第3王子と平民
ミシェルはクルードに礼を言って、店を出た。クルードは一連の事件の詳細を知っているだろうが、その全てを知る必要はない。彼の目的は第1王子の安全を確保すること。ただそれだけだ。
大通りは少しずつ活気を増している。ミシェルは裏道を使いながら、東の関所へ急いだ。
目的ははっきりしているのだがしかし、頭の中はぐちゃぐちゃだった。
(私は一体、どうすればいいんだ? ラヴィ様を見つけたとして、何をすればあの方の助けになる? 状況は至って悪い・・・レイシーが私を迎えに来たことから考えて、おそらく騎士団は敵に回っているのだろう。レイシー達は私に、ラヴィ様を殺すことを望んでいる。―――が、私はそんなことをする気はない。ラヴィ様は国から出ることを望まれている。けれど、ラヴィ様が出ていってしまったら・・・・・・―――――にしても、女装とは。本当に手段を選ばないな、あの方は。)
迷いながらも、足を止めてはいないのだから、やがて彼は辿り着く。
大通りには、出国を望む商人たちや旅人たちが集まり、いくつもの馬車が並んでいた。その合間に、周りから少し距離を置かれ、やけに目立っている3人組が見える。
その内1人が、特に、目立っていた――――――長い金髪を無造作に背に垂らし、すらりと高い背をしている。白いワイシャツに、無地の腰巻きのようなロングスカートと、厳ついブーツは、女性にしては無骨な格好だが、それ故に長旅をする人物なのだろうと推測される。遠目だが、顔立ちは透き通ったような凛々しさを持ち、人目を惹く毅然とした気高さを醸し出していた。第2王女様がご成長あそばされたらこうなる、という見本のようである。凹凸に乏しい身体付きをしているが、それは当然のことだ―――――――――彼女が第1王子であろう。
隣では、大きなバックを持った人の好さそうな顔の青年と、取り立てて特徴は無いが少し怖い顔つきの青年が、並んで歩いていた。
(あれが、行商人と、暗殺者・・・か。)
3人は何やら楽しげに談笑しながら、関所前の広場へ入っていく。
(――――――とりあえず、追おう。)
と、ミシェルは早足になって、3人の後を付けた。大通りの端っこを、他の人々に紛れつつ、3人の姿が確実に視界に収まるように、歩いていく。斜め後ろ、距離は5メートルほどか、気付かれるか気付かれないかという瀬戸際の距離である。
3人が広場に入っていった。続けてミシェルも広場に踏み入り――――――踏み入ろうとして、突然、左腕を掴まれて、たたらを踏んだ。
「っ?!」
驚いてそちらを振り向くと、ミシェルの目線より幾分か下に、見慣れた金髪があった。
(この、人は・・・―――――――――)
一瞬、頭がストライキを起こし、すんなり思い出すことが出来なかった。しかし、その少年がミシェルを見上げて、顔がきちんと視認できた瞬間、頭は役目を果たした。むしろ、このタイムラグがあったおかげで、ミシェルは少しだけ冷静になれ、その少年の名を大声で叫ぶという愚を犯さずに済んだ。
ミシェルは声をひそめて、確認するように言った。
「――――だ、第3王子様・・・?」
「・・・・・・兄上に、何をするつもりですか?」
第3王子は、まだ変わっていない声に精一杯ドスを効かせ、ミシェルに言った。
ミシェルは柄にもなく緊張していた。第1王子付きの従者長に、第3王子との接点はほとんど無い。あったとしても、一対一の会話はしないので、こうやって話すのは初めてだった。
そしてそれ以上に、困惑する。
(――――・・・第3王子様は、こんな方だったか? いつだか遠目に見た時は、もっとぼーっとしていて、大人しいというか、覇気が無い印象だったのだが・・・・・・。)
いつの間に、こんなに真っ直ぐな目をするようになったのだろうか。まるで、ラヴィ様のように・・・―――――――あまり似ていないはずの兄弟の顔が、重なって見えた。
「ミシェル殿?」
「あ、はっ、失礼しました、第3―――」
「カルディアで構いません。というか、そうしてください。誰に聞かれるか分かりませんから。」
「・・・はい、承知致しました。では、僭越ながら、そうさせていただきます。」
「それで、貴方は何のために?」
「何のために・・・? ――――――それは、もちろん、ラヴィ様を」
助けるためです――――――という言葉は、突如 響いた音に遮られ、世に出ることなく喉の奥に消えた。
パァンッ! と大きな音と共に、青空に信号弾が花開いた。




