4人目の窮地
広場が影に制圧され、大通りが喧騒に包まれた。
第3王子はよろけて壁に手をついた。音の奔流が四方八方から一斉に押し寄せてきて、耳鳴りがする。一気に発動して、路地裏から広場へと拡散した魔術の色に、目眩もする。身体中の血が全部上半身に圧縮されたかのように、足元から力が抜け、目の前がチカチカと光って暗くなる。
見かねたミシェルが第3王子の背に手を置いた。
「どうなさいました? 大丈夫ですか、カルディア様?」
「だいじょうぶ・・・です。それより・・・・・・たいへんだ・・・のろい、が・・・・・・。」
第3王子は肺の底を意識して深呼吸をし、顔を上げた。吐き気を我慢して、目を眇め、広場の方を見遣る。
(広場に呪いがかけられた・・・・・・兄上が危ない。いや、兄上だけじゃない、あの場にいる全員の命が、危ない。)
考えろ、どうすればいい? どうすれば皆を助けられる? ――――――――第3王子は必死に頭を動かそうとしたが、ノイズは脳を揺さぶって思考を散り散りにし、考えを纏まらせてくれない。
(ええと・・・魔法を解くには・・・解呪をする? ・・・あれ? 同威力反効果の魔術で相殺するんだっけ? んー、っと・・・・・・。)
「人を呪わば穴2つ・・・。」
「え?」
唐突に降ってきたミシェルの呟きに、第3王子はそちらを見上げた。
「今のは・・・?」
「あぁ、すみません。東洋の言葉です。人を呪うのなら、墓の穴が2つ必要だ、という意味でして・・・まぁ、つまり、人を殺すのなら、誰かに殺される覚悟をしろ、ってことですね。」
「そう、なんですか・・・。東洋の言葉など、よくご存知ですね。」
「――――昔、ラヴィ様に教えていただいたのです。」
「・・・兄上に?」
「はい。」
と、ミシェルは穏やかな表情で――――――とても、第1王子のことを恨んでいるとは思えない表情で――――――頷いた。
「ラヴィ様が、闇色の魔法を学ばれている時に、教えてくださいました。呪いの扱いはとても難しく、繊細なもので、呪いに使っている道具や魔方陣が、ほんの一部 欠けただけでも、すぐに制御を失い、溢れた呪いは使用者に跳ね返るのだと。」
「――――――」
「そして、それ以上に、呪いをかける、という行為自体に強い覚悟が必要であって、自分が死ぬ気で殺しにかからないと、呪いはより弱い人を支配するんだそうです。それ故に、墓の穴は2つ、相手と自分の分、必要なのだそうですよ。」
「――――・・・待ってください。今・・・何て言いました?」
「はい? ええと・・・・・・呪いをかけるには強い覚悟が必要で――――」
「その前です。」
「人を呪わば穴2つ――――」
「そのあと。」
「えー・・・とー・・・・・・呪いの扱いはとても難しくて・・・――――――」
ミシェルが眉をひそめて、自分の言葉を反芻する。
「――――――道具や魔方陣が一部でも欠けると、解けてしまう・・・?」
「それだ!」
第3王子は思わず大きな声を出した。これで兄上たちを救える! ―――――――――打開策の発見に気が昂ったが、しかし彼は、大事なことを忘れていなかった。
勢いのままにミシェルに詰め寄る。ミシェルはたじろいで一歩引いた。
「ミシェル殿、正直かつ簡潔に、イエスかノーで答えてください。」
「は――――――」
「貴方は、兄上を恨んでいますか?」
第3王子の真っ直ぐな視線がミシェルを貫く。やっぱり、ラヴィ様にそっくりだ――――――とミシェルは思った。本気の問いかけには本気の回答を。ミシェルは真っ直ぐに第3王子の目を見返し、はっきりと告げた。
「いいえ。私は決して、ラヴィ様を恨んだりは致しません。」
第3王子の人並み外れた両目には、ミシェルの本心が克明に映っていた――――――彼は、本気で恨まないと言っている。第3王子は何だか嬉しくなってきて、「・・・ありがとうございます。」と、声に出さずに呟いた。
「理由は問いませんが、僕は貴方を信用します。それでは、兄上を救うために、手を貸していただけますか?」
「勿論ですとも! して、私は、何をすればよろしいのでしょう?」
「広場の周りの路地裏に、この呪いを構成しているファクターが5つあります。その内の1つ、1つでいいので、どうにかして壊すか、動かすかしてほしいんです。そうすれば、呪いは解けるはずです。」
「わかりました! では――――――」
「させねぇよ。」
冷たい声が第3王子の耳に流れ込み、腕を後ろ手に取られ、首の周りに負荷がかかった。




