箱入り王子と魔術士
喉元に刀印を形作った指先が突き付けられ、第3王子は息を飲んだ。ノイズに感覚を鈍らされていて、まったく気付かなかった。
「やっぱり、さっきのは偶然とハッタリだったのか・・・。」
「あな、たは・・・さっきの・・・・・・。」
「動くなよ。下手な真似はするな。そっちのお前もだ。動いたら殺す。大人しく、第1王子どもが死ぬのを見てろ。」
傭兵ミルが、第3王子を盾にミシェルを脅す。動きを封じられて、第3王子もミシェルも歯噛みした。
広場の騒動に釘付けになっていた人々が、平行して起きたこちらの騒動に気付き、いっそうざわめき出す。第3王子が苦しげに表情を歪めた。
「――――さて、俺が何故、すぐにお前を殺さないか、分かるか?」
「・・・・・・。」
「聞かせろ。お前は何者だ?」
「・・・・・・・・・。」
第3王子は黙り込んで、決意した。
「・・・ミシェル殿、僕のことは構わないで、行ってください。」
「えっ、し、しかし・・・っ!」
「兄の方を優先すべきです。行ってください!」
「はっ、大した自己犠牲だな。―――反吐が出る。」
嘲笑し、吐き捨てた傭兵が、鉤状にした指を喉仏に強く食い込ませる。絞め殺された蛙のような悲痛な音が、第3王子の喉の奥から漏れ出た。それで、ますますミシェルは動けなくなる。
「さっきのがハッタリでないなら、お前には分かるだろ? どれだけ素早く動こうが、俺はお前らを2人同時に、殺すことが出来る。ほら――――――」
傭兵に掴まれている左腕が、熱を感知した。傭兵の左手に熱が発生している。魔力が集まっているのだ。
(あ・・・うぅ・・・まずい、痛い、やばい、殺される。――――殺される。)
第3王子の瞳が恐怖に揺れる。負けてはいけない、と告げる心の声が、徐々に小さくなっていく。
傭兵は鼻で笑った。こんなガキに謀られたとは、己もまだまだ未熟者である。
喉元の圧迫を少し緩め、耳へ蝋を流し込むように声を垂らす。
「名を名乗れ、ガキ。呪い殺してやるよ。」
「・・・・・・。」
「そっちの方がいいだろう? 周りにも被害が出ないんだから、なぁ。」
「・・・・・・・・・僕、は・・・」
何の所為か、おそらくは今この状況すべての所為で、目の奥がチカチカして頭が朦朧としてきた第3王子は、何がどうなろうとどうでも良くなってきてしまった。
(やっぱ・・・駄目だった。今まで何もしてこなかった奴が、今更やる気を出したところで、遅いんだ。兄上のようになることは勿論、兄上の助けになることも出来ない・・・。)
希望は失われ、覚悟は揺らがされ、点いたばかりの火種は薪に燃え移らず、第3王子を臆病者に戻す。すべてを流れるに任せ、人の言うことに従うことの容易さを思い出した彼は、指示通り名乗ろうと口を開き、
「―――――わっ、わかりましたぁっ!」
叫んだのはミシェルだった。
「申し訳ありません! カルディア様の仰せの通り、行かせていただきますっ! 本当に申し訳ありませんっ!!」
言うが早いか走り出し、一本隣の路地へ入っていく。
それに慌てたのは傭兵だった。
「あ?! おい、待てっ!」
と、右手をミシェルに向けて、
――――――第3王子の喉から手が外れた。
一瞬で魔力を凝縮し、
――――――酸素を思うままに取り込んで、火種が再び燃え上がる。
魔法を放った。
――――――ミシェルへと向いている腕を横からひっぱたいた。
「っ!」
第3王子によって軌道をずらされ、狙いを失った傭兵の魔法は、大通りに面している店の外壁に衝突して、その一部を崩した。
「お前っ・・・!」
「離してくださいっ!!」
第3王子は力任せに左腕を振って、拘束から脱け出した。そして傭兵と向かい合い、その氷のような瞳を真正面から見据える。
(ミシェル殿が解呪に成功するまでの間、どうにかして時間を稼がないと・・・!)
戦うことは無理だ。相手は凄腕の魔術士。こちらは箱入りの王子。ならばどうやって引き留める? 勝たなくても良い。戦わずして時間を稼ぎ、尚且つ負けないためには・・・――――――第3王子は勢いに任せて言い放った。
「そんなに知りたいのなら、教えてあげましょう! ―――僕の名前は、カルディアンド。カルディアンド・ベーネ・イル・カント! この国の、第3王子だ!」




