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王国脱走物語  作者: 井ノ下功
第3章
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臆病者の開き直り

 


城下のターン、始めます。



 

 

 王都は城壁に囲まれ、完全な真円を造っている。東西南北に4ヶ所の関所があって、その内の3つ、北と南と西の関所は閉鎖されていた。

 都の中央に城があり、そこから関所へ向かって4本の大通りが伸びる。南北に一直線。東西に緩いカーブを描く。陰陽対極図を横にしたような感じである。

 第3王子は東の関所に向かって、裏道を走っていた。

 王宮から関所へは大きな街道が続いているが、その道はゆっくりとカーブを描いている。その道なりに行くと、人混みのこともあり、結構時間がかかるのだ。


(そんな時間はかけてられない・・・・・・。)


 裏道を上手く走れば、直線距離な上に人はほぼいない。時間を半分くらいに短縮できるのである。

 そんなわけで、第3王子は裏道を走っている。初めて走る道だが、どの道を行けばいいのかは頭の中に完璧に入っている。

 格好はいつもと変わりない、王族仕様のものだった。外したのは装飾品だけ。平民の服を用意する時間が無かったからなのだが、たったそれだけで市井に溶け込める第3王子の存在感の無さは、凄まじいものだった。

 王族としてどうなんだそれは。

 元々それほど華美でない服を着ていたとはいえ、その質は一般人とは段違いのもの。なのに、それがまったく目立っていないのである。下流貴族の長男と見られればまだ良い方だ。人によっては、ちょっと儲けてる商業家の嫡男か、一般人が頑張ってお洒落をしました~程度にしか見えないだろう。

 自分が物凄く地味であることを重々理解して、しかし第3王子は、


(――――――むしろ、好都合・・・!)


 そう思っていた。


(もともと、3番目の子供だからね。王族といったって、継承権の遠い弟に与えられる役割といえば、替え玉か予備だ――――――それで、いいんだ。)


 一番上で燦然と輝く兄が、羨ましくないわけではない。憧憬も羨望も嫉妬もある。

 けれど、それなら自分が兄の位に立ちたいのか、というと、そういうわけではないのだ。


(僕は兄上じゃないし、本当は目立つのって好きじゃない。だから――――――僕は、僕の舞台で、戦いたい。)


 第1王子は黙っていても目立ってしまう存在だ。つまり、裏で何かをするには向いていない。

 対する第3王子は喋っていても目立たない存在。表に立つには向いていないのである。


(兄には出来ないことを僕がやる。それでいいんだ! そうしたいんだ!)


 どうして今まで、こんな簡単なことに気がつかなかったのだろう。同じ人間になんてなれるわけが無いじゃないか。出来ないことが無い人間なんている筈が無いじゃないか。

 吹っ切れてしまえばこちらのものである。運動不足も何のその。上がる息をそのままに、ただひたすら一直線に走る。


 関所の近くで、大通りに出た。今は何時だろう? 関所が開くのは10時からだ。通りのざわつきを見る限りでは、開いて間もないくらいだと思われる。

 上がった息を整えるために、路地裏の壁に手を付く。目線は下げない。通りの人波をじっ・・・と見ている。

 集中すると、全身が最新のセンサーになったような感覚になり、いろんな声やら匂いやらが脳に飛び込んできた。


『~~~ったなぁ。』『あの噂は本当みたいだな』『冗談でしょ?』『金髪の姉ちゃんは実は第1王子の女装で』『暗殺されかけてるらしい』『なんか邪魔者がいてさ』『なにそれ、マジ?』『まさか、そんなこと』『第1王子が国を出るために』『殺されないために国外逃亡しようと』『女装してんだろ?』『あぁ、見た見た。マジで綺麗だった』『あのクオリティまじヤベェ。まじネ申(かみ)だわ』『何の噂?』『知らない。そんなことよりさぁ~~~』


 第3王子は目を瞑り、息を吐いた。いっぺんにたくさんの声を聞いた所為で、頭が痛くなってきた。建物の影に寄りかかって、痛みをやり過ごす。


(なんでだろう・・・? 兄上のことが随分 噂になっている・・・・・・――――それにしても、女装とは・・・。)


 さすが、目的のためには手段を選ばない人である。

 確かに、上手い女装ならバレないだろうし、実際にその人に『貴方は本当は男ですか?』などと確認する強者はいないだろう――――――なにせ相手は王子様だ。『女装してるのは第1王子らしい』という噂が真しやかに語られている以上、下手な手出しは出来ない筈である。


(兄上なら女装も似合いそうだし。大丈夫かな・・・・・・よし、僕はミシェルの方を探そう。)


 そう結論付け、第3王子は踵を返した。路地の奥に戻り、裏の方からさらに関所に近付く。第3王子が得たのは、声による情報だけでは無かった。


(魔力と血の匂いがした。たぶん・・・・・・こっちから。)


 関所の前には半円状の広場がある。綺麗なレンガ敷の、見晴らしのよい広場だ。

 その広場を取り囲むように、宿屋や住宅や店が密集している。それ故に裏の路地は幾つにも分岐し、細く繋がって迷路のようになっている。――――――悪人が潜伏するには、好都合な場所なのだ。

 第3王子が匂いを頼りに路地を進んでいくと――――――曲がった瞬間、不意に匂いが濃くなって、第3王子は素早く身を引いて隠れた。そろそろと角の向こうを窺うと、男の3人組が、広場へと抜ける出入口を塞ぐように立っていた。

 第3王子は再び隠れて、耳を澄ませた。


「~~~~~ろか?」

「たぶんな。」

「合図があんだよな。」

「おう。あいつらが広場の真ん中に行ったら、信号弾が上がる手はずだぜ。」

「つか、俺らの役目は“これ”の死守だろ? 合図とか関係ねぇーじゃん。」

「まぁなー。でも、これが発動したら、後は俺らで制圧すんだろ?」

「そうだな。まぁ、そ“ ”じゃ“ッ”もう“ ”ばら“っ”待つ“ ”。」


 唐突に、いつか聞いたような音の無い―――あの時の人より不完全な―――足音が、ノイズのように会話に混ざってきた。


(・・・マズイ?!)


 一瞬のタイムラグを置いて、危険を理解した第3王子は、ぱっと音のした方を見た。

 第3王子が突然に振り返ったので、相手も驚いたらしい。ぴたりとその場に立ち止まった。彼我の距離は3メートルほどか。濃いカーキ色のローブを纏った男性である。


(・・・魔術士さんだ。)


 男性の周りを、細かい魔力の粒子が飛んでいる。普通の人には見えない輝きだが、第3王子の知覚には敵わなかった。第3王子の目に映ったその光は、かなり綺麗な色をしている。色の美しさは、そのまま実力に比例する。


(すごい、強い人だ・・・・・・。)


 第3王子は唾を飲んだ。


「そこで何をしている?」


 魔術士―――傭兵ミルはごくごく静かに尋ねた。

 

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