか彼が渡したブローチだった。


「・・・指輪の方は貰うぞ。いろいろと、訳あってな。」


 それから耳元に一言二言囁いて、唇の両端を持ち上げた。第3王子が呆気に取られて、口を開け閉めする。

 第1王子が、無造作に矢に手をかけた。


「抜くぞ。痛いだろうが、我慢しろ。」

「えっ――――――うっ、痛っ!」


 あっさり抜かれた矢の傷口から、血が溢れ出す。ラヴィがそこをさらりと撫でると、出てきた血だけを残して傷が塞がった。

 血のこびり付いた矢を手の中で(もてあそ)び、ラヴィは溜め息混じりに呟いた。


「【闇よ、我らに仇なす者共へ、相応の対価を支払わせよ、矢に宿りし悪意の源へ、猛獣が牙を向くように、奴隷が反旗を翻すように、同じ速度で立ち返りその仇をなせ】」


 言い終わると同時に矢を放り投げる。くるくると回りながら宙に放られた矢が、真っ黒い光を纏って、放たれてきた方向を向いた―――――次の瞬間、やってきた速度と同じ速さで、自然に飛び出す。矢が路地裏に消えた直後に誰かの悲鳴が聞こえた。


「よし。」


 ラヴィがひとつ頷く。ザックがそれを軽く睨んだ。

 用は済んだと言わんばかりに、暗殺者がふいとそっぽを向いて、フェルの元へ戻っていった。


「さて、大丈夫か? カルディア。」

「あ、はい・・・大丈夫です。」


 カルディアが起き上がると同時に、同じ路地裏から騎士たちがどやどやと出てきた。いや、ただ出てきた、というより、逃げ出してきた、という感じに見えた。

 普通の騎士が数人出てきて、そのあとから矢を肩に刺した騎士と、頭から血を流した文官が、互いに肩を貸しながらまろびでてきた。


「待てゴラァッ!」


 続いて怒り狂っている魔導士が、広場に足を踏み入れて、立ち止まった。第1王子と暗殺者を見て、一瞬、目を見開き、すぐに尖ったものに戻して睥睨する。


(また、混沌としてきたな・・・。)


 ラヴィとザックの溜め息が被った。

 

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