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王国脱走物語  作者: 井ノ下功
第3章
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平民と情報屋

 

 ミシェルが地下牢から出ると、そこは『最終処理場(ダストボックス)』だった。


(地下牢の場所が一般にバレないよう、地下牢の上を空き家だらけにして、わざと貧乏人や犯罪者たちの巣窟にした―――とかいう噂は、本当だったのだな・・・。)


 思いながら、ミシェルはスラムのような街並みの中を走っていた。彼の鬼気迫る様相に、『最終処理場』の連中も声を掛けられずにいる。

 彼の目指すは酒場『ランプ』だ。


(あそこの店主はかなりの情報通だから、ラヴィ様の居場所や一連の事件のことも、何かしら知っているだろう。)


 かの店主はいつも、いったいどこから仕入れたのだろうか、と不思議になるほど貴重な情報を、ミシェルに売ってくれる。もちろん、それなりの良い値で。店主の存在は、ミシェルがここまでのし上がれた要因の1つでもある。週に2日しか営業していない変な店だが、ミシェルは愛用していた。情報もさることながら、酒の種類と質がかなり良いからだ。

 運動不足のオッサンが頑張った。早朝の街を走り抜け、『ランプ』に着いた頃には、街は少しずつ活気を見せ始めていた。


「はぁっ・・・はぁっ・・・はぁっ・・・・・・・・・っ。」


 『ランプ』の前の道が一部、真っ黒に焦げている。少々気にはなったが、今はそれどころではない。扉で揺れる“準備中”の札を無視して、ミシェルは酒場に入った。


「クルード! いるか、クルード?!」


 奥に向けて思い切り呼び掛けると、しばらく間を置いて、


「・・・・・・ふぁ~あ。なぁんか用かい? ミシェルのおっちゃん。」


 白髪の青年が欠伸をしながら、2階から降りてきた。店主のクルードである。二十歳(はたち)そこそこの青年が真っ白な髪をしているのは、なかなかに見慣れないものである。かつてミシェルは『染めたのか? それとも、若白髪か?』と好奇心で聞き、『生まれつきだ馬鹿野郎!』と怒鳴られたことがある。

 濃紺の瞳を眠たげに潤ませながら、クルードはミシェルを見、かったるそうに言った。


「こんな朝っぱらから酒かよ。あんたももういい歳なんだからさぁ、飲みすぎねぇ方がいいぜ?」

「――――――・・・私が欲しいのは酒じゃない! 情報だ! 情報が欲しい! 売ってくれ!」

「ジョーホウ? 悪ぃけど、そんな名前の酒はねぇよ?」

「~~~~~!」


 ミシェルは髪を掻きむしった。


(あぁ、もう、面倒くさい! すべて分かってるくせに惚けたふりをしやがって!)


 情報を買うには合言葉が必要になる。しかし、この合言葉というやつがなかなかに長く、面倒な言葉なのだ。

 ミシェルは慎重に思い出し、噛まないように気をつけて告げた。


「“祇園精舎の鐘の声に、諸行無常の響きは有れど、決して栄えぬ我らにとって、沙羅双樹はただの花”!」


 長々とした合言葉をようやく言い終えたか終わらないかという内に、クルードはにやりと笑みを浮かべてカウンターに両肘をついた。


「ようこそ情報屋『無限夢灯』へ。買いたい情報は、第1王子ラッヴィアンド様の消息ってところかな?」

「~~~~~~~~っ!」


 分かっているのなら最初から言えという話だ。ミシェルはそう言いたかったのだが、あまりの苛立ちに言うに言えず、唸り声を上げた。

 クルードはカウンターを軽く叩いて、まぁ座れ、と顎で椅子を示した。

 ミシェルは大きく息を吐いた。焦ったところで何にもならないことは、さすがにこの歳になればよく分かっている。自らを落ち着かせる意味でも、ミシェルはクルードの勧めに従って、椅子に座った。


「それで―――」

「第1王子は今、東の関所に向かってるよ。行商人のフェルリーって奴と、暗殺者のザック=ロマニーって奴が一緒だ。」

「・・・暗殺者?」

「そ、暗殺者。今の国王を殺した奴だ。」

「何っ?! 国王陛下を殺した奴がラヴィ様と――――――って、いや待てその前に、国王陛下が殺されただって?!」

「あぁ、死んだよ。昨日の夜な。」


 当然のように言ってから、クルードははたと気付いて付け足した。


「そうか、そういやあんた、不当な罪で牢屋に入れられてたから、知りようがないんだったな。」

「そんなことまで知っているのか・・・。」

「罪状は強姦だって?」

「・・・・・・それを言うな。言わないでくれ、頼むから。というかどこで知ったんだ本当に。」

「風の噂さ。―――あ、噂って言やぁ、聞いたか? 今、街中で噂になってることが2つほどあってな。」

「・・・?」


 ミシェルは小首を傾げた。街の噂と自分に、いったい何の関係があるのだろうか。しかし、クルードが言うことだ、きっと無駄なことではあるまい、と思って、ミシェルは黙って聞く体勢になる。


「1つは、『第1王子様が暗殺されそうになっているらしい』ってこと。」

「!」


 なんと。思いっきり自分に関係があった。どうやら、地下牢の上で出会ったあの人は、言った通りにしてくれたらしい。ミシェルは安堵して息を吐いた。

 そのミシェルに向かって、しれっと、クルードが言う。


「この噂を広めさせたのはあんただろ?」

「なっ・・・!」

「『最終処理場』の人間を頼るなんて、よくやるなぁ。賭けにもほどがあるよ。ま、あんたは運が良かったみたいだね。あんたが頼んだ相手は、ベテランだけど小心者の盗人でさ、きちんとあちこちに言い触らしてたよ。」

「そう・・・か・・・・・・。」


 本当に、あの時『最終処理場』を通った疾風から聞いたかのような正確さだ。相変わらず、恐ろしい男である。どこかで恨みを買ったり、危険視されたりして、店に火でも付けられなければいいのだが・・・――――――――と、心配になった時、ミシェルは店の前の焦げ跡を思い出した。


「そういえばクルード、店の前が焦げていたが、あれはどうしたんだ? 何かあったのか?」

「ん? あー、あれはだな、ただの魔法だよ。そんなことより、2つ目の噂な。」


 クルードは飄々と少しズレた解答をし、素早く話を変えた。はぐらかされた、と気付かないミシェルでは無かったが、彼が詰問するよりも早く、クルードは驚くべき情報を開示した。


「―――――『東の関所に向かっている金髪の美女は、第1王子であるらしい』だとさ。」


 

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