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王国脱走物語  作者: 井ノ下功
第3章
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難破船と錨

 


しばらく、王宮のターン。



 

 

 第2王女とアリシアは、手元にお茶を用意することもなく、向かい合って座っていた。


「で、」


 口火を切ったのは第2王女の方だった。


「貴女は昨晩から、いったい何をなさっていたの?」

「・・・・・・シルヴィア様。実は、その・・・――――――」


 対するアリシアの方は口ごもる。ここへ来て急に、家族を売ることに躊躇いが出てきてしまったのだ。

 俯くアリシアに、第2王女はだんだん苛立ってきた。大きく音を立ててため息をつくと、アリシアの肩がびくりと震えた。


「あのねぇ、アリシア?」


 アリシアは王女の顔色を窺うように、少しだけ目線を上げた。


「貴女は、(わたくし)を馬鹿にしているの?」

「っ、いえ、そのようなことは――――――」

「私にだって脳味噌はあるわ。今この状況が何かおかしいことにぐらい、気付いています。」


 あまり推測でものを言いたくないのですけど、と前置きし、王女は指先で机を叩いた。


「お父様は殺された。おそらく、昨夜の遅く、ね。犯人の目的は分からないけれど、まぁ、どうせ、国家転覆か王権奪取か、そこらへんでしょう。それで、貴女が口ごもっているのは、その犯人の計画に貴女が関わっているか、貴女のお兄様が関わっているか、或いはその両方だから・・・ではなくって?」

「・・・・・・・・・。」

「沈黙は金、と言うけれど、今日は随分雄弁ね。――――――さらに言わせてもらえるならば、貴女とこうして一緒にいるのは、あまりよろしくないと思うのだけど。」

「・・・どうして、ですか?」

「だって、貴女が犯人だったら、私の命が危ないじゃない。」

「そ、そんなことは!」

「あら、証拠もないのにどうやって信じろって言うの?」


 思わず身を乗り出したアリシアに対し、第2王女は冷淡な言葉を浴びせる。


「今の状況、誰が味方で誰が敵か全く分からない状態で、迂闊なことは出来ないわ。こうしている間にも、兄様や私を殺す計画が進んでいるかもしれないじゃない。」


 確かに、その通りだ。

 アリシアは何も言えなくなった。何を言っても無駄だし、何を言うことも無く、何かを言おうとしても、事実アリシアは犯罪に荷担していたわけで、やっぱり黙って俯くしかないのだった。

 虚ろな表情で固まるアリシアを見て、第2王女はふいに、柔らかく微笑んだ。


「――――――そう、だから、って、追い出せたらいいのだけどね。」

「・・・?」

「私もまだまだ甘いわぁ。・・・貴女だから大丈夫だって、無条件に信頼してしまっているの。たとえ計画に関わっていたとしても、私に害をなすことは無い、って。証拠も何もないのにね。」


 王女は心底愉快そうに笑った。


「っ――――――」


 アリシアは、先程までとは別の意味で言葉を詰まらせる。不意に、王女の背後の窓から射し込む光が目に入って、初めて今日が晴れていることに気が付いた。

 柔らかな朝の光を背負い、王女は穏やかな表情をしていた。


「貴女にだったら殺されてもいい、とか、そんな殊勝なことは思わないわ。でも、たとえ貴女が私を殺そうとしても、私は死ぬ瞬間まで―――いいえ、死んでからも、貴女に裏切られたとは思わないでしょうね。」

「シルヴィア様・・・・・・っ。」

「私の信頼は、重いかしら?」

「―――――――――・・・はい、とても。」


 にやりと笑う王女に、アリシアも笑みを―――かなり弱々しいものだったが―――どうにか浮かべながら、正直に頷いた。


「ですが、私のような難破船には、ちょうど良い錨です。」

「あら、上手いこと言うじゃない。」

「伊達に何年も、シルヴィア様の側仕えはしておりませんから。」

「最初の頃はマッチ棒みたく直立不動で、何を言ってもろくな反応返さなかったのにね。」

「きっと成長したのですよ。シルヴィア様の悪戯に鍛えられたおかげで。」

「そうね。豪華客船にはまだ程遠いけれど、ヨットからボートくらいにはなったかしら。」

「伸び代に期待が持てる、と、そう仰りたいのですね?」

「好きなように解釈なさい。」

「承知いたしました。」


 掛け合いの切れ目に、第2王女は頃合いだと見極めて、居住まいを正した。彼女の親愛なる従者は、随分と顔色を良くし、緊張を解いていた。


(良かった。)


 私の言葉は届いたらしい、もとい、アリシアはまだ私の手の平で踊ってくれるらしい――――――すなわち、彼女は味方だという確信を得て、王女は安堵する。


「それで、話を戻すわよ。」

「はい。」


 アリシアは今度は即座に頷く。その顔に、もう、迷いは見られない。


「昨夜からの一連の事件のことだけど――――――」


 そうして、ちょうど話し始めようとしたその時、


 コンコンコンコンッ


 ノックの音が、王女の言葉を遮った。

 

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