王女と従者の攻防
第2王女が、扉の正面にある椅子に優雅かつ無防備に腰掛けている。
ジキルはナイフを片手に持ったまま、さりげなく扉の鍵を閉め、恭しく礼をした。
「――――――ご機嫌麗しゅう、第2王女様。」
「貴方の目的は分かっているわ、ジキル・レッドウォーカー。私とアリシア、ついでにハルシャまでをも、殺すつもりでしょう?」
「えぇ。そして貴女様もお分かりでしょう? 逃げることも抗うことも出来ないと。」
「勿論よ。一応 私も護身術は一通り学んだけれど、武器を持った男を相手に立ち回れるとは思えないわ。だからこうして、堂々と貴方を迎えているじゃない。」
凛々しい無表情は毅然としていて、気品に満ち溢れた態度はまさに王族。人の上に立ち、国の顔となり、如何なる時にも動じない強さを持つ者。その強さはもはや人間らしくないほどである。
(まるで“王族”という新しい種族のようですね。――――――その強さを崩すことが、とても面白いのですよ。)
ジキルは目を細めて笑い、見せつけるようにナイフを手の中で回した。
第2王女はナイフの方をちらりと見た。
「1つ、教えてくれるかしら?」
「なんでしょう?」
「貴方の目的は、右大臣とまったく同じなの?」
「・・・失礼ながら、何故、そのようなご質問を?」
王女は肩の髪を払って、淡々と繋げた。
「右大臣の計画が完璧に成就したとして、一番得するのは当然、右大臣よね。貴方にはどんなメリットがあるの? 王権の山分けだとか、たったそれだけの不安定な報酬に釣られるほど、馬鹿な男に貴方は見えないのだけれど。」
「お褒めに預かり、光栄です。」
「それで、貴方の目的は?」
「私はただ、滅びの瞬間を見たいだけですよ。国や人が、堕ちるところまで堕ちて滅びる瞬間に、興味があるのです。」
「あらそう。良い趣味ね。」
「お褒めに預かり光栄です。」
「今のは褒めていないわ。――――――ねぇ、ジキル?」
――――――突然、王女は笑みを浮かべてジキルの名を呼んだ。
ジキルは不覚にも戸惑った。王女の口調と表情が、先程までとがらりと変わり、どこか下卑たものを含んだ、王族らしくない――――――むしろ、ジキルのような悪人たちに近い、厭らしいものになったからだ。
「私と取引なさらない?」
「――――・・・と、仰いますと?」
「貴方は滅びの瞬間が見たいと言ったわね。残念だけど、国が滅ぶ瞬間はお見せできないわ。―――国は滅びない。たとえお兄様や私が死のうとも。なにせカルディアがいるし、民がいる。だから、絶対に滅びないの。」
王女は幼子に言い聞かせるような口調で言った。
「人が滅ぶ瞬間も、お見せするのは難しそうね。貴方がそちら側にいる以上。絶対に無理、と言っても過言ではないわ。」
「・・・・・・。」
「理由、知りたい?」
ジキルは答えなかった。主導権が王女のものになってしまっている。そのことに当然、彼は気付いていたが、王女の言う“理由”を知りたい、と思ってしまった。
王女はもとから返答を期待せず、そして焦らすつもりもなかったらしい。あっさり、至って真面目な顔で、言い放った。
「正義は必ず、悪に勝つからよ。」
「――――――」
ジキルは一瞬、何を言われているのか分からなかった。正義? 悪? ――――いったい、どこのガキの青臭い台詞だろうか。
「正義は必ず、悪に勝つの。」
王女は繰り返した。
「だから、私たちの滅びは見られないわよ。どうしたって、絶対に。―――だったら、確実に滅ぶ悪の方を、高みから見物したいとは思わない? そちらの方が、貴方の目的に沿っていると思うのだけれど。」
「――――――つまり、」
ジキルは随分 久々に声を出したような気になった。
「私に、“正義”の側に寝返れ、と?」
「――――――」
今度は王女が沈黙した。にこりと笑って『その通り』と告げる。
「・・・フフッ。」
ジキルは肩を震わせ、口元を手の甲で押さえ、しかし堪えきれなかったのか、遂に声を上げて笑い出した。
「アッハッハハハハハハ!」
これだから人間は面白い! ――――――無謀な提案、根拠の無い自信、斜めの発想。どれもこれも、愚かしくも愛おしい。この愚かさが、やがて奇跡を起こすことになったりするのだから、なかなか侮れない。
しばらく笑いは収まらず、耳に障る声が室内を占拠した。王女はただ、眉を少しだけひそめて彼を見ていた。
ようやく笑いを引っ込めて、ジキルは自分の任務を思い出し、まともな返答をした。
「王女様?」
「――――――」
「誠に残念ながら、そのご提案は受け入れかねます。」
「あら、どうして?」
「私が見たいのは滅びの瞬間――――――悪も、正義も、全てが等しく滅ぶ瞬間を見たいのです。それも、できる限り近くで。右大臣様のお近くにいれば、貴女様がた正義が滅ぶ瞬間も、そして“悪”が滅ぶ瞬間も、見ることができるでしょう。・・・・・・それに、」
ジキルは一旦言葉を切って、ナイフを顔の前に翳しながら言った。
「私に、“正義”という言葉は似合いません。」
言うや否や、王女との距離を詰める。そして肩を掴み、ナイフを下から、最小限のモーションで、王女の心臓に突き立てた。
ここで王宮のターンは一旦終了です。そろそろ城下の方も進めていきたいと思っています。
いつも読んでくださる方、本当にありがとうございます。
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