従者の目的
室内から人の気配が消えた。
(ふむ・・・やはり、隠し通路がありましたか。)
王女の部屋の前で応答を待っていたジキルは、さして慌てることもなく歩き出した。行き先はなんとなく分かっている。押し入っても良かったのだが、万が一人目についてしまった時 面倒なことになるから、と止めておいた――――――今更なような気もするが。
(さて、どうしましょうか。どうやって仕留めますかね・・・。)
考えを巡らす。
戦う術を持たない女3人を殺すくらい、容易いには容易いのだが、容易いからこそ用心が必要になる。
それにしても――――――と、ジキルは薄く笑った。
(・・・正直なところ、第2王女やアリシア殿を殺す必要は無いと思うのですが。)
国王が逝去し、左大臣や騎士団の抱き込みに成功した今、宮廷はほぼ右大臣に掌握されていると言っても過言ではない。第1王子の殺害に成功すれば、面倒な敵は完全にいなくなる。
いかな第2王女といえども、味方が側近1人だけならば何も出来まい。飼い殺し状態となるだろう。むしろ殺さずにおいた方が変な噂も立たず、外交面でも都合がいいように思う。
さらに言うと、第1王子のことも放っておいた方が良いように思う。わざわざ危険を犯して殺害しに行くより、王国を出ると自ら言って実行しているのだから、出ていってもらえれば良いだろうに――――――と、思うのだが、思うだけだ。
(右大臣様の仰せのままに・・・。)
ジキルの目的はまた別のところにある。右大臣の計画が成功しようとしまいと、あまり興味が無い。――――――彼の興味は、その先にある。
ジキルは酷薄に笑み、足音を殺して早足になった。
(さてと、手早くやってしまいますかね。)
向かうは、亡き王妃の部屋である。
王と王子の部屋が繋がっていることは―――ある筋では―――有名である。ならば、王妃と王女の部屋が繋がっていたとしてもおかしくない。
もちろん、城には隠し通路などいくらでもあるのだから、予想通りになるとは限らない。中で分岐し、別の場所に繋がっている可能性もある。
(変に逃げ隠れされたら、厄介なことになるな・・・。)
なにせ城は広いのだ。早く済ませてしまわなくては、一番の佳境を見逃すことになってしまう。それだけは避けたい――――――それだけは。彼の目的はそこにあるのだから――――――彼はただ、見たいのだ。人が堕ちていく姿を。国が滅んでいく姿を。
その点で言えば、右大臣アルシエ・スティングルは最高の上司と言えた。ジキルの興味を満たしてくれる、という点で。
ジキルは懐に隠したナイフに指先で触れた。ごく普通のナイフである。右大臣から貰ったバーミリオン社の至高のナイフは、昨夜の騒動でなくなってしまった。
昨夜のことを思い出し、潰された右目が疼いた。あれは完全に予定外であった。第1王子が酒場『ランプ』に来たことから予想外だったが、まさか彼が暗殺者と手を組むとは。
(予想外ではありましたが、なかなか面白い展開でもありましたね。堕ちると、思ったのですけど・・・やはり人間は面白い。まだまだ、興味は尽きませんねぇ。)
ここから先も楽しくなりそうである。ジキルは、柄じゃないなと思いながら、胸が躍動し弾むのを押さえられなかった。
(とりあえず、目下の興味は右大臣様。右大臣様のご命令を、遂行いたしましょうか。)
王妃の部屋に着く。
意識を集中して室内を探ると、気配があることが分かった。
王妃の部屋の周りは、人気が少ない。つまり――――――押し入っても、目撃される恐れはない。あまり強攻はしたくないのだが、今からする凶行を思えば躊躇ってなどいられない。
そう判断して、ジキルはドアノブに手を掛けた。鍵がかかっていることは折り込み済みだ。ポケットから針金を出し、穴に差し込む。王族の部屋に忍び込もうとする不貞の輩は、王宮内になどいないため、鍵の造りは拍子抜けなほど簡単なものになっている。
呆気なく開いた。
ジキルはゆっくりと、油断なく扉を開き、ナイフを抜きながら中に入った。
「あら、さすがにお早いお着きね。」
平然とした声がジキルを出迎えた。




